G20 サミットでの米中首脳会談では、2019 年1 月から予定された追加関税を4月まで90 日間延期することが決まった。中間選挙後に、トランプ大統領の姿勢が軟化すると期待していた人には予想通りとなった。これで米経済のリスクは少し遠のいた。FRBも利上げ停止の方針を打ち出していて、トランプ減税が一巡する2019 年の米景気には大きなプラスとなる。

米中
(画像=PIXTA)

(提供:第一生命経済研究所

中国への譲歩

 12 月1 日に、アルゼンチンでG20 サミットが開催され、そこで米中首脳会談が行われた。トランプ大統領は、2019 年1 月から2,000 億ドルの輸入額に対して、10%の追加関税を25%へとさらに拡大する予定だった計画を、4月まで延期することを決めた。米中は新しく協議を始めて、その協議中は25%の追加関税を先送りするという。追加関税の延期を受けた中国は、①技術移転の強要、②知的財産権の保護、③サイバー攻撃の停止、④サービス・農業の市場開放、⑤非関税障壁への対応策を示さなくてはいけない。4月までの時間的猶予はごく短いものだから、先行きのリスクが解消したとは言えないが、注目されるのはトランプ大統領が追加関税に対して初めて中国に譲歩したという点である。

 この変化を理解するために経緯を振り返っておこう。11 月6 日は、米中間選挙があり、その手前ではトランプ大統領が中国への強硬姿勢を強めた。7~8月に500 億ドル、9月から2,000 億ドルの中国輸入に追加関税をかけた。計画ではこれに2019 年1 月から2,000 億ドルに25%の追加関税、残る2,670 億ドルへの追加関税も示唆している。中国筋からは、4月までの延期以外に、既存の追加関税も撤廃することも協議に含まれるとされている。

2019 年に向けた好材料

 トランプ大統領が中国に対して課そうとしている追加関税は、それと同時に中国側の報復を伴うものである。つまり、追加関税のダメージはダブルで効く。9 月24 日の2,000 億ドルに課された10%の追加関税に対して中国は同額の報復ができなかった。中国が米国から輸入している金額は、2017 年1,299 億ドルしかなく、もはや同額の報復が出来なくなったからだ。

 米国は、対中貿易赤字3,752 億ドルを2020 年までに少なくとも2,000 億ドルほど減らすことを要求している。中国がごく短期間に輸入額を2.5 倍に増やすことは不可能であり、どこかでトランプ大統領が折れるしか選択の余地はない。従って、いくら米中が協議をしてもなかなか出口は見えない。また、中国の計画する「中国製造2025」を中断することも実施できそうにない。

 もっとも、追加関税の延期は、小さな変化ではあるが、中間選挙後の軌道修正の始まりとして評価することはできる。中間選挙が終わると、トランプ大統領の目は2020 年秋の次期大統領選挙に向く。今回は、中間選挙前のアピールを撤回して、長期戦で臨むようになったことの表われである。トランプ大統領は、どこかに落とし所を探っているのである。

 もしも、2019 年以降の追加関税がなしになると、米国経済への恩恵も大きい。まず、物価への上昇圧力が弱まる。すでに、FRBは利上げが中立金利に近づいているとして、2019 年中の利上げ打ち止 めの方針を示している。米経済は、7-9月の実質GDPが年率3.5%成長、4-6月は4.2%成長だった。この数字だけみると、絶好調と言ってよい。体温が高いうちに、米中貿易戦争が終われば、この絶好調を保てる。早ければ、2019 年の前半のどこかでトランプ減税の押上げ効果が一巡するだろう。今後、トランプ大統領は、政策支援を延長するために、中間層向けの所得税減税やインフラ投資に動かざるを得ない。財政悪化が進んでいるだけに、追加対策の余地は厳しい。だからこそ米経済の成長維持に逆噴射する追加関税を止めたことは評価できる。

日本にとっての意味

 中国向けの関税率引き上げが、2019 年1 月から4月に持ち越されるに過ぎないが、この3ヶ月の価値は大きい。なぜならば、2018 年末にTPPが発効し、2019 年2 月には日欧EPAが発効する。これは、米国にとって不利になる出来事だ。一方、日本は日米TAG交渉を早期にまとめるプレッシャーをつくる。

 今回のアルゼンチンのG20 の次は、大阪で6月にG20 が開かれる。議長国は日本になる。声明文をとりまとめる役割は、安倍首相となり、そこで保護主義に反対する各国の声を集約するチャンスが訪れる。

 もちろん、4月に追加関税が実施される可能性はある。その場合は、米国は残る2,670 億ドルへの関税を脅しに使って、中国にさらなる要求を行うことが予想される。米中間での2国間協議が中心となり、米国主導のユニラテラリズムがペースを握る構図は続く。

 しかし、米国にも自動車大手のリストラのように、保護主義のダメージが跳ね返ってきている。トランプ大統領は自覚しないだろうが、今後2019 年は様々に保護主義への反発が力を集めるだろうし、米企業からの批判も強まるに違いない。日本は、トランプ大統領に対抗したいと思っている国々の願いを求心力にして、新しい国際連携を組むチャンスでもある。皮肉なことに、従来、日本がそうした活動をすると、常に米国がそれを潰しにかかってきた。今回はそれがない。

 また、ロシア、中国、欧州との間では連携がしやすいという動機が未だかつてなく高まっていて、安倍首相は各国首脳の中でキャリアが長いという利点を活かしてリーダー役にもなれる。トランプ大統領にしても、2019 年は選挙を目前にした年ではない点で、対立する相手と妥協しやすい環境とも言える。

 日本は6月の次のサミットに向けて、新しい連携を考えて、トランプ大統領に対抗する包囲線を強化することが期待される。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生