はじめに

ガバナンス評価
(画像=PIXTA)

2018年9月、世界ガバナンス指標(Worldwide Governance Indicators)が更新された。この指標は、世界銀行が各国のガバナンスを政治・経済・制度の面から見るために開発した統合指標で、企業や政府機関ではカントリーリスクを評価する際の参考値として使用されている。ガバナンスについては、その意味する範囲が広く多様な見方があるため、1つの指標で全ての概念を捉えることは出来ない。しかし、定期的に更新される指標は、国のガバナンスについて重要な示唆を与えてくれる。

本稿では、CSR(1)やSDGs(2)など世界的にガバナンス意識が高まる中、世界銀行が日本のガバナンスをどのように評価しているのか、その分析を試みる。

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(1)CSRとは「Corporate Social Responsibility」の略で「企業の社会的責任」と訳される。企業が自らの利益だけでなく、あらゆる利害関係者の要請に対して適切な意思決定を行うことを意味する。
(2)SDGsとは「Sustainable Development Goals」の略で「持続可能な開発目標」と訳される。2015年の国連サミットで採択された、2030年までに持続可能な社会を実現するために定められた17の目標である。

日本のガバナンス評価

●世界ガバナンス指標とは

世界ガバナンス指標は、世界各地の市民や専門家、現地企業に対して行われた多様なガバナンス調査を集計し、各国を6つのガバナンス側面に統合して評価したものである。統合されたガバナンス側面は、図表1に示す「国民の発言力と説明責任(Voice and Accountability)」「政治的安定と暴力の不在(Political Stability and Absence of Violence)」「政府の有効性(Government Effectiveness)」「規制の質(Regulatory Quality)」「法の支配(Rule of Law)」「汚職の抑制(Control of Corruption)」である。各調査の質問項目は、該当するガバナンス側面に割り振られたあと、統計的な処理が加えられ、最終的に百分率順位に整理される。この百分率順位は、対象国のガバナンスが国際的優れている割合を示したものであり、100%に近いほど良好であることを示している。

ガバナンス評価
(画像=ニッセイ基礎研究所)

●国際社会の中の日本

世界銀行では、ガバナンスを「その国の権威・権力が行使される一連の慣習と制度」と定義して評価している。2017年時点の日本のガバナンスを百分率順位で見ると、「国民の発言力と説明責任」は80.3%と前年比+3.0ptの改善、「政治的安定と暴力の不在」は89.1%と同+6.7ptの改善、「政府の有効性」は93.3%と同▲2.4ptの悪化、「規制の質」は89.9%と同▲0.5ptの悪化、「法の支配」は89.4%と同+0.5ptの改善、「汚職の抑制」は90.4%と同▲0.5ptの悪化であった。

この評価の国際的な位置づけを確認するため、同じG7諸国で比較したものが図表2である。図表を見ると、日本は「政治的安定と暴力の不在」で常に上位に位置付けられ、「国民の発言力と説明責任」では評価が低くなっている。その要因を評価事項から探ってみると、「政治的安定と暴力の不在」ではテロや民族紛争の少なさといった項目で評価が高く、「国民の発言力と説明責任」では報道の自由や選挙の公正、政策の透明性といった項目で評価が低くなっていた。これは、国内の治安がG7諸国の中でも特に安定していることを示す一方、国民の知る権利や政治参加といった部分では、改善余地が大きいことを示唆している。なお、「国民の発言力と説明責任」に対する評価は、今回若干の改善が見られた。これは、選挙の公正や政策の透明性における評価が、一部で改善していることを反映しているようである。2017年は、衆議院議員選挙が10月に実施されている。その投票率は53.7%(3)と前回比+1.0pt改善しており、この改善が評価の押し上げに貢献した可能性がある。「政府の有効性」「規制の質」に関する日本の評価は、G7諸国の中で中位にあるものの、統計開始から現在に至るまで持続的に改善傾向にあることが確認される。「政府の有効性」では、初等教育や電気・水道などの公共基幹インフラで評価が高く、経済成長を後押しする流通基盤の整備や官僚制度の成熟など、政策決定や執行における効率が改善してきたことが影響しているようである。また、「規制の質」については、不公平な商慣習や税制などの項目で改善が進んでおり、自由貿易の進展が評価を押し上げてきたものと推察される。なお、「法の支配」「汚職の抑制」については、イタリアを除くG7諸国の評価がほぼ同じ水準にある。両者は法治国家の基盤であり、一定のルールに従った国家運営が行われていることを示している。

ガバナンス評価
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(3)総務省「国政選挙における投票率の推移」参照。

ガバナンス向上が意味するもの

国のガバナンスと経済・社会との関係については、これまでにも多くの先行研究が行われてきた。国際通貨基金(IMF)の「World Economic Outlook(April 2003)」によれば、国のガバナンスと1人あたり実質GDPは高い相関を有しており、その平均成長率や成長率のボラティリティ(標準偏差)とも密接な関係にあることが示唆されている。これは、良好なガバナンスが経済の不確実性を低減し、経済発展を促すインセンティブ構造の形成を促すためである。同様の特性は、今回更新された世界ガバナンス指標からも読み取ることができる。上述の「総ガバナンス」を用いて「1人あたり実質GDP」と「世界幸福度(4)」との関係を整理したものが図表3・4である。図表を見ると、どちらも総ガバナンスとは正の相関を有していることが分かる。この関係は、あくまでも相関であって因果関係を説明するものではないが、ガバナンスの改善が間接的に国民の所得や幸福を高めることを示唆するものである。

ガバナンス評価
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(4)世界幸福度は、国連の持続可能な開発ソリューションネットワークが156ヵ国を対象に幸福度をランク付けしたもので、各国の幸福度は、世論調査で個人が回答した「0」から「10」の数値を平均したものである。

まとめ

世界ガバナンス指標から見ると、日本のガバナンスは「国民の発言力と説明責任」という国民の知る権利や政治参加に関する部分で改善余地が残されていた。これまでの議論から、ガバナンスの改善は間接的に国民の所得や幸福を高めることが示唆されている。私たちは日本のガバナンス上の課題をこれ以上放置しておくべきではない。

日本のガバナンスを改善するには、報道の自由、選挙の公正、政策の透明性に対して、特に集中して対処することが望まれる。具体的には、税制や補助金配分などで歪みをもたらす一票の格差是正や、若年層の政治参加を促し、投票率の改善につながることが期待されるネット投票の実現など、国民の意思をすくい上げる取組みが必要である。また、行政の電子化や公的統計の充実を進め、情報公開の質を高めていくことで、行政の見える化を推進していくことも重要だろう。より良い社会の実現には、国民の理解と支持が必要であり、それを得るためには、政治的なコミュニケーションが欠かせない。今回の分析では、国のガバナンスの一側面を眺めたに過ぎないが、例え一側面に過ぎないとしても、国民の所得や幸福につながる可能性がある課題に取り組むことは意義あることではないだろうか。

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鈴木智也(すずき ともや)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 研究員・経済研究部兼任

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