要旨

● 今年10月の株価下落は、アベノミクス以降では、イギリスのEU離脱があった2016年6月に次ぐ落ち込みとなり、上昇基調にあった1年前の株価と真逆の動きとなっている。米国の長期金利上昇と中国・欧州経済を発端とした景気の変調観測が大きく影響している可能性がある。

● 経済成長率と鉱工業生産の関係に基づけば、今年7-9月期以降の経済成長率が2期連続でマイナス成長となる可能性も出てきた。

● 政府が景気の転換点を決定する際に用いるヒストリカルDIを推定すると、一致指数を構成する9系列の中で、2018年5月までにピークと認定される可能性がある指標が7系列になる。景気の山をつけるには、一致指数を構成する9系列のうち過半数の5系列がピークをつけることが条件となる。従って、今後の系列の動向次第では、日本経済は2018年4-6月期が景気の山となり、今年の夏から景気後退局面入りとなる可能性がある。

● 今後の景気動向に関しては、米国金利上昇や米中貿易摩擦が激化すれば、年明け以降も悪化が深刻化する可能性もある。その時期は奇しくも統一地方選挙や参議院選挙を控える中で、消費税率引き上げの最終判断と重なる可能性がある。自然災害の影響も合わせて、今後の景気動向次第では消費税率引き上げを先送りする理由になる可能性もあろう。

ブレグジットに匹敵する株価下落

 足元の経済動向について、筆者は非常に危機感を抱いている。背景には、先月の株価の下落速度がアベノミクス以降で見ると非常に大きかったことがある。

 実際2012年12月のアベノミクス始動以降の日経平均株価の月間下落率を大きい順に並べると、最大の下落幅を記録したのがイギリス国民投票で予想外のEU離脱が決まった2016年6月であり、実にその次が2018年10月の株価下落である。つまり、2016年2月のチャイナショック第二弾、2015年8月のチャイナショック第一弾を上回る非常に大きな株価調整が起こったことがわかる。

2期連続マイナス成長の可能性

 こうした状況は、既に実体経済にも影響が出ている。事実、街角景気指数とされる景気ウォッチャー調査を見ると、現状判断DIが今年1月から9か月連続で好不調の分かれ目となる50割れとなっている。つまり、10月の株価下落前に既に9か月連続50割れしてるということは、株価が下落した2018年10月も50割れを続けていることが推察される。

景気後退瀬戸際の日本経済
(画像=第一生命経済研究所)
景気後退瀬戸際の日本経済
(画像=第一生命経済研究所)

 また、経済成長率が鉱工業生産の変化率と関係が深いことから見れば、日本経済は2018年7-9月から2期連続でマイナス成長になる可能性も出てきた。実際、2018年10月分の生産予測指数の経産省試算値と同11月分の生産予測指数を基に、2018年10-12月期の前期比を械的に計算すると、2018年7-9月期の前年比▲1.6%に続いて前期比▲0.2%と2期連続マイナスになると試算される。この結果に基づけば、既に7-9月期にマイナス成長となる可能性が高まっている経済成長率が10-12月期もマイナスになる可能性もあり、非常に厳しい状況といえる。

景気後退瀬戸際の日本経済
(画像=第一生命経済研究所)

景気後退の判断はこれから盛り上がる

 一般的に、景気がピークアウトしたことを簡便的に判断するには経済成長率が2期連続でマイナスになったか、もしくは景気動向指数の一致CIや鉱工業生産がピークアウトしたか、等により判断される。こうした中、過去の景気回復局面と比較すると、このまま景気後退が認定されなければ、2018年12月には戦後最長の景気拡大期間となる73か月を更新することになる。

 一方、景気の現状を示す代表的な指標とされる一致CI・鉱工業生産指数とも昨年12月をピークに低下基調にあることからすると、今後もこの環境が続けば、景気後退時期に関する論議が盛り上がることになろう。ただ、そもそもこうした判断はあくまで目安にすぎず、経済成長率や鉱工業生産、一致CI等の動向を見ているだけでは、景気の正確な転換点は決められない。

 そこで以下は、実際に政府が景気の転換点を判断する際に用いる手法を簡便的に再現することにより、いわゆる「景気の山」が事後的に判定される可能性があるかについて検討しみる。

景気後退瀬戸際の日本経済
(画像=第一生命経済研究所)

2018 年4-6月期が景気の山となる可能性

 正確な景気の山谷は、政府の景気動向指数研究会によって、ヒストリカルDI(以下HDI)を計算して決められる。HDI はDI の一致指数として採用されている9 系列の山谷を決定し、景気拡張期は+、後退期は-に変換して新たにDI を作り直すことにより求められる。そして、HDI が50%を切る直前の月が景気の転換点となる。

 なお、各指標の山谷は、全米経済研究所(NBER)が開発したブライ・ボッシャン法という手法を用いて設定される。この手法では、3種類の移動平均をかけたデータについて検討を行い、①山やその後のデータの値より高いこと(谷はその逆)、②山や谷が系列の終了時点から6か月以上離れていること、③山と山、谷と谷が15 か月以上離れていること、④山と谷が5 か月以上離れていること、等の条件を考慮して山谷が確定される。このため、実際の景気の山・谷は、発生してからかなりの期間をおいて十分なデータが得られたところで決定されることになっている。

 そこで、今回の局面について簡便的にHDI を推定してみた。ただ、一致系列の4/9を占める鉱工業指数関連のデータが今月基準改定を控えており、データにかなりぶれが生じやすくなっている。このため、今回はブライ・ボッシャン法の移動平均の一つにも採用されている3か月移動平均値も用いて考慮した。

景気後退瀬戸際の日本経済
(画像=第一生命経済研究所)

 一致指数を構成する9の系列を見ると、今後のデータ次第ではあるが、営業利益と有効求人倍率以外の7系列が2018年5月までに山をつけたと事後報告に判断される可能性がある。このため、この7系列のうち5系列以上が2018年4-6月期にピークアウトしたと判断されれば、9系列中過半の5系列以上が山をつけることになる。こうなれば、日本経済はHDIが50を下回る可能性のある2018年4-6月期が景気の山となり、翌7-9月期から景気後退局面入りと機械的に判断される可能性がある。

景況感の観点からは気後退認定微妙

 ただ、 政府の公式な景気動向指数研究会で景気の山谷を設定するに当っては、HDIの試算に加えて、①転換点を通過後、経済活動の拡大(収縮)が殆どの経済部門に波及 ・浸透しているか(波及度)、②経済活動の拡大(収縮)の程度(量的な変化)、③景気拡張(後退)の期間について検討する。併せて、念のため、参考指標の動向が整合的であるかどうかについても確認する。

 そこで、これらについても具体的に見てみると、波及度については依然として営業利益と有効求人倍率が拡大及び上昇を続けている。また量的な変化については、一致CIが2017年12月の直近ピークから2018年7月の直近ボトムまで▲2.4%程度の低下にとどまっている。また、参考指標の動向として日銀短観の業況判断DIを見ると、全規模全産業ベースで現状判断DIは2018年6月調査以降2期連続で低下しているが、まだ水準はプラスを維持している。

 したがって、これらの指標の動向を勘案すれば機械的に判定したHDIが50%を下回っても、景気の波及度や量的な変化といった観点からとらえると、2014年4月~ 2016年2月までHDIが50%を割ったのに景気後退と認定されなかったこともあり、今回も景気後退局面入りと最終的に判断されるかは微妙な状況と判断できよう。ちなみに、今後の景気が更に悪化し、2018年4-6月期が景気の山となれば、今回の景気拡大局面は60か月台半ばとなり、戦後最長の景気回復73か月は更新できないことになる。

 なお 、足元の景気動向に関しては、自然災害に伴う一時的な悪化と判断するときもあるが、今後の景気動向を見通す上では、米国の金利上昇や保護主義の悪影響といった押し下げリスクが潜んでいることには注意が必要であろう。

 特に、米国の金利上昇関しては、このままいけば来年前半中にもFFレートが中立金利を上回る可能性があり、米経済や新興国経済の足を引っ張るとみられる。また、米中貿易摩擦についても、年内に米中の歩み寄りがなければ、年明け以降は追加関税の幅が引き上げられることになっている。従って、国内の自然災害の影響も合わせて、今後の海外経済の動向次第で日本経済の景気後退局面入りの可能性が高まれば、来年10月に控える消費税率引き上げを先送りする理由になる可能性もあろう。消費増税の行方を見る上でも今後の景気動向からは目が離せない。(提供:第一生命経済研究所

景気後退瀬戸際の日本経済
(画像=第一生命経済研究所)
景気後退瀬戸際の日本経済
(画像=第一生命経済研究所)

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣