米中の「デジタル覇権争い」はガチンコ、長期化の様相
米中の「デジタル覇権争い」が本格化している。報復関税等の応酬が派手に繰り広げられる「貿易戦争」に注目が集まるが、その背景には経済や安全保障をめぐる両大国の覇権争いがある。とりわけ、急速に進む技術革新を背景とした「デジタル」領域の覇権争いは、各国の経済、産業、社会の構造やパワーバランスに大きな変化をもたらす可能性がある。景気循環の波を遥かに超えるこの大きなうねりに、我々は目を向けなければならない。
米国はシリコンバレーを擁し、アップルやアマゾン等の巨大IT企業を生み育て、「デジタル覇権」を長らく謳歌してきた。しかし、国家資本主義を掲げる中国が、この領域で急速に力をつけ、その覇権に挑んでいる。世界トップ級の製造強国を目指す国家戦略「中国製造2025」では、次世代ITや産業用ロボット等ハイテク産業を重点分野に指定し、国を挙げて産業育成に取組んでいる。そして既に、ファーウェイ等の通信機器メーカー、アリババ等のIT企業が大きく成長し、イノベーションを牽引している。また、ユニコーンと呼ばれる革新的な巨大ベンチャーも次々と誕生しているのが現状だ。
そうした中国の台頭に、米国も危機感を募らせている。米国では、中国企業が製造する通信機器がスパイ活動に使われるのではないかという警戒感が非常に強い。通信、データ、半導体、ハイテク機器等を握られてしまうと安全保障に直結する。デジタル覇権を掌握することは、経済だけではなく、安全保障の面でも重要なのだ。米政府や議会が、中国のハイテク企業を締め出すような規制を次々に打ち出している。中国のハイテク企業叩きはトランプ大統領個人に限ったことではなく、政府や議会も大統領以上に本気だ。経済、安全保障双方をめぐる本気の覇権争いである「米中デジタル戦争」は長期化の様相を呈している。
日本、Society5.0は埋没の危機
米中がデジタル覇権を争い激しく火花を散らしているが、日本が漁夫の利を得る機会が訪れたわけではない。むしろ、両国を中心に世界的な陣取り合戦が繰り広げられ、その巨大IT、ハイテク企業に世界を席巻されかねないという危機感を持たねばならない。そこで負ければ日本の国内市場も彼らに奪われかねない。データ収集・活用を得意とするITプラットフォーマーが、様々な産業に「越境」するようになった今、その脅威は一部の業界・産業に限った話では無くなりつつある。
今年出された成長戦略「未来投資戦略2018」では、こうした現状への強い危機感が示された[図表1]。
デジタル革命が急速に進み、大手ITプラットフォーマーが市場やデータを寡占化しようとする中、日本は今まで強みとしてきた技術力等を活かしきれておらず、このままでは激化する国際競争の中で埋没しかねない、という危機感だ。
世界の企業の株式時価総額ランキングの推移を見ると、日本が取り残されているのではないかという思いを強くする[図表2]。
世界のランキングは、この10年で様変わりした。米国の巨大IT企業が上位を席巻し、中国のIT企業も名を連ねる。一方、日本の顔ぶれは大きくは変わらず、世界の潮流との差は歴然だ。新たなデジタル競争に対して、日本は十分な対応が出来ていないのではないかと感じている。
例えば、Eコマースのアマゾンは売上を拡大させ、各国のEコマース市場で大きな存在感を持つに至った。高級スーパーを傘下に置く等その勢いは収まらない。日本でも事業を拡大しており、豊富なデータと資金、高度な技術力で、楽天等の競合サイトや実店舗を持つ小売業を圧倒する可能性もある。
一方、中国では国家や民間企業が、中国国内で大規模なデータ収集を進めていると見られる。監視カメラが普及し、その画像が先端技術で解析され犯人検挙に繋がったという驚くべき話も耳にする。デジタル覇権を握るという長期的な視点で、ありとあらゆるデータ、最新技術、リスクマネーや企業資本をかき集めている。スマホ決済によるキャッシュレス化が進んでおり、決済等のデータがどんどん蓄積されている。また、多くの中国人が海を渡り、米国の大学やシリコンバレーのIT企業に向かっている。そして、深?等の都市ではベンチャーが勃興し、巨額の投資資金が流れ込む。中国展開する日本企業も、中国国内で得られたデータを日本に持ち込み事業に活かしたいのだが、中国のサイバーセキュリティ法がそれを制限する。日米と異なる、中国の「データ・ローカライゼーション」[図表3]が、海外企業の活動に影響を与えかねない。
一方日本においては、中国大手IT企業が訪日観光客向けスマホ決済で展開し始めており、日本国内のデータも今後着々と収集されていくと見られる。決済データは、消費の内容、趣味・趣向等、人々の生活や行動に深く関わる情報を含む非常に価値のあるデータだ。立ち上がりが遅れている日本のキャッシュレス化において中国勢が主導権を握ってしまうと、虎の子の決済データを握られてしまう。
こうしたデジタル革命に対応すべく日本が進めているのが、成長戦略の柱、Society5.0だ。AIやIoT、ビッグデータ等の先端技術を活用して、経済発展と、少子高齢化等の社会課題解決を両立する社会のモデルである。
しかしながら、Society5.0の根幹をなす先端技術の開発・活用では、米中が圧倒的な規模、スピード感でイノベーションを進めており、日本は遅れをとっている。AIに関しては、米中が積極的に研究開発を進めており、世界的な学会でもその存在感は大きく、日本は後塵を拝している[図表4]。
また、知と人材の集積拠点である大学では米英が圧倒的に強く、中国も力をつけてきている[図表5]。生産性向上を通じた経済成長、社会課題の解決を目指すSociety5.0だが、現状では困難な道程にあると言っても過言ではない。
取組みを加速させる仕組みや、更なる危機感の醸成が必要
日本はものづくりに強く、その現場から得られる貴重な「リアルデータ」を有しており、ものづくりとAIの融合、ハードウェアとソフトウェアのすり合わせに勝機があるとも言われているが、このデジタル化の潮流の中でどう巻き返しを図っていくのか。
悩ましいのは、勝者が全てを総取りするビジネス環境が生まれつつあることだ。デジタル化が進んだ環境では、ネットワーク効果もあって巨大ITプラットフォーマーによる市場の寡占・独占化が進みやすい。海外のプラットフォーマーが国内市場を寡占してしまう可能性もある。
技術革新を生み出し、その果実を社会に実装していくためには、規制緩和、イノベーション推進、教育・大学改革等、進めるべき課題が山ほどある。政府や各省庁も、世界的なデジタル化の潮流や日本の置かれた状況等についての認識、打ち出した政策の大きな方向性は間違っていないし、経済界も動き出している。技術革新やベンチャーに明るい兆しもある。しかし、米中等世界のスピード感と比較すると、どうしても動きは遅いと言わざるを得ない。スマホ決済を進める上でのQRコード規格統一化に向けた動きのように、まずは官民横断でタッグを組んで動きを加速させる仕組みや、それを後押しする制度作りに期待したい。
そして何よりも、取組みを加速させる環境を作る上では、「逆算的なアプローチによる危機意識」、つまり、「このままでは、数年後に日本は…のような苦しい状況に陥る」といった、「逆算」による危機意識を醸成していくことが重要だ。政府や省庁、一部企業にはデジタル化への遅れに対する危機意識は強く認識されているが、少子高齢化や社会保障といった社会課題と比較すると、国民的な関心や危機意識はまだまだ薄い。ギアチェンジをするために、広くこの危機意識が醸成され、共有化されていくことが求められる。
この大きなうねりの中、日本の強みを活かして、日本ならではの成功モデルを創り出せるか。
矢嶋康次(やじま やすひで)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 研究理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任
中村 洋介(なかむら ようすけ)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 主任研究員・経済研究部兼任
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