要旨

●失業率が2.8%と94年以来の低水準、有効求人倍率もバブル期以来の高水準となる中、人手不足を背景にパートからの正規登用が進み、パート比率の上昇にも歯止めがかかった。4月の毎月勤労統計では、相対的に給与水準の低いパート労働者の比率が低下することが、平均賃金の押し上げに寄与した。これは05年以来のことだ。にもかかわらず、賃金の伸びは加速しなかった。パート比率低下が賃金に与える影響を改めて考えてみたい。

●パート労働者は足元で時給の伸び以上に労働時間を短縮している。労働時間短縮ペースが昨年来加速したことが背景にある。パートからの正規登用が進む中、正規労働者に近い形で働いていたパート労働者から正規登用されていくことを考えると、いわゆる103万円の壁などの一定の所得制限以下で働く人の割合が高まっている、もしくは壁に至るほど働かない働けない人が増えている可能性がある。正規登用の増加、パート比率の低下はパートの平均給与を押し下げる可能性がある。

●一般労働者についても、パート比率が低下した産業で賃金が伸び悩んでいる。パートからの正規登用は“正規雇用1年目”の増加であり、そのことが平均賃金を押し下げた可能性がある。

●パート比率の低下は個々人にとっては労働環境、所得環境ともに改善を意味する。ただし、パート比率の低下がパート労働者や一般労働者の賃金上昇率を一部抑制することで、従来のように雇用形態別の賃金動向からの状況判断が難しくなるだろう。10年以上ぶりとなるパート比率低下が予想される中、労働市場の変化を意識することが今後の動向を考える上ではより重要になるだろう。

パート比率低下が賃金を押し上げ

 失業率が2.8%と94年以来の低水準、有効求人倍率も90年初頭以来の高水準となる中、賃金の伸びだけが相変わらず鈍い。毎月勤労統計4月速報では、所定内給与は前年比+0.4%と2,3月からは持ち直したものの、加速感はなく、労働市場のタイトさから考えると依然弱い(図表1)。

 所定内給与前年比の内訳をみると、これまで10年以上にわたり賃金押し下げに寄与していたパート比率要因(相対的に賃金水準の低いパート労働者の割合が高まることが平均賃金の伸びを抑制する効果)は、パートからの正規登用増加を背景に4月速報では05年以来となる押し上げ寄与に転じた(図表2)。これで、パートも一般労働者もそれぞれ賃金は上昇しているものの、相対的に賃金水準の低いパート労働者比率が高まることで賃金が伸び悩んでいるという言い訳は出来なくなった。筆者はパート比率要因による賃金押し下げ効果が無くなることで、17年は賃金は一段改善が明確になることを期待していたが、4月の結果では賃金の基調に変化はなかった。本稿では、10年以上続いたパート比率上昇が転機を迎えることが賃金に与える影響を改めて考えてみたい。

05年以来のパート比率低下
(画像=第一生命経済研究所)

パート比率要因は17 年度賃金を+0.3~0.4%pt 押し上げか

 人手不足感が強まる中、非正規雇用者増加による人手の手当てでは足りず、正規雇用者を増やす企業が増えてきた。労働力調査でみると、15,16 年と2年連続で正規雇用者数の増加数が非正規雇用者の増加を上回った。一般職業紹介統計をみても、正規雇用の求人数が増加しており、正規雇用の有効求人倍率も0.97 倍とほぼ1倍に迫っている。

05年以来のパート比率低下
(画像=第一生命経済研究所)

 こうした中、非正規雇用比率、パート比率ともに上昇に歯止めがかかっている(図表3)。性差別にみると、女性の非正規雇用比率が昨年来低下していることに加え、足元では男性の非正規雇用比率も低下するなど、パートからの正規登用はこれまでの女性中心の様相から、変化の兆しも見せつつある。先行きも、団塊世代が70 歳を迎えつつある中、シニア層の定年延長によるパート比率押し上げ効果の一服が見込まれることに加えて、人手不足は一層厳しい状況を迎えると見られることを考慮すれば、パート比率が緩やかな低下基調に転じる可能性は十分にあるだろう。

 これまで、パート比率上昇により所定内給与の前年比は▲0.5%pt 程度押し下げられてきたが、16年度は▲0.2%pt に低下した。17 年度パート比率要因が賃金押し上げに転じる可能性は高く、+0.1~+0.2%pt 程度の押し上げも期待できる状況だ。そうだとすれば、他条件が一定であれば、賃金上昇率は昨年から+0.3~+0.4%程度高まることになり、賃金上昇率は1%弱に達することになる。しかし、毎月勤労統計4月速報値では、所定内給与に加速感は見られなかった。その背景には、一般労働者、パート労働者の賃金が上昇しなかったことが挙げられるが、これは今後改善に転じるのだろうか。以下では、パート比率低下が一般労働者、パート労働者の賃金に与えた影響をみてみたい。

雇用条件の柔軟化がパート賃金を押し下げ

 まずはじめに、パート労働者の所定内給与伸び悩みの背景を見て行きたい。所定内給与伸び悩みの主因は、家族手当支給要件や社会保険加入要件による労働者本人の収入制限にある。パート労働者の時給は、2014 年以来3年連続で前年比+1.5%程度の伸びを維持しており、17 年入り後は前年比+2%を上回る推移に加速、4月速報では前年比+2.7%と高い伸びになっている。人手不足による労働市場のタイト化は十分に賃金に反映されていると言えよう。一方で、収入制限をもつパート労働者は時給増加分を労働時間短縮で調整するため、月額の所定内給与は2014、15 年も前年比+0.5%程度に留まり、16 年に至っては前年比▲0.2%と減少、17 年年明け以降も前年比横ばい程度での推移に留まっている。月額ベースの賃金を押し下げている所定内労働時間の推移を見てみると、時給上昇に伴い労働時間の短縮が続く中、16 年以降下げ幅が一段と拡大している(図表4)。所定内労働時間の減少を1 日あたり労働時間短縮の効果と出勤日数減少の効果に分けてみると、1 日あたり所定内労働時間に大きな変化はないものの、出勤日数は2012 年以降の労働市場回復期で1 日近く減少している(図表5)。00 年以降のトレンド線をみても、リーマンショック以来の大幅な下振れとなっており、16 年以降、出勤日数の減少幅が拡大しているようだ。

 なぜこれほど出勤日数が減ったのだろうか。業種別にパート労働者の出勤日数の変化をみてみると、活況に沸いた建設業では出勤日数が増えた一方で、飲食・宿泊業や生活関連サービス、卸売小売業といった個人向けサービスでの出勤日数減少が目立つ。規模別に見ると、5~29 人を筆頭に、規模が小さい事業所ほどパート労働者の出勤日数減少幅が大きい。個人向けサービスや小規模企業は、労働集約的な面が色濃く、日銀短観などでも人手不足感が非常に強い部門である。そうした背景を踏まえると、出勤日数の減少は、企業側ではなく、労働者側の希望の結果と言えよう。

 企業側が人手不足への対応として、パートからの正規登用や採用条件の緩和を実施した影響だと考えられる。正規登用の拡大は正規雇用に近い働き方をしてきたパート雇用者がパートから抜けることになる。結果、残ったパート雇用者の中では、収入制限のある者の割合が高まることになる。また、採用条件の緩和により、2000 年ごろにはパート労働者の勤務は週4日勤務が主流だったものが、週3日以下での採用が増えているものと見られる。この中には、そもそも103 万円などの所得の壁に至るほど働けない、もしくは働くことを希望しない人が含まれるだろう。実際に、出勤日数が大きく減少した2016 年は正規登用の増加によりパート比率上昇に歯止めがかかった時期に重なる。こうしたことを考慮すると、正規登用が進み、パート比率が低下する状況では、パート労働者の賃金の伸びが抑制される可能性がある。

05年以来のパート比率低下
(画像=第一生命経済研究所)

正規登用が一般労働者賃金の重荷に?

 一般労働者の所定内給与については、規模により様相が異なっている(図表6)。一般労働者のおよそ4割を占める5~29 人規模では16 年度入り後、所定内賃金の伸び率が高まり、足元でも比較的高い状況が続いている。連合の6月1日までの集計結果によれば、99 人未満企業の17 年春闘における賃上げ率は+1.76%と前年(+1.69%)を0.1%pt 近く上回ったことを踏まえると、今年度も堅調な推移が期待できるだろう。

05年以来のパート比率低下
(画像=第一生命経済研究所)

 一方、ここのところ停滞しているのが500 人以上規模である。17 年入り後、伸び率は急速に縮小し、3、4月は2 ヶ月連続での前年割れとなっている。統計原表で詳細な規模別にみると、1000 人以上の大企業は春闘が好調だった14 年を最後に、横ばい圏での推移に留まっている。そうした中で、回復基調にあった500~999 人企業で年明け以降、伸びが低下したことが、500 人以上全体の伸び率を抑制したようだ。

 500 人以上事業所について業種別にみると、所定内給与伸び悩みの背景には運輸業,郵便業の賃金低下や製造業の牽引力不足があげられる(図表7)。製造業については、金属系を中心に素材系の弱さが目立っている。運輸業,郵便業については、道路旅客運送業が下落したことが全体を押し下げたと見られる。

 製造業や運輸業ではここのところパート比率が低下しており、パートからの正規登用が進みはじめた可能性がある。正規登用が進むと、“正規雇用1年目”が増加し、全体の平均賃金を押し下げることになる。実際に、100~499 人規模では昨年非正規雇用比率の低下が進み、合わせるように所定内給与も低下した。今後も、パート比率が低下すれば、“正規雇用1 年目”が増加し、一般労働者の賃金の伸びを抑制する可能性があるだろう。

雇用形態別賃金からの判断が困難に

 以上見てきたとおり、パート比率の低下自体は賃金上昇率を押し上げる効果があり、今後その効果は強まると予想される。一方で、正規雇用者にに近い働き方のパートが抜けることによるパート労働者平均賃金の押し下げ、“正規雇用1年目”増加に伴う一般労働者平均賃金の押し下げにより、雇用形態別の賃金の伸びを抑制する可能性がある。パート増加による雇用増加局面と正規登用が進む局面の賃金状況を簡単な例をおいて試算したものが、図表8、9だ。図表8は、これまで多かったパートによる労働市場参入の影響をみたものだ。個々人の直面する賃金上昇率の平均は間違いなくプラスであるものの、賃金水準の低いパート労働者の増加により、全体の賃金上昇率が押し下げられることになる。そのため、賃金動向を見る際には、雇用形態別にそれぞれの賃金上昇率を見ることが状況把握に役立った。一方、図表9はこれまでパートで働いていた人が正規登用された場合の影響をみたものだ。これまで見てきたとおり、個々人の賃金上昇率の平均は+1.7%に対して、全体の賃金上昇率は+1.2%にとどまる。加えて判断を難しくするのが雇用形態別の賃金動向だ。図表9の状況では、一般労働者、パート労働者それぞれの平均賃金は減少することになり、従来のような雇用形態別の賃金動向では状況を把握することが難しくなる。

 労働力調査によれば、2016年の正規雇用者数は3,364万人と前年から+51万人増えた。非常に粗い試算であるが、この51万人が仮に月給20万円であったとすれば、2016年の一般労働者の賃金上昇率を前年比で▲0.5%pt押し下げることになる。賃金上昇率の水準がそもそも低い中では、その判断にかなり大きなインパクトを与えることになる。もちろん、正規雇用者数の増加はパート比率の低下を通じ、それ以上の押し上げ効果をもたらすため、全体の賃金にとってプラスであるが、雇用形態別にみると相応の押し下げ効果が生じている可能性がある。そのように考えると、パート比率が低下する局面では、従来のように雇用形態別の賃金動向を追うのではなく、個々人の賃金上昇率からの下振れを意識しつつ全体平均の賃金上昇率の動向をみる方が、状況判断に適しているのではないだろうか。

 パート比率低下自体は労働・所得環境の改善に間違いなく、教育機会の観点からも人口減少下で望ましいことだと考える。該当する個々人にとってみても、賃金は上昇し、消費を押し上げることが期待できる。10年以上続いたパート比率上昇が転機を迎える中、こうした好転を正確に評価するにはパート比率上昇が賃金統計に与える影響を考慮することが必要不可欠になるだろう。新卒一括採用、終身雇用が少しずつ崩れ、中途での正規雇用が増えるなど、始まったばかりの労働市場の変化を定量的に捉えるにはデータがまだ十分ではないが、状況変化に沿って評価方法を再考する必要がありそうだ。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主任エコノミスト 柵山 順子