日本の生産性は先進国の中で下位にまで落ちてしまった。生産性上昇のペースが他国に比べて鈍いからだ。アメリカの6割程度しかないから、アメリカを見習えという考え方もあろうが、日米の産業構造が違う。日本は、産業構造が似ているドイツを理想型として、貿易連携を進めることがよいと考えられる。
日本のランキングは低い
日本の労働生産性を各国比較すると、かなり低い順位まで下がってしまう。よく使用されるOECDの労働時間当たり労働生産性のランキングでは、日本は18 位まで下がる(図表1)。上位は、ルクセンブルグ、アイルランド、ノルウェー、ベルギー、デンマークといった小国、または資源国が占めている。人口が集積している都市では、消費者が移動しなくても、財サービスにアクセスできるので自ずと生産性は高くなる。これは集積効果と言われる。サービスは特に消費と販売が同じ地点で行われるので、人口が集中しているだけで生産性が高くなる。これは小国の生産性が高くなる理由である。
それらを除いてみても、アメリカ、ドイツ、フランス、スイス、イタリア、イギリスといったG7諸国などは皆日本を1~5割上回っている。日本より少し低いのは、ニュージーランド、イスラエル、さらに離れてトルコ、ポルトガル、ギリシャがある。南欧経済の財政不安は記憶に新しい。それらの国々の生産性水準が日本に迫ってきているというのは少し意外である。
過去、日本はこの種のランキングでもっと上位に居た。1人当たり国民所得のランキングでは、1986~1996 年までの約10 年間、3位か4位を一貫して保持していた。この時期は日本がアメリカを上回っている時期もあった。それが、2000 年代以降、一転して順位を下げている。他国に比べて日本の生産性上昇が鈍かったので、追い越されたのである。成長スピードや円安の効果によって、日本は現在のような順位に落ちた。
賃金と豊かさ
生産性の鈍さは何をもたらすのだろうか。問題の本質は、単なるランキングの上下動に一喜一憂することではない。むしろ、生産性が国の豊かさを決めていることだ。人口1人当たりのGDPと、労働生産性の違いは、分母の人数にある。前者は、分母が人口になっていて、非労働力人口(含む子供)と失業者を含んでいる。生産性の方は、就業者(=労働力人口-失業者)である。日本は高齢化していって、労働力人口が長い目でみて低下していく。非労働力人口は、就業者の所得の中から養われる。だから、1人当たりGDPではなく、労働生産性の上昇によって国全体の平均所得を上げていかなくてはいけない。
賃金は、生産物の中から分配される。だから、時間当たり賃金=労働分配率×生産性となる。分配率の議論を置いておくと、生産性に応じて賃金の高さは概ね決まってくると言うことができる。
日本の生産性と時間当たり労働コスト(賃金単価、ここでは製造業)の関係をみると、やはり生産性の高さによって賃金水準が決まってきていることがわかる(図表2)。スイスの賃金が日本の2.4 倍、ドイツが1.8 倍、アメリカが1.6 倍と聞くと驚いてしまう。
しばしば春闘でベースアップをすると、コスト上昇が競争力を低下させると警戒論が言われる。しかし、これはコストの問題よりも、生産性の方が問題だろう。生産性を上げる仕組みをつくらなくては競争力も上がらない。円高になって賃上げを止めるよりも、円高でも競争力を維持できる生産性の発揮が本来求めるべき道である。スイスフラン高で苦しんだスイスの賃金が2.4 倍と聞くと、生産性が高ければ通貨高を吸収して高賃金を維持できると思える。
アメリカを理想像とすべきか
日本と海外との生産性格差が語られるとき、多くの人が「アメリカと比べて日本の生産性は▲4割も低い」などと言う。内容についても、サービスは特に日米格差が大きいと指摘される。こうした論評は、暗黙のうちに日本がアメリカを目指した改革をすべきだという心理を下敷きにしていると思える。果たして、日本がアメリカ型を理想にした生産性上昇を念頭に置くのが良いのであろうか。
こうした評価は、日米の産業構造の差を踏まえておくことが大切である。言うまでもなく両者は大きく異なる。アメリカは、農業大国で資源も豊富に保有している。何よりも、サービス中心の経済である。第三次産業が就業者に占める割合は、80.8%と高い。卸小売を除いたサービス業は67.1%である。日本のサービス業が55.8%であり、米国よりウエイトが小さい。日本の方は、製造業が就業者に占める割合が16.3%と高い(アメリカは10.3%)。アメリカは相対的にみてサービス業が進んだ国であり、日本はその点では製造業が発展した国である。また、アメリカは、国際比較をすると、他のどの先進国とも似ていない位に生産性が高い特徴がある(図表3)。
そのことは、欧州諸国を交えて比較するとよくわかる。イギリス、フランスもまたアメリカの生産性に比べると大きく見劣りする。それでも日本に比べてサービス業の生産性が高く、就業者は60%台とウエイトが高い。イギリスやフランスもサービス業を中心として日本よりも高い生産性である。しかし、彼らはアメリカ型を目指せという話にはならない。つまり、そもそも産業構造が違うので、アメリカが目指すべき理想とされていないのである。
むしろ、日本は、産業構造が似ていて、日本よりも生産性が高い国と比較する方がよい。日本と似ているのは、ドイツ、イタリア、スペイン、韓国である(図表4)。製造業のウエイトが高く、サービス業のウエイトは低い点で似ている。韓国については、製造業の生産性は日本を上回っている。全体として日本よりも生産性が高い点では、日本が目指すのはドイツということになろう。図表3のデータは1人当たりの生産性であり、労働時間を使うとドイツの方がより高い生産性になる。
日本の生産性政策
日本は自分の強みを活かすべきである。ウエイトは小さくなったが、製造業の競争力を高めることが持ち味を活かすことになろう。サービス業はIT化による生産性上昇が必要だとしても、消費者が高齢化し、医療・介護制度は容易に見直しができない。マクロ的にみて、製造業の生産性上昇は、運輸、通信、卸売、事業サービスなどにも波及効果が期待できる。
ドイツの製造業の強さは、EU統合によって単一通貨マーケットを獲得できたことが大きい。フランス、東欧などとの間に分業体制を築いて、輸出の恩恵を享受している。日本がそれに倣うとすればTPPや日欧EPAのような貿易連携を展開することだろう。通貨変動を小さく抑えて、なるべく同一通貨で取引する方が望ましい。これは、円の使い勝手をよくする国際化政策である。そうした方向性はすでに進めてきた路線で間違いはなかったと言える。もっと自由貿易体制を進めることが望まれる。
アジアの中での連携で言えば、中国、韓国ともに製造業のウエイトが高く、日本に似ていると言えなくもない。つまり、競合の可能性が高いと言える。それでも、アジア域内での水平・垂直分業を進めて、域内外の貿易取引を増やせるメリットはある。
サービス業については、米欧企業の対日直接投資を増やして、その技術の波及(スピルオーバー効果)を期待することはできよう。いずれにしても、グローバル化によって内外の交流を深めることは、海外の購買力と技術を取り込むには都合が良い。トランプ政権の偏った貿易政策は、ごく短い期間の逆風であり、日本政府はもっと長いスパンで生産性上昇のための政策を考えることが相応しい。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 担当 熊野英生