はじめに
先日、「地域おこし人サミット2018(主催:一般財団法人 未来を創る財団、6月30日~7月1日)」に参加した。
日本の各地には、地域おこしに取り組み、素晴らしい成功例をもつ地域おこしのキーパーソンが数多くいる。その方々のプレゼンテーションはとにかく面白い。地域ならではの風土、歴史などを利用した「とがった」取り組みが報告されていた。地方創生は千差万別、差別化できているのか、それが成功のカギであることは間違いない。
ただ、プレゼンテーターがとがっていればいるほど、次世代への継承問題や、地域全体に如何に広げていくのかといったことに不安がよぎった。個々の「復活」を地域全体にどう横展開するのか、承継という縦への展開がどうつながるのかが気になった。
本稿では、横にも縦にもつながる、「廃業の動きを前向きに捉えることができているのか」、「死んだ土地を作らない動きができているのか」という二つの動きと、それらに関する地域金融機関の役割について論じたい。
産業の新陳代謝をどう図るのか
安倍政権は2013年に成長戦略「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」の中で、「(産業の新陳代謝を促すことで)開業率が廃業率を上回る状態にし、米国・英国レベルの開・廃業率10%台を目指す」と打ち出した。日本の開業率・廃業率はともに 4-5%程度で、いずれも米英の半分程度の水準にとどまっている。企業活動やイノベーションを活発化させるべく、起業を促し、廃業・再編も含めた産業の新陳代謝を推し進めていくことが求められている。
開業を促すためには、制度や仕組みといった環境面の整備をさらに進めていく必要があるが、廃業を円滑に行うための取り組みも重要だろう。
足元、経済環境の好転もあって廃業率は低下傾向だが、黒字でも廃業を選択する中小企業は多い。土地等保有資産の価格上昇を受けて会社を畳んだ際の収支が改善する場合もあり、成長性が乏しく先行きが厳しい中小企業については、経営者の中で「このあたりでやめるか」という気持ちも出てきているのではないだろうか。こうした思い切った経営判断による廃業の増加は、経済・産業の新陳代謝が進むという点で、ポジティブな面もある。もちろん、高い成長性や優れた技術を持ち、稼げるチャンスに溢れる中小企業が、後継者がいないという理由だけで廃業するのはあまりに惜しい。しかしながら、稼ぐことが難しくなっている低成長企業の退出を促し、新陳代謝を活性化させるという視点は必要だ。アベノミクスで地方経済に少し明るさが出ている今だからこそ、廃業支援や低収益企業体の積極的な再編・統廃合をさらに進め、稼げる企業群を組成する好機だ。
また、インバウンドが浸透してきたことで稼ぎ方にも新たな動きが出始めている。例えばECだ。日本を訪れる外国人旅行者をどう活用するか、ここに大きなチャンスがある。日本には海外から年間約 3,000 万人もの旅行者が来る。その多くは中国・韓国などのアジアからの旅行者である。旅行者は日本の各地に足を運び、ありとあらゆるものを購入・体験していく。その旅行者が自国に戻れば、今度はそこが日本の商品・サービスの輸出先となる。地方の製品の納品先は、人口約 900 万人の東京(23区)だけではない。アジアに目を向ければ、東京に匹敵する市場は数多く存在している。
観光庁によると、2017年の中国人旅行客による旅行消費額に占める買物代は8,777億円と前年から12.1%増加した。一方で、中国の消費者がインターネットを通じて日本から商品を購入する「越境EC」の規模は、2017年で前年比25.2%増の1兆2,978億円と、成長率・規模ともにインバウンド消費(買物代)を大きく上回っている。越境ECで中国の消費者が日本から購入する額は、直近4年間で3倍以上に拡大しており、米国の消費者が購入する額のおよそ2倍に相当する。
中国人消費者による越境ECの増加は、海外旅行におけるインバウンド消費からの波及効果が背景にある。JETRO「中国の消費者の日本製品等意識調査」によると、越境ECを利用する理由に「日本に旅行をしたときに購入して気に入った製品だから」が40.4%を占めた。海外で体験した商品の品質、機能性、値ごろ感など自身の「実体験」による波及効果が考えられる。さらに、その旅行者の口コミは旅行者の母国の消費にまで広がる。つまり、ネット購入が広がる「消費の輪」の拡大が起こり始めている。訪日外国人の急増は、地産地消、人口の多い都市部での販売という従来の国内消費パターンから、インバウンド消費の拡大やECを通じた輸出という国境を越えた消費を実現し始めているのだ。
新陳代謝を果たす意義もここにある。地方創生では農業などの一次産業が重要であるが、売り方は従来の発想にこだわらない考え方が必要である。若い人等のアイデアを活かし、産業構造を転換することがポイントになるだろう。
地域金融機関は幅広い情報を持っている。廃業を支援し、開業を促進する中で、新しいビジネスモデルの提示が必要だ。それこそが、縮小均衡に陥りがちな地方経済の活路となるだろう。
死んだ土地を作らない日ごろの活動
地方の土地を有効活用するために、コンパクトシティやリバースモーゲージなど前向きな取り組みが広がることを期待しているが、一方で「死んだ土地」問題に対してどれだけの手段が講じられているのだろうか。
日本では、各地で所有者不明土地が増加している。所有者不明土地とは、不動産登記簿等の公簿情報などをもとに調査しても所有者が判明しない、または、判明しても所有者と連絡がつかない土地のことである。国土交通省の資料によると、私有地の約2割が所有者不明であり、その規模は九州の土地面積を上回っている。
所有者不明土地が増加することで、復興や地方創生の障害になっている。南海トラフ地震など大規模災害の発生も指摘されており、その対策の妨げとなるリスクもある。農地集約や森林管理が進まず、地方創生に悪影響が及ぶ懸念もある。さらに徴税面では、所有者不明土地からの課税は困難で、地方自治体の税収減につながる。最終的には、行政機能の妨げとなり、住民サービスの低下をもたらす。
登記情報が更新されないまま相続が発生し、複数の相続人が権利を継承して相続が重なると、所有権利はさらに枝分かれする。国税庁の統計によると、相続財産で土地の占める割合は約4割ある。2025年以降に人口の多い団塊世代が後期高齢者となって相続が発生すれば、所有者不明土地の問題はさらに深刻化しかねない。死んだ土地は、コンパクトシティを目指す国策を阻むばかりでなく、地方創生にとってイメージが悪く、地域住民のやる気をも削いでしまう。
最近になって、政府も事態の打開に動き出した。2018年6月6日、参議院本会議で「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置」が可決された。同法が施行されれば、公益性の高い事業における所有者不明土地の利用が最大10年間可能となる。所有者が現れなければ、この期間を延長することも認められる。
同法が成立したことで、公的分野の所有者不明土地の利活用が進むことが期待される。再開発や復興事業などの障害が取り除かれれば、政府の進める地方創生やコンパクトシティの形成にはプラスとなるだろう。ただし、九州の土地面積よりも大きいと推計される所有者不明土地の利活用には、公的分野だけでは不十分だと感じる。民間の利活用が可能となる仕組みも同時に考えていかなければならない。今回の法案は、所有者不明土地の問題に対処するための第一歩と捉えるべきだろう。
この土地問題に関して、地域金融機関の役割は極めて重要だ。所有者が分からなくなる前段階では、多くの場合、空き家・空き地となる。日ごろの活動の中で何らかの手が打たれていれば、所有者不明となることは少なくなる。例えば、金融財政事情(2018年6月11日号)『金融機関に求められる「予備軍」不明化の解消支援』で具体的な取組みが紹介されている。神奈川県湘南信用金庫、大阪府枚方信用金庫などでは、地域金融機関が土地不明をサポートして融資のビジネスにつなげているという。この分野でも、地域金融機関が果たすべき役割は大きいと言えるだろう。
おわりに
雇用環境は大きく改善し、インバウンド消費も拡大、地方経済は確実によくなっている。ただ、若者の都市部への流出、人口減少、高齢化などの構造的な問題は依然残されたままだ。 地方創生に向けてやらなければならないことは多い。政府も、地方創生に向けた取り組みを加速させているが、そのスピードはまだ遅い。実際に問題に直面している地方が主役となり、対応していかなければ手遅れになる。その中でも、地域に根ざす行政、地域金融機関の舵取りが地方の今後を決定付ける鍵となる。
ここで取り上げた「産業の新陳代謝」、「死んだ土地」に関する問題は、全体の一握りに過ぎない。環境がよいときだからこそ、急いで取り組みを加速させる必要があるのではないだろうか。
※ (本稿はホクギンマンスリー2018年9月号掲載の記事を加筆修正したものです)
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矢嶋康次(やじま やすひで)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 研究理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任
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