目次

1.労働移動の促進に向けて
2.転職者の動向
3.キャリアアップを意識した転職
4.転職しやすい社会となるために

要旨

①自らのキャリア形成のために転職することが不利にならない、あるいは育児や介護などで離職をしても再就職しやすいことも多様な働き方の実現のために重要であり、そのような社会を目指し、今まさに働き方改革が進められている。こうした中、本稿では、わが国の転職の実態を踏まえ、転職や再就職など労働移動のしやすい社会に向けた課題を考える。

②就業者に占める転職者の割合(転職者比率)は、2005~2007年の5.4%をピークに低下し、2010年には4.5%となったが、その後、緩やかに上昇し2016年には4.8%になったものの、リーマンショック以前の水準には達していない。人材不足といわれているが、転職の動きはあまり活発ではない状況が続いている。

③当研究所が2017年1月に実施した「ライフデザイン白書」調査の結果から、キャリアアップのために転職しようとしている人は、専門性、語学力、人脈などを伸ばすことを意識して働いている人が多いことがわかった。転職が人々の能力開発のモチベーションとなるならば、魅力ある仕事に移りやすい社会に変えていくことによって、能力開発意欲の高い労働者が増えることが期待できる。

④転職しやすい社会となるためには、求職者と企業とのミスマッチ解消のための情報提供機能の拡充や、転職しても不利益にならないように制度を改善するなど、企業や行政による労働移動の促進に向けての対策が重要である。また、働く一人ひとりが自らのキャリア形成を考え、必要な知識や技能を身につける努力も求められる。わが国の経済発展に必要な労働生産性の向上のためにも、個人の職業能力開発の底上げと、社会全体で人材の最適配置が可能となるような環境整備が必要である。

キーワード:転職、再就職、職業能力開発

1.労働移動の促進に向けて

 2017 年3月、政府の「働き方改革実現会議」は「働き方改革実行計画」を決定した。今まさに働き方改革が現在進行形で進められている。しかしながら、まだ計画が始まったばかりであるとはいえ、改革が進んでいるという実感が持てないという人も多いのではないだろうか。

 例えばわが国は、ライフステージの変化に合わせてワークライフバランスを確保し、柔軟に働きたいという人のニーズに応えるために、多様な働き方の推進を目指している。そのために、短時間正社員制度や在宅勤務制度などを導入して、働く時間や場所を柔軟に選択して働くことができる環境の整備が進められている。しかし必要な対策はこればかりではない。転職や再就職がしやすい労働環境を確立すれば、働く人にとって自らのキャリア形成がしやすくなるのみならず、わが国の産業構造の変化に合わせ雇用吸収力の高い産業への労働移動の促進により社会全体の生産性向上にもつながるとされている。自らのキャリア形成のために転職することが不利にならない、あるいは育児や介護などで離職をしても再就職しやすいことも多様な働き方の実現のために重要であり、そのような社会を目指し、もっと人々が実感できるほどの改革が望まれている。

 こうした中、本稿では、わが国の転職の実態を踏まえ、転職や再就職など労働移動のしやすい社会に向けた課題を考える。

2.転職者の動向

 まず、有効求人倍率の動きから雇用状況をみると、2006 年の1.06 倍をピークに、2008 年後半のリーマンショックによる経済情勢の悪化を受けて、2009 年には0.47 倍まで低下した。しかしその後2016 年には1.36 倍になり、リーマンショック以前の水準を上回るまで回復した(図表1)。

 他方、転職者の動きに注目すると、就業者に占める転職者の割合(転職者比率)は、2005~2007 年の5.4%をピークに低下し、2010 年には4.5%となった。その後、緩やかに上昇し2016 年には4.8%になったものの、リーマンショック以前の水準には達していない。人材不足と言われているが、転職の動きはあまり活発ではない状況が続い ているようだ。

 男女ごとに年齢階級別転職者比率をみると、男性は45~54 歳まで、女性は55~64歳まで年齢階級が上がるにつれて転職者比率が低くなっている(図表2)。男性の55~64 歳を除き、若い人ほど転職者比率が高いという傾向は2004 年から変わっていない。ただ、2004 年に比べて2016 年では、男性は55~64 歳、女性は45 歳以降の年齢層の転職者比率が高くなっており、男性は定年を迎える60 歳前後、女性の場合は50 歳前後から転職する人が増えている。

 そもそも人々はなぜ転職をするのだろうか。厚生労働省「平成27 年転職者実態調査」(2016 年9月)により、転職者の離職理由をみると、その7割以上が「自己都合」により前の会社を辞めている(図表省略)。その具体的内容をみると、全体では「労働条件(賃金以外)がよくなかったから」(27.3%)、「満足のいく仕事内容でなかったから」(26.7%)、「賃金が低かったから」(25.1%)が上位3位であり、「賃金を含む労働条件」と「仕事内容」が二大理由となっている(図表3)。多くの転職者にとって、労働条件の改善、並びに自分のキャリアに照らし合わせて納得感のある仕事に就くことが、転職の動機となっているようだ。

働く人々の転職意向と能力開発意欲
(画像=第一生命経済研究所)
働く人々の転職意向と能力開発意欲
(画像=第一生命経済研究所)

 以上を踏まえ本稿では、転職者の様々な動機の中から、キャリアアップを意識した転職に注目し、当研究所が2017 年1月に実施した「ライフデザイン白書」調査*1により、キャリアアップを意識した転職希望者について分析を行った。これにより、労働移動の促進が働く意欲の向上に与える影響などについて考察し、転職しやすい社会の実現のための課題を示す。

働く人々の転職意向と能力開発意欲
(画像=第一生命経済研究所)

3.キャリアアップを意識した転職

(1)キャリアアップを意識した転職に対する意向
 キャリアアップを意識して転職を希望している人がどのくらいいるか。「キャリアアップのために転職したい」と思っている人(「そう思う」と「どちらかといえばそう思う」の合計、以下「転職したい人」)は男性31.6%、女性29.6%であった(図表4【性・年代別】)。男女を問わず働いている人々の3割前後がキャリアアップのための転職を希望している。年代別にみると、男女ともに若い人ほどそのように思っている人の割合が高い。特に20代では5割前後、30代では約4割の働く人々が、前向きな転職を希望している。

 これを企業規模別にみると、男性で「転職したい人」の割合は「9人以下」並びに「国、地方公共団体」は2割台であるが、10人以上ではあまり規模による差はなく3割台で推移している(図表4【性・企業規模別】)。女性で「転職したい人」の割合は100~299人の企業まで規模が大きいほど高くなるが、100人以上では約35~36%で横ばいである。どちらかというと男性よりも女性の方が、企業規模による転職意向の違いがみられる。

働く人々の転職意向と能力開発意欲
(画像=第一生命経済研究所)
働く人々の転職意向と能力開発意欲
(画像=第一生命経済研究所)

(2)能力開発に対する意識
 次に、このようなキャリアアップを意識した転職を考えている人の能力開発意欲に注目する。

 働いている人全体でみると、「仕事を通じて自分の能力を高めたい」と思っている人(「そう思う」と「どちらかといえばそう思う」の合計、以下「能力を高めたい人」)は、男女ともに6割以上である(図表5)。働いている人の多くが前向きに仕事に取り組んでいることがわかる。

 中でも、「キャリアアップのために転職したい」と思っている人(図表5【転職したい】における「そう思う」の回答者)では、男女ともに8割以上が「仕事を通じて自分の能力を高めたい」と思っている。働いている人全般的に意欲的に働いているが、キャリアアップを意識した転職を考えている人は特に、仕事を通じて自分の能力を高 めたいと思っている人が多い。

働く人々の転職意向と能力開発意欲
(画像=第一生命経済研究所)

(3)現在身につけている能力
 具体的にどのような能力を身につけたいと思っているだろうか。

 まず、現在身につけていると自覚している能力についてたずねたところ、働いている人全体では「特にない」と回答した人は男性32.8%、女性50.6%であった(図表6)。働いている女性の約半数は能力を身につけていると思っていない。

 能力開発をしている人の具体的な内容は「専門分野における知識・技術・技能」が男性54.9%、女性39.1%で最も高い。次いで男性は「管理職としてのマネジメント能力」「法律・経済・経営学などビジネス全般における基礎知識」など、女性は「人脈・ネットワーク」「英語などの語学力」が続いている。

 次にキャリアアップ意識別にみると、「仕事を通じて自分の能力を高めたい」や「キャリアアップのために転職したい」と思っている人は、「そう思わない」と回答した人に比べ「特にない」の回答割合が低く、何らかの能力開発をしている人が多い。特に「転職したい人」では、「専門分野における知識・技術・技能」を男性の58.6%、女性の45.7%が身につけていると回答している。キャリアアップを意識した転職を希望している人は、専門的能力に裏打ちされた自信がある人が多いようだ。

働く人々の転職意向と能力開発意欲
(画像=第一生命経済研究所)

(4)今後、身につけたい能力、伸ばしたいと思う能力
 今後、身につけたい能力、伸ばしたいと思う能力をたずねた結果をみると、働いている人全体では「特にない」が男女ともに3割台であり、働いている人々の多くは能力開発意欲がある(図表7)。具体的にどのような能力を身につけたいと思っているかをみると、男女ともに「専門分野における知識・技術・技能」「英語などの語学力」「人脈・ネットワーク」が多い。キャリアアップ意識別にみると、特に「転職したい人」は男女ともに能力開発に積極的であり、「特にない」と答えた人は17%台である。具体的な内容をみると、「転職したい人」の方が「能力を高めたい人」よりもいずれの能力についても男女とも高い。

 全般的に仕事を通じて能力を高めたいと思っている人はそうでない人よりも能力開発意識が高いが、それ以上に、転職という目的意識をもってキャリアアップを考えている人の方が、漠然と能力を高めたいという人よりも、身につけたい能力をさらに具体的に考えていることがわかる。

働く人々の転職意向と能力開発意欲
(画像=第一生命経済研究所)

4.転職しやすい社会となるために

(1)転職の壁
 以上の結果から、キャリアアップのために転職しようとしている人は、専門性、語学力、人脈などを伸ばすことを意識して働いている人が多いことがわかった。転職が人々の能力開発のモチベーションとなるならば、魅力ある仕事に移りやすい社会に変えていくことによって、能力開発意欲の高い労働者が増えることが期待できる。しかしながら現状、転職市場はあまり活発でない状況が続いている。

 その背景となる一つの意識として「一度仕事を辞めると、自分の望むような再就職は難しい」というものがある。働いている人全体で、そのように思っている人(「そう思う」と「どちらかといえばそう思う」の合計)は、男性67.0%、女性65.1%であり、男女ともに6割以上が再就職の難しさを感じている(図表8【性・年代別】)。特に男女ともに年代が上がるほど回答割合も高くなり、40代、50代では約7割を占めている。再就職の難しさを多くの人が感じていることが、転職の一つの壁になっているものと思われる*2。

 ちなみに、転職をしたことがある人とない人の間で「一度仕事を辞めると、自分の望むような再就職は難しい」への回答割合の違いをみると、転職経験ありの人は65.3%であるのに対し、転職経験なしの人は68.1%であり、転職したことがない人の方が難しさを感じている人が若干多い(図表8【転職経験の有無・年代別】)。転職を経験したことがある人も全体の6割以上が再就職は難しいと答えているものの、一度でも転職をすると精神的なハードルが低くなるのか、転職経験がない人に比べ全年代を通じ、再就職の難しさを感じる人が少なくなっている。

働く人々の転職意向と能力開発意欲
(画像=第一生命経済研究所)

(2)転職がしやすくなるために
 また、転職があまり活発でないのは、上記のような一度仕事を辞めると再就職しにくいという働く人々の意識のみでなく、転職者を採用する企業側の事情も関連していると思われる。事業の拡大や年齢構成のバランスの是正など、企業によって中途採用の理由は様々であるが、単に離職者の補充のみならず、職種によっては実績や能力、資格を重視するなど即戦力を期待して採用条件を絞り込んでいる企業も多い。そのため求職者と企業との間にミスマッチがあり、転職しにくい状況が発生している可能性もある。こうしたミスマッチの解消のためには、より多くの求人情報が求職者に提供され、その中から求職者が自分のキャリアに応じて最適な仕事を選択できるようなサービスを誰でも気軽に利用できる転職支援の環境整備が求められている。最近では、新卒就職時のみでなく転職にあたっても、SNSの交流サイトを活用して必要な情報を収集する動きも広がりつつある。ハローワークや民間の人材紹介における求人情報の提供機能の拡充など、様々な転職支援サービスの展開に期待したい。

 さらに、わが国は終身雇用を前提として、長く勤めるほど有利な賃金体系や退職金制度が普及しており、長期勤続をするほうが経済的に有利な仕組みとなっている。労働移動を促進し、転職しやすい社会に移行するためには、転職しても不利益にならない制度に変えていくことが必要である。

 このような企業や行政などによる労働移動の促進に向けての対策も重要であるが、働く一人ひとりが自らのキャリア形成を考え、必要な知識や技能を身につける努力も求められる。人々が魅力ある仕事に就きやすくなり、自分の能力を最大限に発揮して前向きに働けるようになれば、労働生産性も高まり、わが国の経済発展にも寄与することが見込まれる。こうした社会の実現のためにも、個人の職業能力開発の向上と、社会全体で人材の最適配置が可能となるような環境整備が必要である。

【注釈】
*1 「ライフデザイン白書」調査(調査名:今後の生活に関するアンケート調査)は、2017年1月、全国の満18歳~69歳の男女個人を対象にインターネット調査により、当研究所が実施したものである。サンプルの抽出は調査機関(株式会社マクロミル)の登録モニターから国勢調査に準拠して地域(10エリア)×性・年代×未既婚別に割付を行った。有効回答数は17,462サンプル。分析対象者の就業形態は以下の通りである。

働く人々の転職意向と能力開発意欲
(画像=第一生命経済研究所)

2 ただし60代になると再就職の難しさを感じている人の割合が低下している。その要因の一つは就業形態の分布が関連していると思われる。50代以前に比べ60代は正社員が少なく、アルバイト・パートなどの非正社員や自営業・自由業が多い(注釈1の就業形態)。非正社員や自営業・自由業の人々は再就職の難しさを感じている人が相対的に少ない(図表省略)ため、そのような就業形態の人が多い60代では回答割合が低くなっていると思われる。(提供:第一生命経済研究所

上席主任研究員 的場 康子
(研究開発室 まとばやすこ)