人口減少社会と言われても、労働力人口は増え続けている。就業者として増加するのはシニアと女性である。シニアは、2013 年度に厚生年金の報酬比例部分の支給開始が61 歳へと遅らされたことで、労働参加を余儀なくされた面が大きい。政府が福祉などの水準を切り詰めると、自助努力でやっていかざるを得ない。だから、理由を問わずに労働力が増えることを歓迎するというのはおかしい気がする。

人口制約はない?

 人口減少社会の中で、労働力を無制限に増やし続けることは不可能に思える。間違いなく、どこかの時点で労働力は供給面での制約の壁にぶつかるだろう。ところが、現時点でその壁は相当に上の方にあると考えられる。また、意外なことに、福祉水準や税制を厳しく見直せば働かざるを得なくなる国民が増えて、制約の壁は上方に上がっていく。移民やロボット化といった話題よりも、政府が国民生活をサポートする範囲を後退させて、自助努力の範囲を広げるような見直しを行えば、労働需給への大きな影響を与えられるのである。労働力を増やし続ける政策は、多くの人が知らないうちにすでに実行されており、今後も供給制約の限界ラインを上方に動かすために粛々と実行され続けると考えられる。

変化しているのは労働力人口比率

 まず、2つのグラフを見てほしい。就業者数と15 歳以上の人口の月次データの推移である(図表1,2)。就業者数は、労働力人口から完全失業者数(190~230万人)を除いたものである。労働力人口≒就業者と考えても、ここでは差し支えないだろう。2013 年頃から15 歳以上人口が減少しているにもかかわらず、労働力人口は増え続けている。これは、非労働力人口がより大きく減って、労働力人口がそれを吸収していることを示している。つまり、15 歳以上人口に占める労働力人口の比率、すなわち労働力人口比率が上昇していることを意味する(図表3)。しかも、2013~2017 年にかけての労働力人口比率の上昇は、徐々にペースを上げている。

労働力は永遠に増やし続けられるか?
(画像=第一生命経済研究所)
労働力は永遠に増やし続けられるか?
(画像=第一生命経済研究所)

 理屈として、人口減少率以上に労働力人口比率を上げることが継続できるとすれば労働力人口を増やし続けることは可能である。実数でみると、2013 年(暦年)からの15 歳以上人口は前年比▲0.1%、2014 年▲0.1%、2015 年▲0.0%、2016 年0.0%となっている。それに対して労働力人口比率は2013 年から毎年の変化幅が+0.2%ポイント、2014 年+0.1%ポイント、2015年+0.2%ポイント、2016 年+0.4%ポイントと人口減少率を上回っている。非労働力人口比率は、2013 年から毎年前年対比で▲0.7%ポイント、2014 年▲0.4%ポイント、2015 年▲0.4%ポイント、2016 年▲1.1%ポイントも減っている。つまり、労働需要の膨張が大きく、非労働力を活発に吸収しているのが、2013 年以降の労働市場の姿である。

労働力は永遠に増やし続けられるか?
(画像=第一生命経済研究所)

先行きを将来推計人口でうかがうと、2018~2025 年にかけて前年比ペースで▲0.16~▲0.38%の減少率で変化していくことが予想されている(図表4)。たとえ、15歳以上人口が減っても、労働力人口比率が▲0.4%ポイント以上で上がっていけば、労働力人口を増やし続ける ことが可能である。

労働力は永遠に増やし続けられるか?
(画像=第一生命経済研究所)

総人口=15 歳以上人口+年少人口(15 歳未満)
15 歳以上人口=労働力人口+非労働力人口=(就業者+失業者)+非労働力人口

労働参加は女性とシニア

 労働力人口が増やせるから、日本の未来がバラ色になる訳ではない。むしろ、皆が働かざるを得ない状態に追い込まれているとすれば未来は暗くなっていると理解できる。社会保障や自由な暮らし方を選べる環境が静かに壊れていき、そうした制度が未整備だった旧世代に戻ってしまうことは歓迎できない。

 そこで、非労働力人口が労働力人口へとシフトしている状況を細かくデータで追ってみたい。先に労働力人口比率が2013 年から上昇していると述べた。実は、これは自然な流れと逆である。人口は急激なペースで高齢化していて、同時に長寿化も進んでいる。ご長寿の高齢者が増えていくとすれば、働いていない高齢者も増えていくはずだ。これは労働力人口比率の低下圧力と言ってよい。2016 年平均でみて、15 歳以上人口に占める65 歳以上人口の割合は、31.1%である。この31.1%のうち労働参加している人口、すなわち労働力人口比率は僅か22.7%である。60~64 歳の労働力人口比率が65.8%だから、65 歳以降になるとそれが22.7%になるということだ。3分の2が働いていたところから、半分(2分の1)近くがリタイヤして、残りの5分の1だけが働くという計算になる。

労働力は永遠に増やし続けられるか?
(画像=第一生命経済研究所)

 ところが、こうした労働力人口の減少圧力があるにもかかわらず、実際は逆に、労働参加が増えているのが実情である。年齢別の労働力人口比率の推移を調べると、男性では25~59 歳までは90%台で不変であるが、60~64 歳、65 歳以上は上昇トレンドがみられる(図表5)。この60~64 歳の年齢層については、2007 年と2013 年に上昇が目立っている。恐らく、2007 年は団塊世代が60 歳台入りするタイミングであり、彼らが定年延長や再雇用で長く働くようになったからであろう。

 この変化は、2006 年4月の改正高年齢者雇用安定法の施行の影響を受けている。また、2013年度からは厚生年金の報酬比例部分の支給開始が60 歳から61 歳へと引き上られている。60 歳になって厚生年金を受け取れなくなった人が、就労延長していることが、労働力人口比率の上昇する原因になっている。年金収入を断たれてリタイヤできなくなったことを反映しているのである。

労働力は永遠に増やし続けられるか?
(画像=第一生命経済研究所)

 女性の場合はもっと複雑である。年齢別には、25~39 歳、50~65 歳以上の労働力人口比率が上昇している(図表6)。最も10 数年間での変化率が大きいのは、30~34 歳と55~64 歳である。30~34 歳は、結婚退職や出産退職が少なくなったことの反映であろう。50~64 歳は、子育てを離れて働き始める人の増加と、夫の年金削減によって自分も働かざるを得なくなった人の増加の両方がある。年金削減の影響が男女ともにシニア労働を後押ししていることは注目される。この変化を、社会進出などと言って単純に評価しにくいことは要注意だ。

労働力不足をどう捉えるか

 マクロのデータで見る限り、増加している就業者の大勢はシニアと女性である。彼らの給与水準が、すでに就業している若手・中高年男性よりも低いとすれば、1人当たり現金給与の水準はより低賃金の就業者の労働参加によって下がってしまう。これが賃上げ効果をみえにくくしている。人手不足でも賃金上昇が起きないとマクロ・データだけをみて驚く人もいるが、現実はサービスなどの労働集約的産業が労働需要を大きく押し上げている。シニアや女性はそうした分野に吸収されやすく、そこでは給与水準が低くて、需給逼迫で賃金上昇しても寄与度は小さい。全体では給与水準の低いシニア・女性の就業者の増加が、1人当たりの平均値を下げる作用が強く表れる。

 問題の核心は、給与水準が低く、労働集約的なサービス業がもっと生産性を高めることだと言われる。しかし、低生産性の正体が医療・介護・福祉における制度に原因があることがわかってくると、財政再建の必要から診療報酬・介護報酬を引き上げることは難しいという結論になってしまいがちである。私たちが人工知能が人型ロボットが高齢者の面倒をみるという夢のような物語に流されていては、矛盾した構造はそのまま放置される。財政再建がネックになっているという筆者らの叫びは、消費税を上げるべきではないという論調に封じられて、ここまで来た。労働力不足は、サービス業が賃上げをもっと積極化すれば、シニアや女性がそこでさらに就業するようになって解消されていくだろう。今は、因果が逆になっていて、低すぎる時給で労働力を吸収しようとするから、末消化の求人票が積み上がって、有効求人倍率が上昇していく。

 筆者が懸念するのは、このまま厚生年金の報酬比例部分の支給開始が2019 年度63 歳、2022 年度64 歳、2025年度65 歳(いずれも男性の場合)と繰り上がっていき、年金を受け取れない人がさらに労働市場にいぶり出されていくことである。65 歳以上の人も、公的年金のマクロ経済スライドによって実質給付水準が切り下がる。女性も、様々な名目で所得控除が縮減されて、夫の給付だけでは暮らしにくくなって、労働参加を強いられる。政府は、福祉・教育のために多大な財政支出を使っているというイメージが持たれているが、高齢者などに対しては制度変更によって厳しい待遇になってきている人は少なくない。だから、労働参加が進んでいるという側面は決して軽視してはなるまい。

 人口減少が進んでも、将来、国民生活をサポートする公的給付が切り詰められていけば、これまで同様に労働力人口比率を上昇させて就業者数を増やすことに成功し続けるだろう。しかし、それは福祉水準の低下による痛みの大きな選択をしているに過ぎない。

好ましい道筋

 今後、労働力人口が減っていくリスクはある。それは一旦労働参加したシニア雇用者が健康維持がしにくくなって、非労働力化していく可能性である。先に、2007 年頃に団塊世代が60 歳になっても、働き続けていることが、労働力人口比率を上げたことを述べた。彼らも、2022~2024 年にかけて75 歳、つまり後期高齢者入りする。その前後には、全体の労働力人口比率は下がりやすくなるだろう。また、不況時には労働参加は落ちることが知られているから、2021 年に予想される東京五輪の反動不況が引き金になる可能性もある。いずれにしろ、シニア雇用者の健康状態が、どこまでシニア雇用者を増やし続けられるかの鍵を握る。

さて、そうした健康面での改善の余地を考慮すると、中高年の雇用者の健康維持をもっと合理的に進めていけば、高齢期の就業延長も展望できる。これは、年金等の条件悪化による痛みのある労働参加とは異なるシナリオである。好ましい道筋とも言える。

 昨今の働き方改革が長時間労働の是正に動いていることも、健康維持の視点からみれば好意的解釈ができる。現状、多くの職場では危なっかしい働き方をしている人は無数にいて、それが合理的には管理されていない。本来、健康は空気や水と同じように感じられていて、無秩序のままに置かれやすい。これを健康ビジネスに変えることができれば、長期的な労動力人口の増加を目指す上でもプラスが大きいのではあるまいか。

 労働者がみな健康であることは、経済学風に言えば、空気や水のクリーンさの恩恵のように、公共財の一種にみえる。健康だから補助器具なしで働ける。しかし、一旦、健康が失われると、今までの健康維持コストを支払ってこないことを悔いる。つまり、健康維持コストの過少負担が起きている。民間保険はこれを一部カバーしているが、それでも過少負担気味は完全に是正されていない。シニア雇用者の割合が一段と高まってくると、働き手が常に健康であるということが当たり前でなくなり、みなが健康維持に心がけることの必要性を痛感することになるだろう。だから、公的介入の余地があるとも言える。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生