NY株価は10 月10、11 日と2日連続で大きく下落した。10 月というタイミングは、過去の大暴落が起きた悪い連想を呼び起こす。下落の主な要因は、①FRBの政策への安心感が疑われたことと、②貿易戦争がある。貿易戦争の効果は、ブーメランのようにトランプ大統領に戻ってくる。中間選挙の変化が注目される。

FRBの政策への安心感が変わる

 NY株価市場では、2日連続で株価が大幅下落した。日経平均株価も10 月11日は連動して△915 円も下落し、12 日は前日比103 円高となっている(図表)。目先、株安がごく短期間では終わりそうもないと予感させる。予感と言えば、筆者は数日前、世界的同時株安が10 月というタイミングで起こりやすい理由がなぜかと質問された。1929 年の大恐慌の引き金も、1987 年のブラックマンデーも10 月だった。筆者は、はっきりとした理由がわからないので、アノマリー(理由のつかない経験則)だと答えた。

米国発株価暴落
(画像=第一生命経済研究)

 10 月5 日に米雇用統計が発表されるまでは、日本株についても「バブル崩壊後の最高値」と言われて、楽観が支配していた。為替レートも、1ドル114 円と過去1、2年間のレンジの下限に到達していた。そして米長期金利は3.2%台へと上昇して、さらにどこまで上がるだろうかと思わせていた。自律的調整が起きやすい素地は、後講釈としてあった。疑心暗鬼に火をつけたのは、米失業率が9 月3.7%と1969 年以来の低さであったことだ。FRBがインフレ懸念の方に傾き、利上げペースを変えたならばどうしようかと感じた人は多かっただろう。米株については、これは警戒感というよりも、安心感が疑われ始めたと言う方がよいだろう。

 だから、「ファンダメンタルズは強い」と言っても、米利上げが株価上昇を脅かすことになる。強い米経済を短期金利の上昇が少しずつ変化させていくことへ、皆が少しずつ気付き始めた印象はある。

貿易戦争のブーメラン効果

 少しわかりにくいのは、株価暴落が貿易戦争のせいだという指摘である。関税率の引き上げは前々からわかっていた。ここにきて問題視されることはよく飲み込めない。

 実体面で米中貿易戦争のダメージが大きいことは改めて言うまでもない。9 月24 日にトランプ大統領は2,000 億ドルの中国輸入額に10%の追加関税を課し、来月1月からそれを25%にすると表明した。

 そして、中国の報復関税には、残りの中国輸入額すべてに追加関税を課す2,670 億ドルの報復をすると示唆した。中国に対する追加関税の重みは、この9 月24 日の措置で存在感がぐんと増す。2018 年10-12 月、2019 年1-3 月と中国の成長率には今までより打撃が表われるだろう。

 こうしたリスクは、米国経済への打撃として織り込まれていなかったかという点は確かによくわからない。その点については、米国の報復が中国の対米投資規制や産業スパイ封じへとエスカレートし始めていることが挙げられる。貿易戦争は、もはや貿易赤字問題ではなく、経済覇権争いに軸足を移しつつある。ならば、中間選挙が終わっても争いは深刻化するばかりになる。

 米国による関税適用のスタンスにも問題がある。2,000 億ドルへの追加関税が米消費者物価に表われやすくなる点である。これまでの7、8 月の500 億ドルへの追加関税では、米国は微妙に消費者向けの価格上昇につながりにくいように適用品目を選んできた。9月の2,000 億ドルの追加関税では、いよいよ消費財の値上げが避けられなくなる。雇用統計にみられるインフレ懸念に対して、消費財のコストプッシュ圧力は相乗効果として表われるのではないかと思わせた。

 さらに、人民元の下落も、中国が為替調整に動くことを警戒させるものだ。米国の追加関税に対して、米国からの輸入額が小さい中国は、同額の報復関税で応じられなくなる。トランプ大統領が2,000億ドルの追加関税を課したのに対して、遂に中国は600 億ドルしか対抗する関税の範囲を広げられなかった。そうすると、次なる中国側の報復措置は関税以外になる可能性がある。人民元レートの下落が進んだことは、人為的にレートの切り下げを対抗措置として用いることを連想させる。実は、思惑として、これまでは反対の作用があった。9 月19 日に李克強首相は、人民元の下げは害の方が大きいと語っていたことである。この発言は、これまでは中国が人民元を報復手段として用いないだろうという安心感をもたらしてきた。それが、ここにきて失われつつある。

 結局、トランプ大統領は自分で撒いた種が、ブーメランのように米国側にダメージとして損害を与える結果を引き起こしている。FRBの利上げを非難するのは、中間選挙の直前に自分が起こした貿易戦争によって株価が急落している責任を見えにくくさせるためである。そうした目くらましの目的でFRBを批判している。

今後の鍵は?

 ダウが急落したのは、2018 年2 月初にもあったことだ。やはり雇用統計が引き金であった。今回も、2月の時と同じように株価上昇に転じていくという見方は多いとみられる。

 しかし、いくつか大きな違いがある点は留意すべきだ。まず、当時、トランプ減税が行われて楽観的なところに利上げ懸念が急浮上したことを思い出してほしい。そうした利上げ懸念はあっても、本当にトランプ減税のようにファンダメンタルズをより押し下げる材料はない。むしろ、2019 年後半の米経済減速が気掛かりだ。

 次に、貿易戦争が今度は本格化している点である。これまでは、貿易戦争よりもトランプ減税の方がインパクトは大きかった。前述のように、追加関税の重みは、この10-12 月、2019 年1-3 月と存在感を増していく。

 さて、今後についての検討材料は何だろうか。筆者は貿易戦争の行方だと考える。11 月6 日の中間選挙が終わって、トランプ大統領が中国に対する姿勢を和らげると、それは株価にも好影響だろう。現時点では、貿易戦争が深刻化するとの見方が強まっているから、トランプ大統領が敢えてそれを覆すとプラスの心理効果は大きいだろう。

 一方、筆者はFRBがタカ派路線に大きく変化することはないのではないか。すでに、長短金利差はかなりタイト化していて、利上げシナリオをそれほど変化させないと考えられる。トランプ大統領が批判するほどFRBが引き締めをしているとは思えない。

 筆者は、今後、トランプ大統領の中間選挙後の対応がどう変化するかに注目する。米株価は、強いファンダメンタルズの影響を受けて、少し時間をかけて戻していくチャンスはそこにあると考える。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生