シンカー: 米国経済は今後数カ月にわたって力強い成長を維持する見込みであり、債券相場には下方、リスク資産には上方の圧力がかかりやすい。ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)がしっかり存在し、金融政策が引き締め方向に向かっている中で、財政政策を拡大すれば、金利と為替には上昇圧力がかかるというのは、通常のマンデル・フレミングモデルが示す通りである。この常識が通用しないのは日本で、ネットの資金需要が消滅していれば、財政政策を拡大すれば、金利にも為替にも上昇圧力がかからない中で、経済パフォーマンスを押し上げることができる。量的金融緩和はネットの資金需要をマネタイズしてはじめて効果を発揮するため、力はない。それでも大きな流動性の供給を続けていれば、その過剰流動性が、幾分なりとも、他国、特に米国の長期金利の押し下げにつながっていたとみられる。日銀は、イールドカーブ・コントロールに転進して以降、流動性の供給を減少させている。それが、米国のマンデル・フレミングモデル通りの反応への回帰を促したともみられる。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

最新のSGグローバル・レポートと要約

●世界経済見通し(9/19) : 嵐を予感させる雲の群れ

今回の世界経済見通し(GEO:GLOBAL ECONOMIC OUTLOOK)のタイトルは、少なくとも直近3回のGEOに比べると非常に暗い。我々はこのタイトルを選択して、「世界景気見通しは、現時点では過去3、6、9カ月と同じく堅調だが、下方リスクがますます目立ち始めている」というメッセージを込めた。そうしたリスクは、景気や金融関係の要因もそうだが、より重要なことに政策決定に根差している。

景気関連の要因では、米国の景気拡大がますます成熟化しており、設備稼働率上昇とともに、潜在成長率を超すGDP成長率の達成がより難しくなっている。さらに、サイクルの成熟化につれて異例の金融緩和が縮小しつつあり、米国景気への追い風は弱まっている。ユーロ圏も基本的には同じストーリーだ。ただ米国よりも景気サイクルの早い段階にいる。

金融面の要因では、米国株式は過去最高値を目指す動きを見せているが、世界の他の多くの市場では調整が進みつつある。同時に、新興国の金融市場(特に外国為替市場)は、金融緩和で供給されたマネー(米ドル)が徐々に引き揚げられるにつれて、圧力を受けつつある(特に米ドル建て債券の残高が多い国)。新興国全般を覆う危機が発生する可能性は高くないとみられるが、新興国の道のりは非常に険しくなっている。また、米国短期金利が上昇する中で(弊社は少なくともあと100BPの上昇を見込んでいる)、状況がすぐに回復することも考えづらい。他の新興国が今後数週間や数カ月で危機に飲み込まれる可能性も十分にある。

しかし、最も重要で危険なリスクは、政策決定に根差すものである。その第一に挙げられるのは、当然のことながら、米国トランプ政権の保護主義的な動きである。これは利他的というだけではなく、米国が中心に形成された世界秩序全般を攻撃している。ダメージが大きくなる可能性がある分野は、長期的には安全保障、防衛、環境保護などだが、短期的には経済だ。複雑な国際サプライチェーンが混乱するリスク(実際に混乱した場合、その修復にコストがかかる)や、世界(特に米国)でのあらゆる財の(おそらくサービスも)コスト上昇の他にも、世界貿易の現状に対する露骨な敵意が示されていることが、事業計画やひいては投資計画の強い妨げになっている。事業や投資に対する間接的な影響も、世界貿易に対する影響以上に大きくなる可能性が十分にある。

一方で、ユーロ圏の政治・経済リスク(金融市場にもリスクが直接波及する)も、依然として高くなっている。イタリアのポピュリスト政権がEUの財政ルールという「コルセットを外そうと」していることで、ユーロ圏国債危機が再発する恐れが生じている(希望的観測だが、再発しても以前よりもはるかに控えめで影響も域内に留まるとみられる)。イタリアは政府債務が高水準でGDP成長率も低いため、金利上昇の影響を受けやすくなっている。とはいえ政府の最近の言動は、従来よりも融和的に聞こえる。

欧州ではほかに、ブレグジットの脅威も高まっている。英国が合意無くEUを離脱するという破滅的なシナリオは、(英国、EUの)両サイドとも話題に取り上げ過ぎているとみられる。だが、リスクが高まっているという事実は避けられない。EUの政策が全体的に失敗することによる混乱やダメージの大きさは、短期的、長期的ともに評価しにくい。だがブレグジットのクライマックスが近づくにつれ、EUの側から柔軟性を広げようとするサインが、少なくとも多少は出ている。言い換えると、嵐を予感させる雲が厚くなりつつあるが、それは人為的に作られたものだ。このため(ある意味では)希望が持てる面もある。即ち、今でもなお「嵐」は避けられる。

●米国経済(10/3):弊社独自の「トランプ関税トラッカー」を開始

現状では完全な貿易戦争には至っていないが、通商政策は世界経済や弊社予測モデルに対する脅威となっている。弊社は米国景気予測を、(大幅な関税引上げは想定しているが)今の所は大きく変更していない。とはいえ、見通しを取り巻く不確実性は高まっている。今回は、通商政策がインフレ、消費、生産、貿易を通じて及ぼす影響を例示したい。今の所、混乱が生じているセクターはあるが、全体的な影響は小さい。もちろん現在はプロセスの初期で、関税も2019年には引上げが予定されており、税収額が3倍近くになる。それに加えて、トランプ政権は新しいアクションを検討中である。

●欧州経済(10/1):イタリア:2019年予算案…財政赤字はGDP比2.4%に

イタリア政府は数カ月にわたる議論の後、2019年財政赤字目標で昨夜ついに合意した。ただ議会での議論が今後数週間で進むため、最終的な数字が今後変更される可能性もある。詳細もほとんど示されておらず、支出拡大を相殺する策も具体化されていないため、財政目標の未達幅がさらに広がるリスクも高い。ただイタリア政府が欧州委員会に予算案を提出する10月中旬までには、全体像が明らかになる。

現時点で判るのは、イタリアは(赤字をGDP比3%以内に抑えることを除き)EU財政ルールの大半を順守しなくなる、ということだ。とはいえ、イタリア財務省とのコミュニケーションが開かれている限り、欧州委員会も過度に厳格にはならず、(緊張の高まりを避けるために)バランスを取るための追加策を要請するだけに留まる可能性がある。政府と議会は、2019年予算案の修正を求める市場、欧州委員会、格付け会社からの強い圧力を受けるだろう。しかし現状では、予算案で合意したことによって、連立政権崩壊のリスクが(少なくとも短期的には)軽減されている。

●米国経済(9/28):FOMC…利上げ終了が近いと示される

来週のECB理事会は、新味には欠けることになるだろう。新興国の混乱で下方リスクをさらに考えることが必要になろうが、域内景気と見通しは依然として良好で、APP(資産買入れプログラム)の半減は計画通り10月に実行できるとみられる。ただAPPを12月に終了するという決定は、秋の間に発表される経済指標しだいとなる。来週の理事会では、保護主義的な貿易、イタリア、再投資政策、金利ガイダンスが問題になるとみられるが、明確な答えは示されないと弊社は見込んでいる。ECB理事会は「来年の初回利上げの後に政策金利の行先となる可能性があるのは、どの辺りの水準か」について、(7月の)英国BOEのように、想定される市場金利パスを基に間接的にコメントする可能性がある。迫っているECB理事会メンバーの指名(交替)に関する質問も考えられるが、これも明確な答えは示されないと弊社は見込んでいる。

●欧州経済(9/27):欧州議会選挙…2019年は通常と異なる可能性も

次回の欧州議会選挙が来年5月に実施される。過去の選挙に比べると、はるかに多くのものが懸かる可能性がある。実際にも、未完のEUプロジェクトやEUが直面する課題が多数ある中で、次期の欧州議会(および欧州委員会)はEUや制度的枠組みの未来を決定づける上で大きな役割を担うとみられる。また、国レベルと同様に政治的な勢力図が動く可能性がある。2つの主流政党(欧州人民党=EPPと、社会民主同盟=S&D)は議席数を減らすとみられる。さらに、EPPが分裂する可能性が高くなっている。(マクロン仏大統領が率いる政党の登場とともに)新興勢力が台頭すると同時に、反EU政党が勢力を伸ばすと見込まれる。

総じて言うと、過去の選挙よりも議会勢力がはるかに細分化されると見込まれる。絶対過半数を占めるには最低でも3つの政党が必要となる可能性があり、次の欧州委員長の指名・票決の見通しは難しくなるだろう(小規模勢力がキングメーカーとなることも考えられる)。最後に、欧州委員は(欧州委員長と相談して)加盟各国で指名され、また反エスタブリッシュ政党が一部の国では力を持っている。このため新生委員会は、細分化された欧州議会に頼ることになるほか、内部の顔ぶれが混在して選挙後に暗礁に乗り上げるリスクが高くなっている。

●英国経済(9/25):メイ首相、不本意なままザルツブルグから帰還

ブレグジットを巡る交渉が最高潮に近づきつつある。ただザルツブルグ(オーストリア)での(非公式)EU首脳会議は、ブレグジットではなく安全保障や移民問題が主題になり、メイ首相の期待は甘かった。ブレグジットがテーマになったランチセッションは、英国が譲歩すべきというEU加盟27カ国のスタンスを再確認するに留まった。結局、バルニエ首席交渉官は火曜日(18日)の総務委員会で、ブレグジット問題での進展についてEU27カ国と、最新状況を既に再確認していた。9月30日から10月3日の保守党大会は、通常とは異なる状況になった。メイ首相に批判が集中することは確実だが、首相がそれを乗り切ると弊社は見込んでいる。

●債券市場(10/1):冷静に受け止めよ

米連邦公開市場委員会(FOMC)の経済予測サマリー(SEP)と政策金利見通し(ドット)は、先週の利上げを受けて、ハト派的な様相を帯び始めているように見えた。しかし、その変化をあまり深読みしないことをお勧めしたい。米連邦準備制度理事会(FRB)は今年中にもう1回政策金利を引き上げる見込みであり、来年についても2回の追加利上げが織り込まれている。欧州中央銀行(ECB)の金利見通しはハト派色が薄れてきたが、リスク・センチメントの好転やファンダメンタルズの一層の改善を考慮すれば、こちらも理にかなっている。こうした状況を踏まえ、弊社は世界の債券利回りを対象にデュレーション・ショートの投資スタンスを維持したうえで、ユーロ圏ならびに英国では2年-5年スティープナーのポジションを推奨する。

●債券市場(9/25):ショート・ポジションを信じて

米国経済は今後数カ月にわたって力強い成長を維持する見込みであり、米国債市場をはじめとする世界の債券相場やリスク資産は圧力を受け続けるだろう。日欧の債券市場、とりわけ日本国債、加えてドイツ国債は、ほとんど利回りがないにもかかわらず、引き続き安全な資金逃避先となる見通しである。経済成長やインフレは、比較的リスクの高いソブリン債に対しては有利に作用するものだ。しかし、イタリア国債に関しては、格下げを回避できるほど国の財政が改善に向かうとは考えづらく、我々も懐疑的な姿勢を崩していない。

●債券市場(9/18):最も抵抗の少ない道

ここ数週間、債券利回りの着実な上昇が記録されてきた。これはおそらく、賃金上昇率が循環的なピークに達していること、9月の債券供給量が大幅に増加していること、貿易戦争や英国の欧州連合(EU)離脱交渉、イタリア政治の先行きを市場がやや楽観的に見通していることなど、さまざまな要因が重なったためとみられる。米連邦公開市場委員会(FOMC)は今年中に利上げをあと2回実施する見込みであり、その1回目は今月25~26日の会合が選ばれるだろう。欧州中央銀行(ECB)と英イングランド銀行(BOE)は先週13日の会合でいずれも政策金利の据え置きを決めたが、2019年の引き締め継続路線は変わらない。英国のEU離脱(ブレグジット)協議はおそらく必要不可欠なハードルであろうが、交渉が妥結に至った場合、英国の実質利回りに素早いリプライシングが生じる可能性がある。

●NEWSFLOW WATCH (10/1): ニュースフローは貿易戦争のエスカレートに対する防御の必要性を浮き彫りに

貿易戦争に関するニュースフローは依然非常に多い:貿易戦争に関する新たなエピソードが新聞の見出しを飾らない日はない。トランプ大統領の矛先は近隣諸国、同盟国、および自ら敵を公言する国々の間で揺れ動いているが、中国は依然リストの筆頭にいる。今週から、米国が中国から輸入する約2,000億ドル相当の製品に10%の関税が課される。トランプ大統領は、通商合意に到達できなければ関税率を25%に引き上げると警告している。一方、中国は報復関税を打ち出しているが、協力こそより良い未来のための唯一の正しい選択肢だとの考えから、やや手加減を加えている。この貿易戦争のエスカレートは徐々に破壊的(DISRUPTIVE)なものとなりつつあり、世界成長再同期化(GLOBAL GROWTH RESYNCHRONISATION)の持続可能性と、中国がレバレッジという課題を遂行できるかどうかをめぐる疑問を生じさせている。

貿易戦争での米国の戦術は特に予測不能:11月の米中間選挙を前に、トランプ大統領の行動は経済的であるのと同じくらい政治的な性質を帯びている。これまでのところ、中国経済に甚大な影響はほとんど出ていない。また、中国の政策当局者は時間がたっぷりあることに気付くだろう。人民元が年初以降に対米ドルで5%下落しているため、中国企業は全く競争力を失っていないとさえ言えるかもしれない。全ての新興市場諸国に同じことが言えるわけではなく、弊社は中国資産への選好を維持する。世界の新興市場債券・株価指数における中国資産の相対的ウェイトはさらに上昇すると予想される。

関連トレードアイデア:弊社は直近のMULTI ASSET PORTFOLIOで貿易摩擦のエスカレートに関連する多くの投資アイデアを紹介した。アジアでは、米ドル/台湾ドルのプットオプションのショートを推奨する(2018年9月21日付のEXPLORE THE MAP参照) 。また、対TOPIXでのSG JAPAN DOMESTICバスケットのロングと、SG CHINA TRADE WARバスケットのロングを勧めたい。金利市場では、米国の5年物ブレークイーブンのロングを推奨する。ユーロ圏では、大型株(LXCEまたはSX5E)よりも小型株(MXCEまたはSXCE)を選好したい。コモディティに関しては、9つの異なるコモディティを含むSG TRADE WAR COMMODITY INDEXを通じて貿易戦争に対する防御を得ることができる。

●アセット・アロケーション(9/14):米国資産から他に資金を分散すべき時(ただし米国債は保持)

弊社は、2017年12月にポートフォリオのリスク水準を低減するよう投資家に助言した際、株式へのエクスポージャーを縮小し(クレジットに対しては既に慎重だった)、そのぶん債券(主に米国債)へのエクスポージャーを拡大するよう提案した。為替の観点から言うと、弊社は6月にユーロに対する大幅なロングエクスポージャーを中立化し、米ドルと、円および新興市場通貨のミックスにシフトした(それぞれ3分の1に)。

この全体的スタンスを変更する理由はまだ見当たらない。ボラティリティが高まる(一段のリスク回避が必要になる)のは、米経済が減速の具体的兆候を示すか、依然急速に拡大している負債の償還をめぐる不安が台頭(それを受けてクレジットスプレッドが大きく上昇)する場合に限られよう。

弊社は現在の高騰しているバリュエーション水準で米国資産を追い求めることはしないが、米イールドカーブの逆転に備えたポジションを維持する。また、以下の措置を通じてポートフォリオのリスク管理を図る:(1)定量的(Q-MAP)シグナルとバリュー分析の併用に基づくアグレッシブな通貨分散化(今四半期にポンドへのエクスポージャーを拡大);(2)貿易戦争の一段の激化に備えたポジションを取り、インフレを買う一方で、中国の成長については慎重な見方を維持する(つまり中国の債券を積極的に買う)。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司