要旨

●今回の骨太方針で大きく打ち出されているのは、人材投資、教育だ。幼児教育・保育の無償化財源について年内に結論を得る方針が明示されており、今後議論が本格化していくことになる。

●有力視されている財源確保策が、自民党の小委員会から提言がなされた「こども保険」の導入だ。厚生年金保険料の上乗せで財源を確保、児童手当の拡充などの子育て政策を行うものだ。論点は数多いが、筆者が指摘したいのは社会保険料の逆進性の問題である。消費税もまた逆進性の存在が度々問題とされるが、社会保険料にも類似の問題がある。

●国内の子育て関連制度の多くには、所得制限など高所得者への政府サービスを制限する仕組みがある。徴収体系が逆進的でも、所得制限を設ければ給付と負担のバランスは保たれるという整理はあるかもしれない。しかし、本来の政策目的を追求するのであれば、むしろその「逆」、徴収時には高所得者に多くの負担を求め、給付は所得に関わらず一律、とした方がベターだろう。子どもを持つことに対するインセンティブが、より多くの世帯に及ぶからだ。

●新制度が若年世代の経済不安緩和に繋がれば、少子化改善効果が期待されよう。財政健全化の必要と金融政策の限界に直面する中で、成長促進に繋がる「効率的な財政政策」は先進各国の課題となっている。今後進んでいく幼児教育無償化の議論においても、政策効果を最大化するための制度設計の構築が求められている。

幼児教育の無償化財源、年内に結論へ

 9日、「経済財政運営と改革の基本方針2017」(骨太方針)が閣議決定された。5日付レポートiでは、この方針に記載された財政再建目標の修正について述べたが、本稿では今回前面に打ち出された「人材投資・教育」政策について整理していきたい。①幼児教育、保育の無償化や高等教育の家計負担軽減、②大学をはじめとした教育の質的向上、③リカレント教育(社会人になってからの学び直し)の充実が主な柱だ。特に、家計の教育費負担軽減に重点が置かれており、幼児教育・保育の早期無償化、高等教育についても授業料の減免などを、財源を確保しながら進めていく方針が記された。

 幼児教育・保育に関しては「無償化」に向けた財源確保の手段に関して、「年内に結論」を得るとも明示されており、今後議論が高まることになる。方針内には「財政の効率化」「税」「新たな社会保険方式」の3つが財源確保の手段として列挙されている。高等教育に関しては、「授業料の減免」や給付型奨学金の活用といった方向性は示されたが、「早急に検討を進める」と結論までの時期が示されていないなど、幼児教育・保育に比べて具体的な記述は限られている。さしあたって、幼児教育・保育の無償化に向けた議論が本格化していくこととなろう。

資料1.骨太方針の人材投資に関する記述

(2)人材投資・教育
① 人材投資の抜本強化
 世代を超えた貧困の連鎖を断ち切り、子供たちの誰もが、家庭の経済事情にかかわらず、未来に希望を持ち、それぞれの夢に向かって頑張ることができる社会を創る。また、誰もが生きがいを持ってその能力を存分に発揮できる一億総活躍社会を実現する。その際、教育が果たすべき役割は極めて大きい。小中学校9年間の義務教育制度、無償化は、まさに、戦後の発展の大きな原動力となった。70 年の時を経て、社会も経済も大きく変化した現在、多様な教育について、全ての国民に真に開かれたものとしなければならない。その第一歩として、幼児教育・保育の早期無償化や待機児童の解消に向け、財政の効率化、税、新たな社会保険方式の活用を含め、安定的な財源確保の進め方を検討し、年内に結論を得、高等教育を含め、社会全体で人材投資を抜本強化するための改革の在り方についても早急に検討を進める。

② 教育の質の向上等
 世界トップレベルの学力達成と基礎学力の向上に向け、新学習指導要領の円滑な実施のための体制を整備するとともに、障害、いじめ・不登校、日本語能力の不足など様々な制約を克服し、子供が社会において自立できる力を育成する。教員の厳しい勤務実態を踏まえ、適正な勤務時間管理の実施や業務の効率化・精選を進めるとともに、学校の指導・事務体制の効果的な強化・充実や勤務状況を踏まえた処遇の見直しの検討を通じ、長時間勤務の状況を早急に是正することとし、年末までに緊急対策を取りまとめる。また、チーム学校の運営体制の構築、学校と地域の連携・協働、情報活用能力の育成を含む教育の情報化、幼児教育の振興、安全・安心な学校施設整備を推進する。在外教育施設における教育環境機能の強化を図る。さらに、障害者の生涯を通じた学習活動の充実を図る。教育へのアクセス向上のため、幼児教育について財源を確保しながら段階的無償化を進めるとともに、高等教育について、進学を確実に後押しする観点から、新たに導入した給付型奨学金制度及び所得連動返還型奨学金制度の円滑かつ着実な実施、無利子奨学金や授業料減免等、必要な負担軽減策を財源を確保しながら進める。また、大学教育の質の向上を図るため、教育課程等の見直し、教育成果に基づく私学助成の配分見直し、大学教育の質や成果の「見える化」・情報公開、成績評価等の厳格化等を推進し、知の基盤強化を図る。また、外部人材の登用の促進、ガバナンス改革など経営力強化のための取組を進める。少子化や経済社会の変化等を踏まえ、大学の組織再編等を促進するため、設置者の枠を超えた大学の連携・統合を可能とする枠組みや、経営困難な大学の円滑な撤退や事業承継が可能となる枠組みの整備に向けた検討を進める。卓越大学院プログラム(仮称)の具体化や高等専門学校教育の高度化による教育研究拠点の強化や卓越研究員制度等による人材の育成・確保等を進める。また、海外留学支援や外国人留学生・研究者の受入れの促進を通じた大学の国際化を進める。あわせて、人材投資を効果的に行うために必要な教育基盤の確立に向けて、教育再生実行会議の提言も踏まえつつ、新たな教育振興基本計画を年度内に策定し、総合的な取組を推進する。

③ リカレント教育等の充実
 雇用吸収力や労働生産性の高い職業への転職・再就職を支援することは、国全体の労働参加率や生産性の向上につながる。また、企業を取り巻く経済社会環境の変化は加速し、企業内だけで人材育成を行うことは、技術的にも資金的にも難しい状況になっている。このため、都道府県、大学、高等学校、公設試験研究機関、地元産業界等の参加等により地域人材育成を図る仕組みを構築する。さらに、離職した女性の復職・再就職や社会人の学び直しなどを支援するため、受講しやすい講座の充実・多様化や教育訓練給付の対象の拡大等により、リカレント教育の充実を図る。また、実践的な職業教育を行う専門職大学の創設、サービス産業の生産性向上を担う経営人材を育成するため、大学等における食分野、観光分野等20の実践的な専門教育プログラムの開発を促進するほか、キャリア教育の推進、高等学校における学校運営協議会制度(コミュニティ・スクール)の活用促進等を図る。

(出所)内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2017」

有力視される「こども保険」

 幼児教育・保育の無償化財源として有力視されるのが、自民党の「2020年以降の経済財政構想小委員会」が今年3月に提言を公表した「こども保険」である。大まかなフレームワークは資料2の通りで、社会保険料率(厚生年金保険料率が想定されている)に一定率を上乗せすることで財源を確保し、それを児童手当の追加や保育サービスに充てるものだ。保険料は当面0.2%(事業主:0.1%、勤労者:0.1%)で運営し、最終的には1%(0.5%、0.5%)まで引き上げる方向性が示されている。これにより、財源規模を約1.7兆円まで拡大させ、幼児教育・保育の実質無償化を行うとしている。

 なお、現在でも「子ども・子育て拠出金」として、事業者は雇用者の賃金(標準報酬)の0.23%(2017年4月以降)を厚生年金保険料に上乗せする形で負担、これが児童手当や保育サービスに充てられている。提案されている「こども保険」の枠組みは、この負担対象を従業員にも広げ、料率を引き上げることで財源を確保し、給付を強化するものという整理になる。

幼児教育無償化議論が本格化へ
(画像=第一生命経済研究所)

 論点は多く、報道などでも財源確保の手法に関して様々な議論が交わされており、消費税財源や新しく教育国債を創設するといった案も浮上している。「こども保険」については、「ペイアズユーゴーに則っており財政健全化目標との整合性が取れている」、「全額が子育て予算に使われるので給付と負担の関係が明確になる」、といったプラス面が指摘される。一方で、「賃金が課税ベースであるために高齢者負担が限定的で現役世代に負担が偏重する」、「社会保険料の引き上げは企業にとって賃上げを躊躇う要因になる」などのマイナス面が指摘される。また、実質的には子育て世帯への所得再分配であり、「保険」ではなく、税財源で賄うのが妥当、といった指摘もなされている。

幼児教育無償化議論が本格化へ
(画像=第一生命経済研究所)

社会保険料でも消費税でも逆進的という問題

 筆者が指摘したいのは、社会保険料は高所得者ほど負担率の低くなる逆進性を有している、という問題だ。健康・厚生年金保険料を計算する際の所得額は、所得額に応じて一定の等級数が定められた「標準報酬」が用いられ、これに社会保険料率を乗じて社会保険料が計算される。一定以上の所得者は一律で最高等級の標準報酬が適用される。つまり、所得が一定額を上回ると社会保険料は定額になる。同様に、一定以下所得者も最低等級の標準報酬が適用される。所得が増えても(減っても)負担は定額なので、年収に対する負担率は逆進性が生じることになる。

 資料4は、厚生年金保険料と健康・介護保険料の年収に対する負担率を年収階級ごとにプロットしたものだ。厚生年金や健康介護保険料は基本的に定率負担であるが、年収が一定額を超えると負担率が低下していくことがわかる。厚生年金の標準報酬の等級数は健康・介護保険よりも少ない(最高等級の標準報酬額が低い)ため、グラフが右肩下がりになる年収レベルは低くなる。同資料には、消費税の年収別負担率もプロットした。所得が増加しても、それに応じて増える消費は所得増分よりも小さいことから、消費税にも逆進性がある。逆進性の生じる所得階級は異なってくるが、いずれも右肩下がりのグラフとなっており、社会保険料にせよ、消費税にせよ逆進性を有していることが確認できる。

幼児教育無償化議論が本格化へ
(画像=第一生命経済研究所)

「出」の部分での所得制限より「入」の部分での累進性強化を

 一方で、子育て・教育施策の多くには、所得制限など高所得者への給付を絞る枠組みが設けられている。例えば、児童手当は所得が一定額を超えた場合に、給付額が減額される(給付額の少ない特例給付の対象となる)ほか、多くの自治体では認可保育園の保育料を高所得者ほど多く負担する設計としている。こうした意味では、徴収の段階では逆進性があっても、給付の段階では高所得者への政府サービスを絞るのであれば帳尻は合う、という整理も出来るかもしれない。実際に、こども保険の議論でも所得制限の有無は議題に上っているようだ。

 しかし、政策効果を高める観点からはこれは「逆」の方が望ましいだろう。つまり、高所得者により多くの負担を求めるのは徴収段階とし、給付の段階では所得に関わらず一律給付にしたほうが良いということだ。その方が子どもを持つことに対するインセンティブがより多くの世帯に及ぶことになり、政策目的である少子化改善の効果が期待できるからである。徴収段階で高所得者負担を求めるか、給付段階で高所得者給付を削るかでは、得られる少子化改善効果は異なってくるだろう。

幼児教育無償化議論が本格化へ
(画像=第一生命経済研究所)

「効率的な財政政策」の追求を

 「こども保険」構想の制度設計における課題は数多い一方、国立社会保障人口問題研究所の調査によれば、理想のこども数を持たない理由として経済不安を挙げる割合が特に若年層において高い。新制度が若年世帯の経済不安の解消に繋がれば、少子化改善の効果も顕れよう。

 日本の財政が抱えている問題は、①「財政赤字の累増によって、財政健全化の必要が高まっていること」、②「高齢者向け給付や国債費増大の中で歳出構造の硬直化が進んでおり、将来の成長に資する事業への歳出増が難しくなっていること」の2つにあると、筆者は整理している。①と②を両立していくためには、より省財源で大きな効果を得られる政策を追求することが不可欠だ。

幼児教育無償化議論が本格化へ
(画像=第一生命経済研究所)

これは、日本に限った課題ではない。先進各国が金融政策頼みのマクロ経済運営に行き詰まる中、財政健全化と成長促進という2つの政策目標を達成するために「効率的な財政政策」を策定することを求められている。IMFが半年おきに公表する最新の「財政モニター」の副題もまた、「Achieving More with Less」(筆者訳:より少ないコストでより多くの成果を)だ。

 アベノミクス後の財政出動は、主に補正予算による単発事業だった。前年の延長線上で決まっていく継続的歳出(当初予算)の使われ方を改革する気運には乏しかったように思える。毎年の国や地方歳出が何に使われるかで、将来の日本経済の姿は大きく変わってくるだろう。少なくとも、高齢者給付ばかりが膨張していく現行財政が、将来の潜在成長率を高めていくための「効率的な財政政策」だとは考えにくい。「こども保険」をはじめとする教育無償化の構想は、そうした歳出構造の硬直化問題に対して一石を投じた。その流れが醸成されている点については、前向きに評価されるべきであろう。

 今後、幼児教育無償化に向けた制度設計が議論されていく。児童手当の給付引き上げによる現金給付が良いのか、現物給付が良いのか、低高所得者の負担設計をどのようにするのか、使い勝手の良く、わかりやすい制度にするためにはどうすべきなのか、他の子育て関連政策とどう組み合わせていくのが良いのか。重要なのは、同じ歳出額であってもその政策効果の最大化を追求することだ。その重要性は、財源が社会保険であろうと税であろうと国債であろうと他の歳出削減であろうと変わらない。(提供:第一生命経済研究所

i Economic Trends「債務残高GDP比目標、格上げへ~骨太方針から今後の財政政策を考える~」(2017年6月5日発行)

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 副主任エコノミスト 星野 卓也