「人生100年時代の働き方に関するアンケート調査」~学び直しをしていない正社員に注目して

目次

1.職業能力開発の重要性
2.学び直しの実施状況と意識
3.多くの人が学び直しができる社会へ

要旨

①人生100年時代に向け、長く働くことで生計を維持するため、AI(人工知能)など技術の進展に対応し、新しい技術や知識と共存することを模索しなければならない人が多くなるとされている。そこで本稿では、2018年3月に実施した「人生100年時代の働き方に関するアンケート調査」より、正社員男女の学び直し(職業に関する能力を自発的に向上させるための学習)の実施状況を踏まえ、学び直しを実施していない人に焦点を当て、長期的に働くにあたり学び直しの重要性を社会的に浸透させるための課題について考える。

②本調査では、現在あるいは過去に学び直しを経験している人は約4人に1人であり、将来的におこなおうと思っている人が3割弱、学び直しをおこなうつもりはないと回答した人が約半数を占めた。

③学び直しの実施状況と就業意識との関連をみると、学び直しをおこなうつもりはないという人も、学び直し経験者と同様、自分の仕事にやりがいを感じており、現在の職場で出来る限り働き続けたいと思っている人が少なくない。学び直し経験者と異なるのは、学び直しをおこなうつもりはない人は「長く働き続けるためには学び直しが必要である」との認識が低い人が多いということである。学び直しをしても処遇に反映されるわけではないし、学び直しをしなくても働き続けることができると思っているため、学び直しに関心がなく自分事として捉えていない人が多いことが推察される。

④これからは「長く働き続ける、ないし生産性を高めるためには学び直しが必要である」という認識を働き手と企業の双方が持つことが求められる。その際、まずは企業から働き手に対して学び直しの必要性を伝えることが重要である。その上で、学ぶ意欲がある人々には情報提供や相談、教育費用などのサポートを強化することが必要であるが、他方、学び直しに消極的な人々については、学んだ成果を昇進や昇給など処遇に反映させることが一つのインセンティブになるということも示された。

キーワード:リカレント教育、職業能力開発、学び直し

1.職業能力開発の重要性

 わが国では、労働力人口の減少や技術革新の進展などの社会環境の変化により、雇用や人材教育などの社会政策の変革のみでなく個人の就労意識の変革も求められている。すでに企業の多くは今後も続くであろう人手不足の状況に対応するため、中途採用や新卒採用の強化などを図っているが、中には社内人材の再教育や多能工化(教育訓練・能力開発)に注目している企業もある(図表1)。テクノロジーの進化に対応できるよう、社員の職業能力を高めることに取り組んでいる企業も少なくない。

 政府においても2017 年9月に「人生100 年時代構想会議」を立ち上げ、わが国経済の活力を維持するためには人材の質向上が重要であるという観点から、「何歳になっても学び直しができるリカレント教育」についての検討を進めている。

長く働き続けるための「学び直し」の実態と意識
(画像=第一生命経済研究所)

 このように人生100年時代を迎え、国や企業レベルで様々な対策が議論されている中、実際に働く人々は、自らの職業生活において「職業能力開発」(学び直し)をどのように考えているだろうか。人生における労働期間の長期化に備え、技術革新など社会の変化に合わせ、職業能力開発を重視して働くことが必要とされているが、そのように考えている人はどのくらいいるであろうか。

 当研究所では、2018 年3月に実施した「人生100 年時代の働き方に関するアンケート調査」*1結果をもとに、民間企業で正社員として働く男女の職業能力開発(学び直し)の実施状況について分析をおこなった。この中から本稿では、特に学び直しを実施していない人に焦点を当てて、どのような人が実施していないのか、なぜ実施しないのか、さらに多くの人が実施するために何が必要なのかを探る。このことを通して、労働環境が変わる中、自己のパフォーマンスを維持しつつ長期的に働くにあたり学び直しの重要性を社会的に浸透させるための課題について考える。

2.学び直しの実施状況と意識

(1)学び直しの実施状況

 まず、職業能力開発の実施状況をみる。アンケート調査では、「職業能力開発」を「職業に関する能力を自発的に向上させるための学習」とみなし、これを「学び直し」と表現して、現在の実施状況をたずねた。具体的には、大学等の教育機関やe ラーニング等による通信教育の受講、書籍等による自学・自習により、仕事を続ける上で必要な技術や知識、教養を習得することを示している。こうした「学び直し」の実施状況をみると、「現在、おこなっている」と回答した割合は11.3%、「現在はおこなっていないが、過去におこなっていた」(以下「過去におこなっていた」)は14.6%であり、これらを合わせた「学び直し経験者」は約4人に1人であった(図表2)。「これまでおこなったことがないが、将来的におこなおうと思っている」(以下「将来おこないたい」)という実施希望者が27.7%、「おこなうつもりはない」(46.6%)と回答した人が約半数にのぼる。

 性別では大差がないが、性・年代別では特に20代と50代に注目したい。男女ともに20代は相対的に「現在、おこなっている」との回答割合が高い。若者の中には、時代の変化を敏感に感じ、入職時にすでに職業能力開発の重要性を認識しながら働いている人もいる。50代は、就業年数が長いため、「過去におこなっていた」割合が他の年代よりも高いことは当然である。ここで注目すべきは「将来おこないたい」との回答である。男女とも約2割であるが、多くの会社が定年としている60歳を前にして、これから学び直しをしたいという人も少なからずいるということだ。

 また、女性は年代が低いほど「おこなうつもりはない」の割合が低く、「将来おこないたい」の割合が高い。若い女性ほど学び直しを重視している傾向が見られる。他方、男性は20 代でも約半数が「おこなうつもりはない」と回答しており、この項目の年代による差はあまり見られない。若い世代の学び直しに対する意欲が女性の方が高いのは、女性の場合、出産や育児によって仕事から離れる可能性があるため、それを見越して学び直しによってキャリアの中断を埋めようと思っている人が多いのかもしれない。

長く働き続けるための「学び直し」の実態と意識
(画像=第一生命経済研究所)

(2)学び直しの実施状況別にみた就業意識

 次に、こうした実施状況の背景にあると思われる就業意識との関連をみる。学び直しの実施状況別に、様々な就業意識をみたものが図表3である。これをみると、「出来る限りこの会社で働き続けたい」への回答割合は、実施状況による差があまりないことがわかる。また、「自分はどのような仕事をしたいかわかっている」人の割合は、学び直し経験者には及ばないが、「学び直しをおこなうつもりはない人」でも男女とも半数以上おり、「仕事を通して自分を高めたい」と思っている人も同様に男性は約5割、女性は5割弱いる。「自分の仕事にやりがいを感じている」人の割合も、学び直し経験者や将来おこないたいといった学び直しに前向きな人ほどではないが、おこなうつもりはない人でも4割以上であり、大差はない。

 ただ、学び直し経験者や将来おこないたいと思っている人と、おこなうつもりはない人との間で大きく差がみられたのは、「長く働き続けるためには、学び直しが必要である」と「長く働き続けるために学び直しをしたい」である。学び直しをおこなうつもりがない人でも、出来る限り現在の会社で働き続けたいと思い、現在の仕事に前向きに取り組んでいる人は少なくないが、「長く働き続けること」と「学び直しをすること」が意識として結びついておらず、長く働き続けるにあたり学び直しの必要性を感じていない人が多いようだ。

長く働き続けるための「学び直し」の実態と意識
(画像=第一生命経済研究所)

(3)学び直しをしていない理由

 次に、なぜ必要と感じないのか、学び直しをしていない理由についてたずねた結果をみる。前述の通り、現在学び直しをしていない人の中には、「将来おこないたい」人と「おこなうつもりはない」人がいるが、「将来おこないたい」人の就業意識は、「おこなうつもりはない」人よりも「学び直し経験者」に近いことが示された。背景となる意識が異なるため、学び直しをしていない理由についても両者は分けて考える必要がある。

 まず、「将来おこないたい」という人の学び直しをしていない理由をみる。「学ぶための時間がない」が47.9%、「学ぶための費用がない」が40.3%であり、時間や費用といった物理的な理由から実施していないという人が多くを占めている(図表4)。次いで、「どこで教育を受けたらいいのかわからない」が32.2%、「どのような知識・技能が必要かわからない(何を学べばいいのかわからない)」が28.4%など、学び方がわからない人が約3割である。こうした理由への回答割合は特に高い年代で比較的多く、「どこで教育を受けたらいいのかわからない」に50代男性の36.5%、50代女性も35.6%が回答している。

 また50代女性の35.6%が「どのような知識・技能が必要かわからない(何を学べばいいのかわからない)」と回答している。将来的に学び直しをしたいという人が実際に行動に移せるようにするには、「時間」や「費用」面の対策のみでなく、学び直しの方法をわかるようにすることが重要である。

 他方、学び直しをおこなうつもりがない人の学び直しをしていない理由の1位は「自分には関係ない」(33.3%)である(図表5)。これに「学ぶための時間がない」(28.5%)や「学ぶための費用がない」(24.5%)が続いているが、「学ぶことに関心がわかない」(15.3%)が4位である。「時間」や「費用」面を理由に挙げる人もいるが、そもそも学び直しを自分事としてとらえておらず、学ぶ必要性も関心もないことを理由としている人も少なくないことが全体の傾向としてみてとれる。

長く働き続けるための「学び直し」の実態と意識
(画像=第一生命経済研究所)
長く働き続けるための「学び直し」の実態と意識
(画像=第一生命経済研究所)

(4)学び直しをするために勤務先に期待すること

 最後に、実施状況別に学び直しをするにあたり勤務先に期待することをたずねた結果をみる。「特にない」の回答割合が、学び直し経験者では男性14.7%、女性18.5%、将来おこないたい人では男性10.4%、女性17.3%といずれも2割以下であるが、おこなうつもりはない人では男性64.7%、女性57.7%を占めた(図表省略)。学び直しをおこなうつもりはない人では6割前後が特に期待することはないとしているが、残りの約4割は「期待すること」を回答しており、その具体的内容が、学び直しに消極的な人々のインセンティブにつながる一つのヒントを示すものと考えられる。

 期待することが「特にない」と回答した人を除いて、期待することの具体的な内容を、男女それぞれ学び直しの実施状況別にみたものが図表6である。男女ともに、学び直し経験者と将来おこないたい人では「社員が職業能力開発をしやすいように、教育機関や内容についての情報を提供してほしい」(以下「情報提供」)、「社員に必要な教育訓練のプログラムを教え、計画的に育成をしてほしい」(以下「計画的育成」)、「職業能力開発のための費用を援助してほしい」(以下「費用援助」)を回答している人が多い。他方、おこなうつもりはない人は、男女ともに「職業能力開発の成果に応じて、昇進や昇給など処遇に反映してほしい」(以下「処遇に反映」)が1位であり、学び直し経験者などが上位に挙げた「情報提供」や「費用援助」を上回る回答割合である。学び直しに関心がなく、自分事と捉えていない人には、学び直しによる成果を昇進や昇給など「処遇に反映」させることが、学び直しをする一つのインセンティブになるということが示された。

長く働き続けるための「学び直し」の実態と意識
(画像=第一生命経済研究所)

3.多くの人が学び直しができる社会へ

 人生100年時代に向け、長く働くことで生計を維持するため、AI(人工知能)など技術の進展に対応し、新しい技術や知識と共存することを模索しなければならないとされている。しかしながら本調査では、こうした社会情勢を受け、自ら学び直しをしている人は少数派であり、学び直しをおこなうつもりはないと回答した人が、調査対象である正社員男女の約半数を占めた。ただし就業意識をみると、学び直しをおこなうつもりはないという人も、学び直し経験者と同様、自分の仕事にやりがいを感じており、現在の職場で出来る限り働き続けたいと思っている人が少なくない。学び直し経験者と異なるのは、学び直しをおこなうつもりがない人は「長く働き続けるためには学び直しが必要である」との認識が低い人が多いということである。学び直しをしても処遇に反映されるわけではないし、学び直しをしなくても働き続けることができると思っているため、学び直しに関心がなく自分事として捉えていない人が多いということが推察される。

 他方、情報技術の進展と人口構造の変化に対応し、厳しい国際競争の中で生き抜くには人材能力を高め、労働生産性を向上させることの必要性を認識している企業は多い。企業にとっても社員の職業能力の開発・強化は課題であるとされている。したがって、これからは「長く働き続ける、ないし生産性を高めるためには学び直しが必要である」という認識を、働き手と企業の双方が持つことが求められる。その際、まずは企業から社員に求めるキャリアやそのために必要な職業能力を示し、学び直しの必要性を伝えることが重要である。その上で、学ぶ意欲がある人々には情報提供や相談、教育費用などのサポートを強化することが必要であるが、他方、学び直しに消極的な人々については、学んだ成果を昇進や昇給など処遇に反映させることが一つのインセンティブになるということも示された。

 なお今回は、学び直しの実施状況を踏まえ、学び直しをしていない人に焦点を当て、学び直しの壁となっている意識などについてみてきたが、学び直しを普及させるための具体的方法や社会的支援のあり方については次稿で論じていくこととする。

【注釈】 *1 「人生100年時代の働き方に関するアンケート調査」。この調査は当研究所が2018年3月、全国の20歳~59歳の民間企業で働く正社員男女を対象に、調査機関(株式会社クロス・マーケティング)の登録モニターから性・年代別に各250サンプル、合計2,000サンプルを抽出し実施された。回答者の勤務先の企業規模別内訳は以下の通りである。(提供:第一生命経済研究所

長く働き続けるための「学び直し」の実態と意識
(画像=第一生命経済研究所)

主席研究員 的場 康子
(ライフデザイン研究部 まとばやすこ)