理念として、経済発展と人口減少社会を両立させる方法はある。省力化を強力に進めながら、生産性を高めるという道である。日本の就業構造を調べると、各国比較をしてみて、専門的・技術的職業の割合が低く、事務職や販売・サービス業の占める割合が高かった。変化に柔軟な社会をつくることが、解決への道である。

理念としての経済発展への道

 シリーズ最終章として、経済発展と人口減少社会を両立させるシナリオを考えてみたい。このシナリオは、人口減少によって経済発展が出来なくなるという運命論に対するアンチテーゼにもなる。

 まず、概念整理をしておくと、人口減少によって労働投入量が増やせなくなるから、それが成長制約になる。そして、国内の消費者も、人口減少下では、減ってしまい、非製造業などでは売上を増やせなくなる。この図式に対しては、①省力化投資やビジネスモデルの組み換えによって、労働投入量を節約する。②労働力を節約しながら、1人当たり労働生産性を引き上げる。生産性は、資本装備率を高めながら、機械化・IT化を推進する格好になる。節約された労働力をより生産性の高い部門(企業)にシフトさせる。③国内需要の制約に対しては、輸出やインバウンド消費への需要シフトで対応する。①や②によって、1人当たり生産性が高まって労働者の平均賃金が上がれば、人口減少によって消費者数が増えなくても、1人当たり所得が高まるので、内需の成長にも貢献できる。

 より現実的な処方箋は、人手不足に悩んでいる企業がそれに対処するときに、省力化・IT化を進めていくことだろう。これまでも、サービス業や技能職などで人手不足が顕著になっている。

 最近の求人数がどういった分野に集中しているのかをみれば、今後の人口減少によって人手不足がより深刻化していく状況を予想しやすいはずである(図表1)。

人口減少社会・解決編
(画像=第一生命経済研究所)

 私たちは、この人手不足のニーズを前向きに活用して、省力化・IT化で解決したり、省力化をビジネスにする事業者のモチベーションを導いていけば、日本全体の生産性上昇に寄与するであろう。

 ところで、サービス業などで人手不足が顕著である理由は、どこにあるのだろうか。一つは、人口高齢化によって医療・介護の需要が拡大するからである。しかし、需要拡大が賃金上昇へと結び付かないところが、医療・介護分野の労働市場における不可解なところである。理由は、消費者に対するサービス提供の価格を人為的に固定化しているからだろう。割安になったサービス価格の下では、超過需要が生じて、人手不足が生じる。つまり、価格規制がみすみす生産性上昇のチャンスをスポイルさせているのである。本来ならば、医療・介護分野で高い賃金が得られる職業がもっと多く生み出されて、そこに事業参入する企業が人材投資に資金をかけられるはずである。そうした人材投資は、1人当たりの生産性を上昇させて、わが国の内需を厚くする基盤になったはずである。高齢化がこれだけ進んでいるのに、高齢者の潜在需要を成長の源泉に用いることに十分に成功していないのは、本当に残念なことである。

人手不足と省力化

 人手不足については、飲食サービスや生活サービスのように、消費者の購買力が弱いからサービス提供価格を引き上げられない分野もある。これらを医療・介護分野と同列に扱えない。経済学の原理に沿えば、柔軟な価格・賃金を前提にして、生産性の低い部門から高い部門へと労働移動が起こることで人手不足が調整される。「儲からない事業」から「儲かる事業」への労働シフトである。

 この原理をより注意深く考えてみると、必ずしも労働シフトでなくてもよい。飲食・生活サービスでは人手を確保するために、儲かるビジネスへの転換をもっと大胆に行うことでもよいということになる。人手が足りなければ、人海戦力がとれないので、省人システムへの転換を検討することも一案である。例えば、これまで4人で手がけてきた仕事を、機械を導入して1人で作業するという手法の見直しである。

 最近の好著に「物流ビジネス最前線」(斎藤実、光人社新書)がある。そこで紹介された事例に物流ロボットの話がある。ネット通販会社が、物流ロボットメーカーを買収して、物流センター作業の効率化に乗り出した事例である。ネット通販会社は、物流改革で生産性上昇を成功させる。筆者はこの事例に興味をもったので、若干の解説を加えて言うと、物流センター内では在庫棚の間をお掃除ロボットのようなロボットが移動して、注文のあった商品を在庫棚からスタッフの元へ運んでくる。これで注文から発送までの時間が短くなり、生産性が上がる。物流センターの中に人がいなくなれば、光熱費がいらなくなるという経費削減効果も見込めるということらしい。

 人手不足によって省力化投資が進む理由は、労働需給が逼迫して労働コストが上昇するから投資の採算性が改善して、投資の実行が促されると考えるのが自然である。わが国の場合は、労働コストが必ずしも上昇せず、投資が促進されない傾向がある。それでも、人手不足によって事業継続が困難になることも起こるだろうから、ニーズはより直接的な労働代替となろう。

 ロボット化や人工知能の利用は、人が行っていた作業をそのまま機械やシステムが肩代わりすることを狙っている。特に、自動運転車の実用化・普及が進めば、運送業や交通インフラ全体に革新的な効果が生じる。IT化の進化によって仮想店舗が普及したり、テレビ電話を通じて遠隔地とのコミュニケーションが自在に行われるようになれば、小売・サービス業にも大幅な省人効果が生まれるはずである。これまで労働集約型だとみられていた業種すべてに、省力化のテストを行って、労働生産性を向上させる余地がないかどうかを検討することになるだろう。

労働市場のあり方

 次に、わが国の労働市場について、どういった変革の指向が必要になるかを考えてみることにしよう。各国の就業人口が職業別にみて、どこに多く所在しているのかを調べてみた(図表2)。日本の就業者は、各国比較して、販売・サービス業の占める割合が高く、専門的・技術的職業の占める割合は低い。興味深いのは、ドイツやスウェーデンは専門的・技術的職業の割合が高いことである。ドイツの就業者数は4.0千万人と日本(6.4千万人)よりも少ないのに、専門的・技術的職業に従事する人数は、ドイツ(1.56千万人)の方が日本(1.04千万人)を上回っている。

人口減少社会・解決編
(画像=第一生命経済研究所)

 もう一つ、日本の職業別にみた就業構造で特徴的なのは、事務職の割合が相対的に高いことである。各国比較で事務職の方が、専門的・技術的職業よりも多いのは、日本と韓国である。欧州の国々では、専門的・技術的職業の割合が高いことが特徴である。専門的・技術的職業の従事者が多いほど、「人的資本の蓄積が大きく、生産性が高い」とは必ずしも言えないとしても、日本社会がもっと労働者のスキルを十分に使いこなせるようになる方がよいということは言えるだろう。

人口減少社会を省力化社会に

 やや理念的に人口減少社会の解決について論じたが、生々しい現実ではそれほど容易に省力化が進まないことも付言しておきたい。

 すでに、新しいテクノロジーを利用した未来社会に対してネガティブな見解を示す論調がある。例えば、未来のテクノロジーによって“消える職業”はこれだ、などという話である。しかも、そうした技術進歩は、“中間所得者層を消滅させる”という危機説まで言われる。

 古来、技術進歩が従来の産業構造を変えて、長い時間をかけて労働移動が起こってきたことは説明を要しないだろう。この変化は、短期的には失業を生み、失職による所得減少を伴ってきた。しばしば経済学者は、生産性の高い部門への労働移動という言葉を用いるのが、生身の経済ではそれが激しい摩擦を生み出す。「TPPが日本の農業にダメージを得える」と激しい批判があるのも、摩擦の一例である。

 つまり、新しいテクノロジーの利用を急進的に推進することは、政治的には歓迎されにくいということである。

 結論を言えば、人口減少社会と経済発展を両立するためには、私たちは相当に大きな摩擦を甘受しなくてはいけないということだ。また、そうした変革を成し遂げるには、政治的に相当に芯の強い人物が中心になって、理念を現実化していくことが望まれる。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生