厚生労働省の資料(1)によれば、2012年では認知症高齢者数が462万人と、65歳以上の高齢者の約7人に1人(有病率15.0%)であったが、2025年には約5人に1人にもなるとのことであり、超高齢社会の中、認知症への対応が他人事ではなくなりつつある。

成年後見制度
(画像=PIXTA)

認知症が重度になると判断能力が衰え、重要な契約などが当人ではできなくなる。そのときのために用意されている法的な制度が成年後見である。

成年後見制度とは精神上の障害により判断能力が不十分な者について、契約の締結等を代わって行う代理人など本人を援助するものを選任したり、本人が不十分な判断に基づいて締結した契約を取り消すことができるようにしたりして、これらの者を守る制度である。

成年後見制度には家庭裁判所が法律の定めに従って本人を援助する者を選任する「法定後見」と本人があらかじめ締結した任意後見契約に従って本人を援助する者が選任される「任意後見」とがある。本稿では「法定後見」のうち、最も利用実績のある「後見」について見てみることとする(2)。「後見」とは判断能力をまったく欠く者を対象とする制度である。具体的には判断能力が日常的な買い物も含め自分ではできずに代わって誰かにしてもらう必要がある程度に至った者を対象とする。「後見」が開始されると、成年後見人が家庭裁判所により選任される。成年後見人は本人の行為全般について、本人を代理することができ、本人の行為を取り消すことができる。

後見制度は手続きが煩雑であったり、費用がかかったり、自由がきかなかったりするなどいろいろな批判があるが、一方で、財産の処分をまったく他人に委ねてしまうため、それなりの規制が必要という事情がある。平成27年の数字になるが、現行成年後見制度においても、一年間で発見された後見人等の不正は521件、うち親族等による不正は約93%となっている(3)。

いずれにせよ、認知症で判断能力を失った方がなんらかの重要な取引を行おうと思ったら、この後見制度を利用するほかはない。

後見制度を利用するきっかけとしては、預貯金の管理・解約、身上看護(入院契約の締結など)などがある(4)。預貯金の管理・解約の件数が図抜けて多く、銀行で成年後見人をつけて欲しいといわれて手続きを行う事例が多いものと推測される(5)。

さて、後見制度の概要を見ていこう。後見をはじめるためには申立書に必要書類(本人の戸籍謄本や診断書等、成年後見人候補の戸籍謄本等)を添えて家庭裁判所に提出し、後見開始審判の申立てを行う(民法7条)。申立ができるのは,本人,配偶者,四親等内の親族及び市町村長などである。家庭裁判所では事情聴取を行ったうえで、審判を行い、職権で成年後見人を選任する(民法843条1項)。なお、成年後見人は親族がなるものというイメージが強いが、親族が選任されるケースは全体の26.2%しかなく、司法書士や弁護士が選任されるケースのほうがはるかに多い(6)。また、必ずしも成年後見人候補として申立者が提出した中から選ばれるわけではなく、家庭裁判所のほうで選任することも多いようだ。

審判に当たって、本人の状態を確認する鑑定という手続きを求められることがあるが、件数は少なく全体の約8%しかない。

後見の審判は通常、2週間の告知期間を経て確定し、審判が確定すると家庭裁判所から後見の登記嘱託が法務局宛になされる。登記が完了すると,成年後見人等からの請求により,その内容を証明する「登記事項証明書」が発行される(7)。申立てからここまで通常は2ヶ月程度かかり、やっと成年後見人の事務が始まることとなる。

成年後見人の事務としては、まずは財産の調査、金融機関や官庁等への届出、年間収支状況の確認を行う。そして、家庭裁判所に財産目録と年間収支予定表を提出する。

ここまで申立てから成年後見人就任までの流れを見てきたが、次に後見人の日常の仕事を確認したい。成年後見人の主な仕事は療養看護と財産管理である。療養看護といっても、事実行為、すなわち実際に介護を行うことは成年後見人の事務には含まれず、入院契約の締結や介護施設への入所契約など法律行為に限定される。また、手術など医療行為への同意は成年後見人の権限に含まれない(8)。

一方、財産管理は事実行為としての財産管理と対外的な代理行為(法律行為)の両方がある(民法859条)。年金などの入金管理、生活費や光熱費等の支出管理、税金の申告と納税等を行う。また、預貯金の引き出しや保険金の請求と言った法律行為を行う。一方で本人が不要な契約をしてしまった場合にその契約を取り消すことも行う。

さらに年に一度、後見事務報告書、財産目録、収支状況報告書等を家庭裁判所に提出する。

ここでコストを見てみよう。申立てにかかるコストとしては、申立てにかかる収入印紙、切手代、登記費用手数料は合わせても1万円弱で済むが、鑑定が必要となると別途5~10万程度かかることになる。また、成年後見人を第三者が行う場合には本人の財産の中から報酬を与えることができるとされ、その目安は基本報酬月額2万円(管理財産が5000万円を超える場合は5~6万円程度)とされている(9)。

後見は通常、本人死亡によって終了する。後見が終了したときには、成年後見人は二ヶ月以内に財産の計算を行い、財産目録を作成し、財産を相続人に引き渡す。

さて、簡単に後見を見てみたが、留意点を述べてみたい。

まず、後見は通常、死亡によらなければ終了しないという点である。後見の申立てのきっかけの多くは上述の通り、預貯金の管理・解約であり、「金融機関で預金を引き出すときにできないと言われて」というものが多い。しかし、一旦、後見を開始すると金融機関との取引が終わっても後見が終了するわけではない(10)。そして上述の通り、月に2~6万の出費がある。

また、成年後見は本人のための制度である。そのため、贈与は厳しく制限される。したがって、生活費の援助なども求めようもなくなるし、住宅資金贈与などの各種の相続対策もできないことになる。

一方で、成年後見人となる人から見ると相当な手間がある。これは担い手問題に結びつく。近時では一般市民による成年後見人への就任(市民後見人)が進められている(老人福祉法第32条の2)が、未だに1%弱しかいない。

政府は成年後見制度普及に取り組んでいる(11)が、目に見える大きな成果を挙げたとは言いにくい(12)。そこにはこれまで述べてきたような制度の利用者と担い手にとっての敷居の高さがあるのではないか。

繰り返しとなるが、一旦、判断能力をまったく欠く状態になった以上、法律上、後見制度しか利用できない。それでは後見となる前に何らかの準備ができないかということになるが、これは稿を改めて検討したい。

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(1)平成29年度版高齢社会白書
(2)法定後見には「後見」のほかに「保佐」「補助」がある。
(3)内閣府成年後見制度利用促進委員会第1回不正防止WG資料(平成28年10月19日)http://www.cao.go.jp/seinenkouken/iinkai/wg/huseibousi/1_20161019/pdf/siryo_3.pdf 参照
(4)最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況平成29年1月~12月」
(5)日経新聞(2018年8月26日)では認知症で入院している親の入院代として、信用金庫にある親の口座から60万円引き出そうとして謝絶された事例が載っている。
(6)前掲注4資料参照
(7)東京法務局HP http://houmukyoku.moj.go.jp/tokyo/koukengaiyou.html 参照。
(8)実際には成年後見人の同意を取る医療機関もあるようである。しかし同意すべき権限を持つのは本人のみであり、本人が意思表示できないときは親族の同意を取り、本人の意思を推定して医療行為を行うのが通常といわれる。
(9)http://www.courts.go.jp/tokyo-f/vcms_lf/130131seinenkoukennintounohoshugakunomeyasu.pdf
(10)成年後見人が不適格等の理由で交代することはあっても、本人の死亡のほかは、本人(成年被後見者)の判断能力が回復するのでなければ後見は終了しない。
(11)成年後見制度利用促進基本計画(平成29年3月24日閣議決定) https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12000000-Shakaiengokyoku-Shakai/keikaku1.pdf 参照
(12)認知症患者が前述のように2012年で462万である一方、成年後見制度利用者は2017年で21万人にとどまる。

松澤登(まつざわ のぼる)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 取締役 研究理事

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