要旨
●毎月勤労統計の不適切調査問題は、①500 人以上事業所については全数調査とされていたにもかかわらず、そのルールが無視される形で東京都では抽出調査となっていたこと、②(適正な手続きを行わずに)一部で抽出調査に変更していたにもかかわらず、抽出調査を行う際に必要となる処理(復元)が行われていなかったこと、③18 年1月以降のみ復元処理を行うことにした結果、数値の連続性が失われてしまったこと、またそのことについてアナウンスがなかったこと、の3つに整理できる。①は手続きについての不正、②は数値処理の誤り、③は不適切な数値処理と情報提供の不備である。
●今回の不適切調査による影響は、1.毎月勤労統計の遡及改訂、2.失業保険等による過少給付、3.GDP統計等の改定、4.日本の経済統計への信頼性毀損、などに及んでいる。国民生活への影響としては2が最も大きいが、エコノミストの視点では4の問題が大きい。そもそも経済統計が正しく調査されていなければ正確な景気判断は不可能であり、このことは経済政策立案の上でも大きな問題である。毎月勤労統計のみならず、他の経済統計への疑念を抱かせる点も問題だ。海外の投資家から、日本の統計は信用できないと思われてしまう可能性もある。
毎月勤労統計において不適切調査が長年行われてきたことが大きな問題となっているが、この件については、異なる問題が混在しているため話が分かりにくくなっている。本稿では、厚生労働省のプレスリリース等をもとに問題の整理を試みた。
今回の問題は大きく3つに分けられる。すなわち、①500 人以上事業所については全数調査とされていたにもかかわらず、そのルールが無視される形で東京都では抽出調査となっていたこと、②(適正な手続きを行わずに)一部で抽出調査に変更していたにもかかわらず、抽出調査を行う際に必要となる処理(復元)が行われていなかったこと、③18 年1月以降のみ復元処理を行うことにした結果、数値の連続性が失われてしまったこと、またそのことについてアナウンスがなかったこと、である。ざっくり言うと、①は手続きについての不正、②は数値処理の誤り、③は不適切な数値処理と情報提供の不備、となる。以下、順に説明していこう。
① 500人以上事業所については全数調査とされていたにもかかわらず、そのルールが無視される形で東京都では抽出調査となっていたこと
毎月勤労統計では500人以上規模の事業所については全数調査(抽出率1/1)を行う決まりであったにもかかわらず、2004年以降は東京都について全数調査を行っていなかったことが判明している。具体的には、東京都で本来調査されるべき500人以上規模事業所は1464だったものが、実際には約3分の1である491事業所しか調査対象事業所となっていなかった(18年10月分)。本来、調査の方法を変更する場合には総務省に対して申請を行い、その変更が適切かどうかが検討される必要があるにもかかわらず、厚生労働省のみの判断で変更が行われていたようだ。動機については今後の調査報告を待つことになるが、おそらく、①500人以上規模事業所の多い東京都で全数調査を行うことによる調査負担が重かったこと、②もともとの事業所数が多いことから、調査事業所を減らしても統計精度は保てると考えたこと、が背景にあるのだろう。
調査コストの問題や統計精度確保の点については、確かに理解できないこともない。だが、仮にそうした問題が存在するのであれば、正規の手続きを踏んで調査方法の変更を要望すべきだ。調査を変更したいからといって、現場の判断で勝手に変更することは断じて許されることではない。これがまかり通ってしまえば、すべての経済統計においてルール通りの調査が行われていない可能性が出てくることになる。これでは統計の信頼性も何もあったものではないだろう。
なお、こちらはあまり報道されていないが、調査事業所数についてはもう一つ問題があったようだ。毎月勤労統計の調査対象事業所数は公表資料によると約33,000事業所なのだが、東京都の問題が始まるより前の1996年から、実際には約1割少ない30,000事業所程度に減らされていたとのことである。こちらも正規の手続きを経ない変更にあたるが、理由や経緯については不明で現在調査中とのことである。
② (適正な手続きを行わずに)一部で抽出調査に変更していたにもかかわらず、抽出調査を行う際に必要となる処理(復元)が行われていなかったこと
次は数値処理の誤りについての問題である。先に説明した①がそもそも不適切なのだが、不適切なら不適切なりに行うべき数値処理というものが存在した。それが「抽出調査における復元」であり、②はこれを怠ったことによって数字に歪みが生じてしまったという問題である。
全数調査であれば平均給与の計算は単純である。調査を行った事業所の合計支払額を総労働者数で割ることで、一人当たりの平均給与が計算可能だ。だが、抽出調査であれば、計算に際して復元処理が必要になる。具体的には、調査した事業所の合計支払額に抽出率の逆数を乗じるという処理を行う。要するに、全数の3分の1しか調査していないのであれば、調査した事業所における合計支払額を3倍するということであり、これにより抽出調査の結果と全数調査の結果が比較可能になる。
だが、2004年から東京都における抽出調査が始まったにもかかわらず、厚生労働省は復元処理を行っていなかった。単純に忘れていたとしか思えず、俄かには信じ難いミスである。
するとどうなるか。東京都以外の500人以上規模事業所は全数調査であり、調査事業所の合計支払額が算出できる。一方、東京都は抽出調査(抽出率は約3分の1)に(勝手に)変えているのだから、本来は調査事業所の合計支払額に3を乗じる必要があったのだが、これを行うことを忘れ、そのまま合計してしまったようだ。東京都分の合計支払額が本来あるべき姿に比べて3分の1になっているため、東京都のウェイトはその分低下することになる。大規模事業所が多い東京都は平均給与が他県に比べて大幅に高いことから、このウェイト低下に伴って全体の平均給与が実態対比で下振れて計算されるという理屈である。
加えて、東京都における「499人以下規模の事業所」等についても、2009年から2017年までについて、一部で異なる抽出率の復元が行われない集計となっていたとのことである。これも同じ理屈で東京都のウェイト低下に繋がる。
小難しく聞こえるが、要するに「掛け算するのを忘れた」ということで、これらの結果、2004年以降の平均給与水準が低く算出されることになった。
③ 18年1月以降のみ復元処理を行うことにした結果、数値の連続性が失われてしまったこと。またそのことについてアナウンスがなかったこと
②のミスは長年放置されていたが、18年1月調査分から復元処理が行われることになった。本来あるべき姿と比べて小さなウェイトとなっていた東京都分について補正を行うことで、実態に近づけることを意図していたようだ。ここで問題なのは、18年1月以降のみ復元を行い、それ以前については処理を行わなかったことである。復元するのであれば、①、②の誤りを認めた上で過去分も同時に修正するのが当然であるにもかかわらず、復元は18年1月以降に限られた。17年12月以前は実態対比で低いまま、18年1月以降のみ復元となれば、18年1月から12月までの前年比は実態と比べて高く算出されてしまう。17年12月を境に数値の連続性が断たれているため、前年比では別のものを比較していることになるわけだ。
加えて問題なのは、この処理を始めたことについてアナウンスが無かったことである。処理方法を変えたのであれば、当然そのことについて発表する義務がある。また、18年1月以降のみの復元処理によって数値に断層が生じているのであれば、それについても説明するのが当然だ。そうでなければ、復元を行ったことによる断層を実態としての賃金上昇と誤認してしまう。これは極めて大きな問題だろう。
なお、毎月勤労統計は、今回の騒動以前にも問題を抱えていた。18年1月調査以降、賃金の伸びが不自然に高まっており、これが実態を表していないのではないかという議論である。これまで厚生労働省は、この不自然な賃金の伸びについては、18年1月に実施された調査方法変更の影響が大きいと説明してきた。具体的には、サンプル入れ替え方法の変更とサンプルを加重平均する際のウエイト更新によって断層が生じているとのことだった。そのため、この影響を受けない「共通事業所」の結果を参照することが望ましいという説明が行われ、エコノミストもその説明を素直に信じていた。
実際、調査方法の変更による影響が大きかったものと思われる。だが、今回判明したのは、18年1月以降の見かけ上の賃金上昇には、調査方法変更だけでなく、「18年1月以降のみ復元処理を行うことにした」ことの影響も含まれていたということである。厚生労働省は、このことについて認識していたはずであるにもかかわらず、説明に際しては復元処理の件を無視していた。不誠実な対応と言わざるを得ない。
今回の不適切調査による影響
今回の不適切調査による影響は多岐にわたる。大きなところだけでも、1.毎月勤労統計の遡及改定、2.失業保険等の過少給付、3.GDP統計等の改定、4.日本の経済統計への信頼性毀損、といったものが挙げられるだろう。前述の①~③の問題との関係では、1は②、③に、2は②に、3は②、③に、4は①、②、③すべてに対応する。
まず1の毎月勤労統計の遡及改定については、2012年以降の値1について復元処理が行われ、「再集計値」として公表される予定となっている。これにより、2012年以降の賃金水準が上方修正されることになる。伸び率については、幸か不幸か長期間にわたって同じミスが放置されていたため、影響はほとんどないだろう。ただ、2018年1月以降については上昇率が下方修正される可能性が高い。これは、2018年については既に500人以上事業所の復元処理が行われていたため追加の修正は小さい一方、2017年の水準が上方修正されることで、2018年の賃金上昇率が下方修正されるという理屈である。
2の失業保険等による過少給付が、国民生活への影響が最も大きい。毎月勤労統計をもとに雇用保険や労災保険等での給付額が決定されているため、同統計の歪みが過去の雇用保険等の過少給付に繋がるという大問題に発展してしまった。また、そのことが政治的な問題へも飛び火している状況であり、騒動が鎮静化する兆しはまだ見えない。
3については、毎月勤労統計の再集計値の公表に伴って、雇用者報酬や可処分所得等の遡及改定が予定されている。1と同様に、「水準は上方修正」、「17年以前の伸び率は大きな変化なし」、「18年の伸び率はやや下方修正」といった結果になる可能性が高いだろう。ただ、おそらく景気判断に影響を及ぼすほどの修正にはならないと思われる。
4の経済統計への信頼性の毀損は、筆者が個人的に最も問題視していることである。今回発覚した3つの問題、すなわち①ルール違反に対する認識の甘さ、②数値処理についての初歩的な誤り、③不適切なデータ処理及び説明責任の軽視は、どれをとっても非常に大きな問題である。過去の数字を修正する、全数調査に戻す、再発防止策を徹底するといった対応のみで、果たしてこうした状況が是正されるのだろうか。根底には、経済統計作成に対する責任感の欠如があるように見えてしまう。
また、今回の件により、毎月勤労統計以外の日本の経済統計までもが疑念をもたれてしまうことも問題だ。他の統計ではこうした不適切事例はないと信じたいが、実際にこうした問題が発覚した以上、絶対にないとは言い切れないのが辛いところだ。海外の投資家からも、日本の統計は信用できないと思われてしまう可能性もあるだろう。 一度失った信頼を取り戻すことは難しい。日本の経済統計に対する信頼を毀損してしまったことの罪は非常に大きい。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 主席エコノミスト 新家 義貴