自分で職業生活設計を考えるために
労働人口の減少や技術革新の進展など社会環境の変化は、人々の職業生活に大きな影響を与える。企業は人材不足を補うために、中途採用の強化など幅広く人材の確保に努める一方で、テクノロジーの進化による新技術への対応などを通じて、社員一人ひとりの生産性を高めていく必要がある。そのために、企業は社員の職業能力開発に向けた取組を進めるとともに、社員も自らの適性に合わせて必要な職業能力を獲得しながら、職業生活をデザインしていくことが求められている。
実際、こうした状況を認識している人は多いようで、厚生労働省「平成28年度能力開発基本調査」(2017年3月)によると「自分で職業生活設計を考えていきたい」と思っている人が正社員で29.1%、「どちらかといえば、自分で職業生活設計を考えていきたい」まで含めると、正社員の7割近くがそのように思っている。パートタイム労働者などの正社員以外の人々も半数近くが主体的に職業生活を考えていきたいと回答している。
企業の教育訓練費は減少傾向
人工知能などテクノロジーの進化に対応するために人材育成の重要性が指摘されている中、企業の人的資本投資の減少傾向が続いている。常用労働者1人あたりの教育訓練費の時系列推移をみると、2006年から減少している(図表2)。企業規模が大きいほど教育訓練費は高く、時系列でみると、「1,000人以上」のみ、2011年よりも2016年の費用が若干増えているが、999人以下の企業では2011年よりも減少している。特に30~99人の小規模企業では減少幅が大きい。企業規模にかかわらず、全ての労働者が教育訓練を受ける機会の均等を図ることが必要である。
一方で、企業の中には、健康保険料や介護保険料などの法定福利費の上昇もあり、限られた労働費用の中で教育訓練費を相対的に抑制せざるを得ないとの判断があるかもしれない。また、こうした経済的側面以外にも、人材育成の運営面における課題もある。企業に対して人材育成に関する問題点をたずねた調査結果をみると、「指導する人材が不足している」ことを問題に感じている事業所が半数以上を占めている(図表3)。人材育成をおこなうための「人材の不足」が、能力開発推進の壁になっているようだ。
国は「人材開発支援助成金」として、会社が労働者に対して職業訓練を実施した場合や人材育成制度を新たに導入した場合に、訓練にかかった費用や訓練期間中の労働者に支払った賃金の一部を助成する制度を導入している。今後、人材育成のさらなる充実のためには、このような企業の教育訓練を支援する取組の強化とともに、各企業においても助成制度を活用するなどして従業員の教育訓練の機会が拡充されるよう、経営トップの意識改革も必要と思われる。
自己啓発をした人は正社員でも半数以下
他方、労働者の能力開発についての実態をみると、自己啓発をおこなっている労働者も限定的であることがわかる。厚生労働省「能力開発基本調査」では、労働者がおこなう能力開発のうち、「労働者が職業生活を継続するためにおこなう、職業に関する能力を自発的に開発し向上させるための活動」を「自己啓発」と定義している。2016年度調査の結果をみても、自己啓発をおこなった人は正社員の45.8%、正社員以外では21.6%にとどまっている(図表4)。時系列でみても、自己啓発をおこなっている正社員は半数以下、正社員以外では2割前後である状況が7年前から続いている。
また、自己啓発をおこなっているという人でも、その受講時間の短縮傾向がみられる。2011年度調査では「5時間未満」が2.4%であったが、2016年度調査では11.0%に増えているなど、短い時間の選択肢の回答が増えている(図表5)。正社員以外の労働者についても同様の傾向であり(図表省略)、労働者の中で自己啓発の短時間化が進んでいる。
労働者のキャリア形成支援のための個別対応も必要
自己啓発をおこなっている人が限定的なのはなぜか。自己啓発をおこなう上での問題点をたずねた回答結果をみると、「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」「費用がかかりすぎる」「家事・育児が忙しくて自己啓発の余裕がない」が上位を占めており、時間的余裕と費用面が制約になっていることがうかがえる(図表6)。今、国を挙げて働き方改革が進められている。多くの企業が職業能力開発も考慮して働き方の見直しを進め、労働者の働く意欲を高めて生産性の向上を図ることができれば、わが国経済の成長にも貢献できよう。
また、「どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのかわからない」や「自分の目指すべきキャリアがわからない」にも約5人に1人が回答している。自分がどんな仕事をしていきたいか、すなわち自分のキャリア形成に対する見通しができない労働者が少なくないことも無視できない結果である。希望する職業人生を実現するためには、自らの適性をもとにキャリア形成を考えながら職業能力を高めていくことが必要である。そのため職業能力開発にあたっては、労働者一人ひとりの適性にあわせたキャリア形成支援をおこなうことも重要である。
程度の差はあるものの多くの人が自分で職業生活を考えていきたいと思っている。経営環境が厳しい中にあっても、労働者が前向きに自らの能力を最大限に発揮して働くことができる環境を作ることが、企業にとって、質量両面における人手不足を解消し、安定的な経営につなげていく一つの方策であると思われる。(提供:第一生命経済研究所)
上席主任研究員 的場 康子 (研究開発室 まとば やすこ)