要旨

●「新しい経済政策パッケージ」では、衆議院選挙で公約となっていた教育費無償化の詳細が示された。いくつかの重要な課題の結論は来年夏に先送りされたが、現時点で判明した政策の効果を検討したい。

●教育費負担は現状かなり重く、幼稚園から大学まで国公立で進学したとしても、可処分所得の1割弱が教育費負担に費やされることになる。大学のみ私立や、大学時代に下宿となれば、教育費負担は2割近くに上り、二人目を生むことを躊躇うレベルだ。また、教育費はその進学ルートにより大きく費用が変わるため、将来不確実性の高い費用であることも負担感を高める。

●今回の教育費無償化は低所得層に効果が限られており、広く一般世帯の教育費負担軽減には繋がらない。また、教育費の内、今回の無償化の対象とならない中学、高校時代の塾など学校外費用が占める割合は高い。高校授業料無償化の対象世帯拡充や奨学金制度拡充を審議する際に、教育改革が実行されなければ、低所得層での政策効果も十分に発現しない恐れがある。教育費負担軽減に大きな効果があるのは、待機児童解消だ。共働きが保障されれば、世帯の教育費負担が半減するほか、将来不確実性の軽減にも繋がる。

●人口減少下で成長を達成するには、生産性上昇につながる教育が重要であること、少子化を食い止める教育費負担の軽減が必要であることは間違いない。教育費無償化の直接的な効果は小さいと言わざるを得ないものの、これを機に待機児童解消が進み、教育の質に対する議論が進展すれば、人口減少下での持続的成長に寄与する人づくり革命が実現するだろう。待機児童問題の解消と教育改革の実現を通じ、人づくり革命をばらまき政策としないことが重要だ。

幼児教育費無償化へ

 12月8日、「新しい経済政策パッケージ」が定められ、衆議院選挙で公約とされた幼児教育費無償化および高等教育費軽減の詳細が決まった。幼児教育については、2020年度以降、3~5歳の幼稚園、保育園などの費用が無償化(一部2019年度から前倒し施行)、0~2歳の住民税非課税世帯における保育園などの費用が無償化されることになった。高等教育については、2020年度以降年収590万円未満の世帯の私立高校の実質無償化、住民税非課税世帯で大学など高等教育の入学金および授業料の減免が開始される。

教育費無償化の効果
(画像=第一生命経済研究所)

 選挙時から課題とされていた認可外保育園の取り扱いについては2018 年夏を目途に結論を出すと一旦先送りされ、待機児童問題については従来の計画を前倒すという結果になった。また、大学など高等教育における奨学金の詳細についても、決定は2018 年夏に先送りされた。

 本稿では、教育費の負担状況を確認し、その効果を整理してみたい。

教育費の現状

 はじめに、教育費の現状を確認していきたい。文部科学省の子どもの学習費調査によれば、学校教育費、学校給食費、学校外活動費を合わせると、幼稚園~高校まですべて公立の場合で523 万円、すべて私立の場合で1,770 万円の教育費がかかることになる(図表2)。

教育費無償化の効果
(画像=第一生命経済研究所)

 文部科学省の平成27 年度私立大学入学者に係る初年度学生納付金調査によれば、大学については4年間で国公立の場合で243 万円、私立の場合、文系だと386 万円、理系だと526 万円かかる。さらに東京私大教連の私立大学新入生の家計負担調査によると、大学時代に4年間下宿すると478 万円かかることになる。

 厚生労働省の賃金構造基本統計調査によれば男性一般労働者の30 歳から52 歳の年間給与の合計が1 億1,797 万円となっており、税金と社会保険料で2割引かれるとすれば、可処分所得は9,473 万円となる。子どもが幼稚園、小学校、中学校、高等学校、大学と進むとして、最も安い「幼稚園から大学まで国公立で下宿なし」の進学コースを辿ったとしても、可処分所得に占める教育費負担の割合は8.1%となる(図表3)。

教育費無償化の効果
(画像=第一生命経済研究所)

 均してみれば20 年以上の間、可処分所得のほぼ1割が教育費として使われることになり、負担感は十分に高い。これ以外に想定しやすい進学コースとして、「幼稚園から高校まで公立、大学が私立文系、下宿あり」となれば可処分所得比は14.7%となり、子ども二人持つことを躊躇する、もしくは費用の問題から進学をあきらめる、または進学先を変更することは十分に考えられるレベルだ。大学が私立理系の場合や高校から私立に通った場合など、それ以上の費用になることも十分に想定される状況であり、教育費負担が高いことは間違いない。また、オール私立や私立医科大学など極端に教育費が高額となる例を除いても、教育費の可処分所得比は8.1%~18.0%と幅があり、教育費は将来不確実性の高い費用と言えるだろう。

政策効果は限定的

 次に、各種教育費無償化が与える影響をみてみたい。まず、前述の男性一般労働者の平均年収の場合は高校入学時に世帯所得が622 万円と590 万円を上回るため、私立高校無償化の対象とならない。また、大学の教育費無償化の対象にもならず、政策効果は3~5歳の教育費無償化(3年で▲41.7 万円)しかなく、影響は軽微だ。図表3との可処分所得比の差を政策効果とすれば、その効果は0.4%pt にとどまる(図表4)。

教育費無償化の効果
(画像=第一生命経済研究所)

 政策施行後も教育費の可処分所得比は7.7%~17.6%と、負担感が高く、不確実性が高いことに変化はない。

 一方、住民税非課税世帯においては、現時点でも幼稚園~中学までの学校教育費、学校給食費についてほぼ無償となっているほか、高校についても年30 万円程度の支援がある。これに新たに施行される0~2歳の保育料無償化、私立高校の無償化、国公立の大学無償化(私立大学への支援額は未定)、奨学金など必要な生活費への援助を考慮すれば、住民税非課税世帯においては、0歳~大学卒業まで、学校教育費と学校給食費が免除されることになる。

 ただし、これをもって所得格差と教育格差の連鎖が切れるかといえば、そう単純ではない。幼稚園~高校まで全て公立に通った場合、最も高いのは塾代などの学校外活動費だからだ(前掲図表2)。中学、高校に入ると多くの子どもが塾などへ通っているというのが実態だ。こうした実態を踏まえると、所得格差と教育格差の連鎖を断ち切るには、授業料無償化だけでは力不足であるといえよう。

 今後、私立高校学費免除の所得基準の緩和や、大学など高等教育での奨学金制度の拡大が検討される予定であり、教育の費用対効果を問う議論が本格化するとみられる。単なる給付拡大となるのか、これを機に教育改革が進むのか、教育費無償化の政策効果はその結果次第と言えるだろう。

教育費負担軽減には共働きが効果大

 そもそも、教育費負担の問題は、図表3に見たとおり、一般世帯においても問題となっており、低所得層に限った問題ではない。対象の広さを考えると、その解消を教育費軽減のみで対応することは難しいだろう。解決策としては、教育費を軽減するのではなく、夫婦で働き続けられる環境を整備し、世帯所得を増やす方が現実的で効果も高いのではないだろうか。そういう観点からは、高校、大学などの教育費無償化以上に大きな効果が期待できるのが待機児童の解消である。

 教育費への援助は3~5歳で変わらないものの、待機児童が解消され、希望するすべての子どもに保育園入園の権利が保障された場合を考えてみたい。女性の就業継続環境が整うことで世帯の収入は大幅に増える。賃金構造基本調査で女性一般労働者の30 歳から52 歳の年間給与の合計は8,315 万円であることを考慮すれば、世帯所得が1 億6,090 万円に増え、子ども1人の教育費負担比率は半分近くにまで低下する(図表5)。その効果は、前述の高校、大学無償化と比較して、多くの世帯に影響を与えることになるだろう。

教育費無償化の効果
(画像=第一生命経済研究所)

教育改革と待機児童解消が必要

 こうした各種教育費軽減策の背景には、3つの要因がある。一つ目は、教育費負担の重さが少子化の一因とされているからである。国立社会保障・人口問題研究所の調査やその他アンケート調査において、子育て費用や教育費負担の重さが子供を産むことへの大きなハードルになっていることが示されている。実際に家計調査のデータで見ても、世帯所得が伸び悩む中、消費水準はそれに沿って低下する一方で、教育費は高止まりしており(図表6)、教育費負担が高まっていることは間違いない。

教育費無償化の効果
(画像=第一生命経済研究所)

 二つ目に、人口減少下で経済成長率を高めるためには労働生産性を上昇させることが重要だからだ。すでに先進国であり、賃金水準も高い日本が持続的に成長するためには、新しい価値を生み出す能力が必要である。

 三つ目に教育が所得格差の問題に大きな影響を与えるからである。終身雇用が根強い日本では、新卒時の就職活動の結果がその後の生涯賃金に与える影響が非常に大きい。生涯賃金は高等教育を受けて大企業に就職した場合が一番高いのが現状だ。高等教育を得るためにかかる教育費が多額になれば、経済格差が固定されることになろう。そうした事態を防ぐためには、柔軟な労働市場の形成が必要であるが、その実現に時間がかかるならば、高等教育を得るために必要な教育費負担を軽減することが次善解となろう。

 このように、人口減少下で持続可能な成長を実現するにあたって、社会の発展に寄与する教育を負担感なく享受できる環境の整備は重要だ。すでに見たとおり、教育費負担の重さは低所得層に限った問題ではなく、広く一般世帯にとっての問題であり、その解消を教育費軽減のみで対応することは難しい。むしろ、教育費を軽減するのではなく、夫婦で働き続けられる環境を整備し、世帯所得を増やす方が現実的で効果も高い。また、教育の質の問題も重要だ。高校や大学などの無償化拡充には、教育にかかるコストとその効果を比較することが不可欠だ。就労、所得に繋がり、経済成長に寄与するという観点から高校、大学など高等教育を見直す必要があるだろう。教育の質という点では幼児教育についても同様だ。保育園受け入れ枠の拡充において迅速さを追求する上では、認可外保育園を無償化の対象とすることにも一定の理解ができる。ただし、これはあくまでも時限的措置にすべきだ。認可保育園が充実し、幼児教育が質・量の両面で保障されることが重要である。

 教育費無償化の直接的な効果は小さいと言わざるを得ないものの、これを機に待機児童解消が進み、教育の質に対する議論が進展すれば、人口減少下での持続的成長に寄与する人づくり革命が実現するだろう。誰もが安心して子を産め、子は十分で良質な教育を受け、持続的な成長の支え手になる。こうした人口減少社会への前向きな対応が進むよう、待機児童問題の解消と教育改革の実現を通じ、人づくり革命をばらまき政策としないことが重要だ。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主任エコノミスト 柵山 順子