北朝鮮への国連安全保障理事会の制裁が採択された。中国・ロシアとの修正協議で全面的な原油禁輸とはならなかったが、極めて強力な制裁の内容とみられている。金融市場では、9 月9 日の北朝鮮の建国記念日を何もなく通過したので、一旦反発したが、9 月15 日にまた北朝鮮はミサイルを発射している。1962 年のキューバ危機の教訓を参考にして、チキンゲームの終わりがどのようになるかを考える。これは、不確実性に直面した投資家が先行きを考えるときに役立つだろう。
まだ続くのか
9 月15 日に北朝鮮は、またミサイルを発射した。9 月11 日に安保理決議が採択されて、一旦は為替・株価が反発していただけに、まだ挑発行為を止めない姿勢をみせたことは先行きを暗く思わせる。
米国が主導する安保理の対北朝鮮制裁は、石油製品の輸出3割削減を盛り込んで、今までよりも強力にみえる。中国・ロシアの反対によって全面的禁輸にはならなかったが、安保理では修正を経て北朝鮮のエネルギー源を大幅に絞り込む制裁案となった。また、米国独自の金融制裁も、北朝鮮と取引をする中国の金融機関に対して、米国金融機関との取引禁止を進めることになる。
最近の為替・株価は、9 月9 日に北朝鮮が建国記念日に合わせて、挑発行為が手控えられたこと、安保理の制裁を好感して反発してきた。相場の動きは、不透明な先行きをある程度予想しながら変動するものなので、一時は最悪期を通過したと思わせた。それだけに、北朝鮮が挑発行為を続けたことは大きなショックである。
多くの人は、まだ北朝鮮のチキンゲームが続くと感じ、最悪の場合、まさかの戦争リスクを想起させられる。そして、着地点が当面見えないことを嫌気して、投資行動を慎重化させる。
本稿は、そうした不確実性を軽減するため、北朝鮮リスクの図式を筆者なりに整理したものである。たとえ未来が不透明であっても、投資家は先行きを見通そうとするフレームワークを持つことでリスク許容力を高めることができる。そして、着地点がどこなのかを考えることができれば、先々の転換点を見通しやすくなるだろう。
鍵は中国とロシア
分析の基本軸として、勢力均衡、バランス・オブ・パワーの外交ゲームを考えたい。プレーヤーは、北朝鮮、米国、中国・ロシアの3者である。しばしば、地理的に近い韓国や日本の方が戦争リスクを恐れてしかるべきだろうが、意外に落ち着いていると聞く。脅威にことさら反応しているのは米国だ。しかし、勢力均衡を基本軸に考えるとこれは不思議なことではない。北朝鮮は、首都ワシントンに届くようなICBM を近々保有する可能性がある。これが、米国の脅威となり勢力均衡を崩す。日本対北朝鮮のバランスよりも、米国対北朝鮮のバランスの方が、核兵器を積んだICBM を北朝鮮が保有することで大きく変化する。だから日本と韓国よりも、トランプ大統領の米国が騒ぐのである。北朝鮮にすれば、バランス・オブ・パワーを能動的に崩すことで、国家の格が上がったように思い込める。これが国威発揚の心理だ。
筆者は、勢力均衡の中から、日韓を除くが、中国・ロシアは含めて考える。これは、北朝鮮とのパワーの変化が対米で起こっているが、もしも北朝鮮が瀬戸際外交に失敗して消滅した場合、パワーの変化の影響を受けるのが、中国・ロシアだからである。北朝鮮の挑発は、北朝鮮自身の消滅リスクを高めて、地理的に北朝鮮を韓国との間でのバッファーにしてきた中国・ロシアには勢力均衡を失する事件に思える。
さて、北朝鮮、米国、中国・ロシアの3者を考えるとき、3者で利害が微妙に違っている。北朝鮮は、国家存続のために挑発行為を行いたい。米国は、挑発を止めて、北朝鮮には消滅してほしい。北朝鮮VS米国には利害は一致しない。
一方、中国・ロシアは、北朝鮮は国家存続してほしいが、消滅リスクを高める挑発は止めてほしいと思っている。現状維持がベストと考えている。つまり、中国・ロシアは、北朝鮮と米国と半々の利害一致なのである。だから、トランプ政権の強硬な制裁、すなわち100%原油禁輸が中国・ロシアに受け入れられない。中国・ロシアは、北朝鮮を消滅させる100%原油禁輸に賛成せず、挑発を止めるに十分な原油削減で寸止めしようとするのである。
トランプ政権は、北朝鮮が先行き挑発行為を続ければ、中国・ロシアに働きかけるだろう。中国・ロシアは、北朝鮮が国家存続できる範囲で、原油輸出の削減に反対するだろう。これは、北朝鮮に対して、中国・ロシアがしっぺ返しをして、是正を促している図式である。北朝鮮は米国主導の制裁に耐えられると考えているときは挑発を続ける。北朝鮮は、ミサイル発射などの軍事的アピールが体制維持のために必要だと考えている。挑発のメリットを制裁のデメリットが上回ったとき、北朝鮮は挑発を止める。その地点がどこなのかはわからない。中国・ロシアは、その地点を見定めて、米国が主導する制裁に応じる。
こうした勢力均衡の図式を念頭に置くと次のような理解になる。
(1) 外交ゲームの決定権は、中国とロシアが握っている。 (2) 戦争・軍事行動は誰も望んでいない。米国を含めて、勢力均衡を大きく変化させることを嫌がるからだ。 (3) いずれ北朝鮮は挑発を停止するだろう。そのとき北朝鮮は経済的にかなり追い詰められる。これは消滅リスクの高まりと言える。
キューバ危機を参考に
北朝鮮がミサイルで米国を脅す構図は、1962 年のキューバ危機に似ていると感じる。当時の米国はJ・F・ケネディが大統領だった。1962 年10 月14 日に米国はキューバに攻撃用ミサイルが配備されたことを発見する。ミサイルはソ連から渡ったものだ。ケネディ大統領は、軍事介入か海上封鎖か迷った挙句、10 月22 日にキューバの海上封鎖を公表する。ソ連のニキータ・フルシチョフ議長に、キューバからのミサイル撤去を要求した。そこでは、ケネディ大統領が、ソ連大使に10 月28 日までにミサイル撤去の通知を受け取らないと、ソ連に深刻な結果がもたらされると脅す。最後に、フルシチョフは10 月28 日にキューバのミサイルをソ連に持ち帰ると発表する。キューバ危機と言われる2週間の外交の駆け引きは、様々に分析されて、現代の教訓になっている。
今、キューバのカストロ議長を北朝鮮の金正恩総書記に置き替えて、中国・ロシアがソ連だと考えると、このモデルは現在の北朝鮮リスクとほぼ同じだ。
注:キューバ危機の教訓は、グレアム・アリソン「決定の本質」(1977 年、中央公論新社)を参考にした。新訳もあるが、筆者は旧約版が好きである。
多くの人は、キューバ危機は米国の威圧がソ連とキューバを封じ込めたと理解するだろうが、実際はもっと複雑である。ソ連は、最後通告の後で米国に対してトルコにあるミサイルの撤去を提案していた。米国は、10 月28 日にソ連がキューバのミサイル撤去を発表した後、こっそりとトルコのミサイルを撤去している。瀬戸際のところで、米国とソ連の取引があって、軍事衝突は回避されたという見方ができる。ここでの取引は、フルシチョフがケネディを信じるかという条件や軍事介入の主張がうまく抑え込まれていたという条件が加わって、初めて成立したことも重要である。また、フルシチョフはケネディに書簡を送って、非常時のコミュニケーションを取ろうと努力している。
今後を考える
キューバ危機と北朝鮮リスクは似ているので、筆者は北朝鮮が追い詰められた最後のところで米国が用意するだろう妥協案に乗るのではないかと考える。しかし、チキンゲームの特徴は、衝突しそうな相手同士がぶつかる寸前までハンドルを切らないことである。北朝鮮は、9 月11 日の安保理決議を受けても、ハンドルを切らなかった。
今後、米国が制裁の実効性を高める行動をもう一段進めれば、ハンドルを切る時期は遠からず来ると予想する。キューバ危機を考えたとき、今回はチキンゲームを行っている金正恩氏とトランプ大統領の間のコミュニケーションが取られていないことが、残っているリスクとして大きいと考えらえる。今後、そうした直接的なコンタクトがあれば、北朝鮮リスクは大きく低下するだろう。
トランプ大統領が自分の得意だと考えているディール(取引)を使って着地させるのは、そうしたコンタクトのとき、またその後になるだろう。
最後に気がかりなのは、北朝鮮はクリントン政権のときに6カ国協議を経て、核開発をしないという約束を破った「前科」があることである。トランプ大統領のディールが成功しにくい問題点として、北朝鮮との約束への信頼性が乏しいこともあるだろう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 担当 熊野英生