シンカー:8月のコア消費者物価指数は3ヶ月前比では年率+1.6%も上昇している。物価上昇率の持ち直しが確認されてきた。これまで、就業率の極めて大きな上昇幅が、賃金上昇を緩やかにし、フィリップス曲線の関係が働いていない錯覚をもたらしていたと考えられる。その上昇幅が安定化していくことは、失業率の低下が物価上昇率を加速させていくフィリップス曲線の関係を復活させると考える。徐々に強くなってきているとみられる物価上昇圧力を過小評価してはいけないと考える。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

8月のコア消費者物価指数(除く生鮮食品)は前年同月比+0.9%と、7月の同+0.8%から上昇幅が拡大した。

季節調整済前月比では前月比+0.3%となり、3ヶ月連続の上昇で、3-5月の停滞からの持ち直しが確認された。

3ヶ月前比では年率+1.6%も上昇している。

8月のコアコア消費者物価指数(除くエネルギーと生鮮食品)も前年同月比+0.4%と、7月の同+0.3%から上昇幅が拡大した。

季節調整済前月比では前月比+0.2%となり、2ヶ月連続の上昇で、エネルギー以外にも持ち直しに動きが確認された。

3ヶ月前比では年率+0.8%も上昇している。

失業率は昨年の後半に3%をトレンドとして下回り、現在は2.5%程度まで低下するなど、マーケットの予想を大きく上回る好転を見せてきた。

失業率が低下をすると、賃金の上昇が強くなり、物価の上昇も強くなっていくというフィリップス曲線の関係がある。

過去のデータでは、2%台に定着するとようやく失業率の低下が物価の上昇率の拡大につながり、2.5%から2%への低下で加速感が確認できる。

しかし、2%台の失業率が示す人手不足に対して、賃金の上昇はまだ弱く、物価の上昇への波及も弱く、フィリップス曲線の関係が働いていないとの見方もある。

この数年の大きな変化は、アベノミクスの成長戦略の柱である女性・高齢者・若年層・外国人の雇用拡大などにより、就業率がかなり強く上昇していることだ。

就業率(就業者の15歳以上75歳未満人口に対する割合)は、バブル期を含めてかなりの長期間にわたり平均すると65%程度であったが、現在は71%程度まで上昇してきている。

就業率の水準の大きな上昇は、働きやすく、職も見つけやすい環境になってきたことを意味し、失業率の大きな低下圧力になってきたと考えられる。

一方で、就業率の上昇の勢いがかなり強いことは、労働力の供給の増加がかなり強い感覚を企業に与え、一人当たりの賃金上昇を緩やかにしている可能性もある。

就業率の水準の大きな上昇により失業率は大きく低下したが、その上昇のスピードがかなり早いため、賃金と物価の上昇を抑制しているとみられる。

就業率の水準が失業率に影響し、就業率の上昇幅が賃金と物価に影響すると考えれば、失業率がかなり低下しても、賃金・物価の上昇がまだ弱いことが説明できる。

就業率の上昇は続いているが、その上昇幅(前年差)は3月の+2.4%から7月の+1.4%まで緩やかになってきている。

その結果、労働力の供給の増加が鈍り始める感覚が、企業の人手不足感を更に強くし、賃金・物価の上昇幅の拡大につながってきている可能性がある。

就業率の大きな上昇が続いている間は、企業はブランドイメージや働きやすさなどの非賃金競争で労働者の獲得に勤めるが、就業率の上昇が鈍れば、賃金競争で競合他社からも人材を引き抜くような動きを示し始めると考えられる。

賃金コストの上昇と、それにともなう消費需要の回復は、ラグをともなって物価の上昇につながっていくだろう。

就業率の極めて大きな上昇幅が、フィリップス曲線の関係が働いていない錯覚をもたらしていると考えれば、その上昇幅の安定化はフィリップス曲線の関係を復活させると考える。

徐々に強くなってきているとみられる物価上昇圧力を過小評価してはいけない。

図)フィリップス曲線

フィリップス曲線
(画像=総務省、SG)

図)就業率

就業率
(画像=総務省、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司