要旨

●今夏は7月の猛暑から一転、8月の日照不足により夏物商材の販売が不振となっている。農作物の生育にも遅れが出ており、今後も日照不足が続けば、景気への影響も拡大すると懸念する声も出ている。

●夏の低温や日照の少なさといった天候不順は、第一に、季節性の高い商品の売れ行きが落ち込み、いわゆる夏物商戦に悪影響を与える。第二に、海水浴を始めとする行楽客の人出が減少する。第三に、農作物の生育を阻害し、冷害をもたらすことが想定される。

● 国民経済計算のデータを用いて気象要因も含んだ7-9月期の家計消費関数を推計すると、7-9月期の日照時間▲10%減少により、同時期の家計消費支出が▲0.4%程度押し下げられる計算になる。

●今夏の天候が景気に及ぼす影響を試算すれば、7月は東京・大阪平均の日照時間が平年より16.5%多かったことから、同時期の家計消費を+0.6%(+1,236億円)押し上げた計算になる。しかし、すでに8月前半の東日本の日照時間が平年より6割程度少なかったことからすれば、仮に8月後半に平年並みに戻ったとしても、8月の家計消費は▲0.6%(▲1,122億円)程度押し下げられ、7月のプラスをほぼ相殺すると試算される。

●更に心配されるのが消費者心理の悪化。2003年当時は不良債権問題に伴う株安にイラク戦争の影響が重なり、全国の消費者心理が低下した。また93年には、景気動向指数が改善したことを根拠に政府が6月に景気底入れを宣言したが、円高やエルニーニョ現象が引き起こした長雨・冷夏等の悪影響により、景気底入れ宣言を取り下げざるを得なくなった。今回は、北朝鮮情勢に伴う円高・株安に加え、猛暑から一転して日照不足が重なったことを考えれば、今年7-9月期の経済成長率は消費者心理の更なる悪化によって下押しされる可能性は無視できない。

● 農業生産額と気温の間には、7-9月期の気温が1℃下がる毎にその年の農業生産額が▲2.0%減少するという関係が見られる。農業生産額が直近の2015年で4.7兆円であることを用いれば、7‐9月期の気温が1℃下がる毎にその年の農業生産額は2.0%×4.7兆円=▲931億円減少することになる。

●今後の消費動向を見通す上では、夏物商品消費の不振に加えて、農作物の不作を通じた影響が秋口以降にボディーブローのように効いてくることには注意が必要。

日照不足が株価に及ぼす影響

 今夏は7月の猛暑から一転、8月は日照不足により、夏物商材の販売が不振となっている。農作物の生育にも遅れが出ており、今後も日照不足が続けば、景気への影響も拡大すると懸念する声も出ている。

 2000年代以降で最も夏の平均気温が低くなったのは2003年であり、この年7-9月期の家計調査(総務省)における実質消費支出は前年比で▲1.4%の落ち込みを示した。更に梅雨明け自体がはっきりしなかった1993年は39年ぶりの冷夏となり、夏物商材の売れ行きが落ち込んだ。また、大雨や日照不足もあり、稲作を中心に農作物に被害が出たことで、翌年にかけてコメ不足に陥った。

 実際、93年の景気回復初期局面においては、年前半の経済指標が改善したこと等を根拠に、株価は3月以降堅調に推移していたが、円高や冷夏に伴う経済指標の悪化が確認されはじめたこと等も影響し、6~7月と9月以降の株価が軟調に推移したという経緯がある。このように、冷夏が株式市場に及ぼす影響にも十分注意が必要だろう。

 そこで本稿では、過去の夏場の経済データと気象データとの関係から、個人消費を通じて日本経済に及ぼす影響を試算する。

日照不足が及ぼす広範囲な影響
(画像=第一生命経済研究所)

夏物商品、レジャー、農作物に打撃

 夏の低温や日照の少なさといった天候不順は、主に以下の3経路を通じて個人消費の下押し要因として働く。

 第一に、季節性の高い商品の売れ行きが落ち込み、いわゆる夏物商戦に悪影響を与える。具体的には、夏場に需要が盛り上がるビールやエアコン、夏物衣料などの売れ行きが鈍る。梅雨明けの遅れが最も深刻だった93年を例にとれば、大手5社のビール出荷量は、7月が前年同月比▲5.1%、8月が同▲5.7%と2ヶ月連続で減少している。また、エアコンの国内出荷台数も、7月が前年同月比▲16.8%、8月は同▲92.7%と大幅な減少となっている。更には、衣料品の販売額も7月が前年同月比▲7.9%、8月が同▲2.4%と落ち込んだ。

 第二に、海水浴を始めとする行楽客の人出が減少する。このため、レジャー関連産業は打撃を受けることとなろう。実際、93年を例にとれば、93年夏の大手旅行8社の国内旅行取扱高は、7月が前年同月比▲6.0%、8月が同▲4.6%とマイナスになった。

 第三に、農作物の生育を阻害し、冷害をもたらすことが想定される。農作物が不作となれば、農家世帯の所得減を通じて、個人消費にもマイナスの影響を及ぼす。実際、93年は天候不順の影響により農作物に甚大な被害が発生し、米の作況指数は全国平均で74と戦後最低を記録した。この結果、93年度の農業所得は前年度比▲9.7%と大きく減少し、93年の農業の実質国内総生産は前年比▲11.5%と2桁減を記録している。

日照時間一割減で個人消費▲0.4%減

  では、過去の日照時間の変化が家計消費全体にどのような影響を及ぼしたのだろうか。そこで、国民経済計算を用いて7-9月期の実質家計消費の前年比と東京・大阪平均の日照時間の前年差の関係を見ると、両者の関係は驚くほど連動性があり、7-9月期は日照時間が低下したときに実質家計消費が減少するケースが多いことがわかる。従って、単純な家計消費と日照時間の関係だけを見れば、日照不足は家計消費全体にとっては押し下げ要因として作用することが示唆される。

 ただ、家計消費は所得や過去の消費などの要因にも大きく左右される。そこで、国民経済計算のデータを用いて気象要因も含んだ7-9月期の家計消費関数を推計すると、7-9月期の日照時間が同時期の実質家計消費に統計的に有意な影響を及ぼす関係が認められる。そして、過去の関係からすれば、7-9月期の日照時間が▲10%減少すると、同時期の家計消費支出が▲0.4%程度押し下げられる計算になる。

日照不足が及ぼす広範囲な影響
(画像=第一生命経済研究所)
日照不足が及ぼす広範囲な影響
(画像=第一生命経済研究所)

北朝鮮情勢も重なった悪影響には要注意

  そこで、今夏の天候が景気に及ぼす影響を試算すれば、7月は東京・大阪平均の日照時間が平年より16.5%多かったことから、同時期の家計消費を+0.6%(+1,236億円)押し上げた計算になる。しかし、すでに8月前半の東日本の日照時間が平年より6割程度少なかったことからすれば、仮に8月後半に平年並みに戻ったとしても、8月の家計消費は▲0.6%(▲1,122億円)程度押し下げられ、7月のプラスをほぼ相殺すると試算される。

 更に心配されるのが消費者心理の悪化だ。というのも、足元の状況は2003年に酷似している。当時の消費者態度指数を見ると、不良債権問題に伴う株安にイラク戦争の影響が重なり、全国の消費者心理が低下した。また93年には、景気動向指数の一致DIが改善したことを根拠に政府が6月に景気底入れを宣言したが、円高やエルニーニョ現象が引き起こした長雨・冷夏等の悪影響により、景気底入れ宣言を取り下げざるを得なくなったという経緯がある。

 直近4-6月期には、北朝鮮情勢や生活品の値上げ等により消費者心理は既に悪化している。ここに今回は、北朝鮮情勢に伴う円高・株安に加え、猛暑から一転して日照不足が重なった。こうしたことを考えれば、今年7-9月期の経済成長率は消費者心理の更なる悪化によって下押しされる可能性は無視できない。景気の先行きをめぐっては個人消費の動向も不透明要因として浮上しており、北朝鮮情勢やマーケットの動向と合わせて慎重に見極める必要がある。

日照不足が及ぼす広範囲な影響
(画像=第一生命経済研究所)

農作物を通じた影響にも要注意

 また、冷夏による日照不足は、農作物の生育を阻害して冷害ももたらす。実際、93年は冷夏の影響により農作物に甚大な被害が発生し、とりわけ米の作況指数は全国平均で74(平年作=100)と戦後最低を記録した。この結果、93年度の農業所得は前年度比▲9.7%と大きく減少し、93年の農業の実質国内総生産は前年比▲11.0%と2桁減を記録している。

 このように、冷夏は農業生産の減少を通じても実質GDPのマイナス要因となる。そこで、7-9月期の気温の前年差とその年の名目農業生産額の前年比の関係から、夏場の気温が農業生産に及ぼす影響を試算してみた。これによれば、農業生産額と気温の間には、7-9月期の気温が1℃下がる毎にその年の農業生産額が▲2.0%減少するという関係が見られる。農業生産額が直近の2015年で4.7兆円であることを用いれば、7‐9月期の気温が1℃下がる毎にその年の農業生産額は▲2.0%×4.7兆円=▲931億円減少することになる。

 需要面から見ると、 日照不足による不作で野菜や果物の卸売価格が高騰することで、景気に悪影響を及ぼしかねない。特に、生活必需的な食品価格の高騰は苦しい家計を更に圧迫する要因となる。更に食品価格の高騰は、食料品や外食産業、食品を販売する小売業などの投入価格の上昇を通じて企業収益を圧迫する要因にもなる。 今後の冷夏の影響を見通す上では、夏物商品消費の不振に加えて、農作物の不作を通じた影響が秋口以降にボディーブローのように効いてくることには注意が必要であろう。

 このように、今後の気象次第では、年度前半まで好調で推移してきた日本経済に思わぬダメージが及ぶ可能性も否定できないといえよう。なお、夏場の日照時間は翌春の花粉の飛散量を通じても経済に影響を及ぼす。前年夏の日照時間が減少して花粉の飛散量が減れば、花粉症患者を中心に外出がしやすくなることからすれば、今夏の日照不足は逆に来春の個人消費を押し上げる可能性があることについても補足しておきたい。(提供:第一生命経済研究所

日照不足が及ぼす広範囲な影響
(画像=第一生命経済研究所)

第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣