要旨

デジタル社会
(画像=PIXTA)
  • 「Society5.0」が成長戦略の柱に据えられ、デジタル・ガバメント、スマホ(QRコード)によるキャッシュレス等、日常生活の身近なところでもデジタル化が進められようとしている。少子高齢化や人手不足等の課題を解決する上で、デジタル化は積極的に推し進めていく必要がある。

  • 60歳以上の層のインターネット活用状況は、この10年の間で大きく進展した。しかし、インターネット利用やモバイル機器保有のない高齢者もまだ多いことから、急速なデジタル化を進める際には、一定の留意が必要であろう。

  • デジタル・デバイドに関する不安や懸念が、Society5.0を進める上でのボトルネックにならないよう、デジタル化を進めて「インクルーシブな社会」を目指すという政府のビジョンを、もっと広く国民に周知・共有化し、理解を得ていく必要があろう。デジタル化は格差をもたらすものではなく、むしろ多くの人に恩恵があるものだという共通認識の醸成が必要だ。

  • また、高齢者等のIT活用支援策や、誰もが簡単にインターネットやデジタル機器を使えるようなイノベーションの推進策が一層充実していくことにも期待したい。

デジタル化を進める日本、身近なところでもデジタル化は進む

世界的にデジタル化の流れが加速している。米中の巨大ITプラットフォーマーがインターネットを通じて、消費者にあらゆる便利なサービスを提供している。また、製造の現場でも、あらゆるデータがセンサーを通じて集められ、人工知能(AI)等の最新技術が活用されようとしている。

こうした世界的な潮流に対応すべく、日本政府も、AIやIoT、ビッグデータ等の先端技術を活用した、経済発展と社会課題解決を両立する社会のモデル「Society5.0」を成長戦略の柱に据え、多くのデジタル化施策を打ち出している。

例えば、「デジタル・ガバメント」の実現に向けた取り組みが進められている。行政手続きのオンライン化、デジタル化を目指すもので、これまで、「IT新戦略の策定に向けた基本方針(1)」や、「デジタル・ガバメント実行計画(2)」といった方針や計画が策定・決定されてきた。そして、今年の成長戦略「未来投資戦略2018(3)」では、次世代モビリティ・システムの構築(自動運転等)等と肩を並べ、重点分野の1つに掲げられるに至っている。

現状では、インターネット申請を実施していない行政手続や、紙の添付書類を求める手続が多い(図表1)。そこで、「デジタルファースト」、「ワンスオンリー」、「コネクテッド・ワンストップ」の3原則(図表2)に基づき、各種見直しが進められている状況だ。オンライン化の徹底、添付書類の撤廃等を盛り込んだ「デジタルファースト法案」の国会審議入りも見込まれている。

デジタル社会
(画像=ニッセイ基礎研究所)

仕事や日常生活の場面で、複数の添付書類を揃えるために役所の窓口をいくつか回ったり、窓口が混雑していたりという不便な思いをした経験は、誰しもが持っているだろう。そうしたユーザー(国民、企業等)目線での利便性向上はもちろん、行政側の働き方改革・人手不足解消や、業務効率化等による行政コスト削減にも繋がる施策である。

成長戦略において政府は、「2020年までに、世界銀行のビジネス環境ランキングにおいて、日本が先進国3位以内に入る」とのKPI(目標値)を掲げたものの、現状では先進国で24位にとどまっている(4)。法人設立等の行政手続の煩雑さがマイナス材料となっているのが現状だ。企業が活動しやすい環境の実現、海外の起業家やベンチャー企業が日本に集まってくる環境づくり等、グローバルな競争に打ち勝つための産業振興、イノベーション推進の観点でも、デジタル・ガバメントの実現に向けて取り組んでいく意義がある。

一例として、デジタル・ガバメントを挙げたが、その他にも、服薬指導等のオンライン医療、現金を必要としないスマホ(QRコード)によるキャッシュレス等、仕事や日常生活といった身近なところでも、先端技術を活用したデジタル化やIT化が、成長戦略のもとで進められようとしている。

--------------------------------
(1)2017年12月、IT本部・官民データ活用推進戦略会議 決定 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20171222/siryou.pdf
(2)2018年1月、eガバメント閣僚会議 決定
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/egov_actionplan.pdf
(3)2018年6月、閣議決定 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/miraitousi2018_zentai.pdf
(4)詳しくは、日本経済再生総合事務局「世界銀行Doing Business 2018による日本の評価」も参照されたい。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/suishinkaigo2018/kisei/dai2/siryou1.pdf

高齢層のインターネット利用状況

少子高齢化や人手不足等、日本が抱える社会課題を解決する上で、先端技術の利活用や、デジタル化は積極的に推し進めていく必要があろう。しかしながら、急速な変化を前にして、インターネットやデジタル機器になじみの薄い年齢の高い層が、デジタル化の流れに取り残されてしまうのではないか、という懸念の声も当然あるだろう。

年代別インターネット活用状況を見てみると、60歳以上の層のインターネット活用状況(図表3)は、この10年の間で大きな進展を見た。中でも60歳代、70歳代の利用率は約20ポイント程度の改善となっている。平成30年度版情報通信白書では、その理由について、新規利用の増加というより、インターネット利用者の加齢の結果と指摘している。50歳代では利用率は9割を超えていることから、将来的にも利用率は改善していくことが予想される。一方で、現時点で70歳代の約半数、80歳以上の約8割がインターネットを利活用出来ていないことも事実として存在している。また、モバイル機器の保有状況(図表4)については、60歳台でもスマートフォン保有比率は約半分、70歳代、80歳以上は更に低くなり、インターネットを利活用していたとしても、パソコンや携帯電話(フィーチャーフォン)によるアクセスが多い状況だ。

デジタル社会
(画像=ニッセイ基礎研究所)

利用した機能・サービス(図表5)についても見てみたい。インターネットを利用している60歳以上の層については、電子メールの送受信や地図・交通情報の提供サービス等の利用はそれなりに進んでいるが、20~50歳代と比較すると、商品・サービスの購入・取引や、無料通話アプリ等の利活用はそこまで進んでおらず、用途は限られているようだ。

デジタル社会
(画像=ニッセイ基礎研究所)

60歳以上のインターネットの利活用や接点が増えたことは間違いないし、将来的にはその利用率は向上していくと見込まれている。しかしながら、現時点では若い世代と同じ水準で、機能・サービスを使えている人が多いわけではない。また、とりわけ70歳以上ではインターネット利用やモバイル機器保有がまだまだ浸透していないのが現状であり、インターネットの利用やモバイル機器の保有を前提とした急速なデジタル化を進める際には、一定の留意が必要であろう。

デジタル・デバイドをボトルネックにしない、インクルーシブなデジタル社会へ

政府の旗振りもあって、生活の身近なところでもデジタル化が進もうとする中、いわゆる「デジタル・デバイド(インターネット等情報通信技術を利用出きる者と出来ない者との間に生じる格差)」の問題を、改めて考える必要がある。Society5.0が目指す「超スマート社会」は、「必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会の様々なニーズにきめ細かに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といった様々な違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会(5)」である。その実現には、高齢者のインターネット利活用等も含めて、あらゆる人が超スマート社会に「包摂(インクルーシブ)」されるような視点が必要であり、デジタル化の恩恵をより多くの人が受けられるようにする取り組みが求められる。

政府もインクルーシブな社会の実現に向けて、動き始めている。総務省の「IoT新時代の未来づくり検討委員会」(6)で策定された「未来をつかむTECH戦略」(図表6)では、2030年代に実現したい未来の姿の1つとして、「インクルーシブ(包摂)な社会」を掲げ、その実現に向けた政策をパッケージ化した「スマートインクルージョン構想」を打ち出した。総務省の平成31年度概算要求では、このスマートインクルージョン構想の推進に関して、19.4億円の要求が盛り込まれた。

デジタル社会
(画像=ニッセイ基礎研究所)

デジタル・デバイドに配慮は必要だ。しかし、それを理由にデジタル化そのものを進めないわけにはいかない。高齢化や深刻な人手不足という社会課題に直面している中、その解決策となり得るデジタル化の推進は待ったなしの状況にある。

現時点では、デジタル・デバイドの懸念が声高に叫ばれ、社会問題化しているわけではない。しかし、デジタル化の施策が具体化し進んでいく中で、「デジタル化の恩恵が受けられないのではないか、取り残されるのではないか」という不安の声が増えてくることもあるだろう。こうしたデジタル・デバイドに関する不安や懸念が、Society5.0を進める上でのボトルネックになる恐れもある。そうならないためにも、デジタル化を進めて「インクルーシブな社会」を目指すという政府のビジョンを、もっと広く国民に周知・共有化し、理解を得ていく必要があろう。デジタル化は格差をもたらすものではなく、むしろ多くの人に恩恵があるものだという共通認識があってこそ、スピード感をもってデジタル化を進めることができるのではないだろうか。また、高齢者等のIT活用支援・教育を一層充実させていくことも重要だが、誰もが簡単にインターネットにアクセスでき、デジタル機器を使えるようなイノベーションを積極的に支援していく必要もある。キーボードやマウスで操作するパソコンから、タッチパネル操作のスマートフォン、ついには声で操作するスマートスピーカーまで、インターネットへのアクセスやデジタル機器操作のハードルは下がりつづけている。こうしたヒトとデジタルの接点であるユーザーインターフェース技術のイノベーションは、高齢者等も含めたより多くの人にデジタル化の恩恵をもたらし得ると考えられる。Society5.0の実現を果たすためには、こうした領域に挑戦する研究開発やベンチャー企業の支援強化も必要だ。

誰一人取り残さない社会を目指すSDGsの推進や、多様な人々が日本に訪れる東京オリンピック・パラリンピック開催に向けても、インクルーシブという視点が求められよう。高齢化、訪日外国人増加、外国人労働者受入拡大等が進む中、インクルーシブな視点でのイノベーションは、大きなビジネスチャンスになるのではないだろうか。日本発のイノベーションで、より良いデジタル社会が実現することに期待したい。

--------------------------------
(5)「第5期科学技術基本計画」(2016年1月22日閣議決定)よりhttp://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/5honbun.pdf
(6)情報通信審議会 情報通信政策部会 IoT新時代の未来づくり検討委員会

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

中村洋介(なかむら ようすけ)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 主任研究員・経済研究部兼任

【関連記事 ニッセイ基礎研究所より】
SDGsとSociety5.0
米中デジタル戦争と日本のSociety5.0
中小企業の「生産性革命」~IT導入・利活用は進むのか~
キャッシュレス先進国にみる金融インフラの効率化
海外のデータ活用事例について~英国 midata(マイデータ)~