政府の一人当たりGNI目標にやや遅れ
安倍政権は、従来のGDPに加えてGNIを成長戦略の重要な指標として位置づけている。
GDP成長率の目標は、もともと自民党政権に戻る前から設定されていた。今後10年間で、平均で名目3パーセント、実質2パーセント程度の成長を実現するということで、これは民主党政権時代から変わっていない。それに加えて安倍政権が出してきたのがGNIである。
そもそも名目3パーセント、実質2パーセントという、この数字をなぜ目指すのかについて、筆者は次のように考えている。アベノミクスの目標は「デフレからの脱却」である。では、どうやって脱却するのかというと、結局、需要を増やす、支出を増やすということである。
日本で活動する企業が儲からないと、当然、家計の収入も増えないし出費も増えない。そこで、企業が儲かるような環境にしようということである。つまり、企業が国内で働きやすい環境をつくるということが、実はアベノミクスの本質的なテーマでもある。
そのために、色々な規制や税制などの障害を取っ払おうというのが、まさにアベノミクスの3本目の矢である成長戦略である。他の先進国と同じような経済ビジネス環境を整えれば、当然、海外の経済が普通に遂げている成長が日本でもできるであろう、ということだと思われる。
三面等価の原則に基づけば、GDPとGDIは金額的には等しくなり、生産面から見たのがGDPで、所得面から見たのがGDIである。そして、このGDPあるいはGDIに「海外純所得」をのせたものがGNI(Gross National Income)となる。
「海外純所得」というのは、日本人が海外で稼いだ所得から、外国人が日本から受け取った所得を差し引いたものである。“Gross National Income ”のNは“National”であるため、「国民総所得」となる。つまり、GDPとGNIの違いは、「国内で生み出された付加価値」と「日本国民が生み出した付加価値」との違いということになる。
そして、このGNIを人口で割ったものが、一人当たりGNIである。GNIはGDPあるいはGDIに海外純所得をのせたものであるため、GDPが増えれば、GNIも基本的に増えることになる。
それとは別に人口動態の予測というデータがあり、人口というのは急激に出生率が変わったりすることは殆どないため、先行きの予測がしやすい。このため、GDPがこういうペースで増えればGNIも同じくらいのペースで増えるだろうと仮定して、そのGNIを人口予測で割ると、アベノミクスが始まった2013年時点では10年後には一人当たりGNIが150万円増えるという話になっていた。
これをグラフに表したものが、下図である。あくまでも「目標」だが、GDPと同じペースで名目GNIが2018年度以降に平均3%で成長すれば、このような右肩上がりのグラフになる。2017年度時点では2012年度に比べて一人当たりGNIが53万円増えているため、2018年以降の名目GNIが平均3%で増えていけば、結果的にアベノミクス始動後10年目となる2022年度の一人当たりGNIが133万円増える、という計算になっている。政府の「一人当たりGNIが150万円増える」という目標にはやや遅れをとっていることになる。
海外純所得が増えても国民の年収が増えるとは限らない
なお、「海外純所得」の内訳には、日本人が海外で働いて得た給料等も当然入ってくるが、海外純所得の中で賃金所得が占める割合というのは微々たるものである。海外純所得高のほんの数%となり、誤差の範囲といってもいい。
実は、その殆どを占めているのは、投資収支である。日本のお金が海外の株に投資されて配当で儲かったり、債券に投資されて利子収入が入ったりする。そこから、外国人が日本に投資をして日本が支払った分を差し引いたものが投資収支となる。そのほか、日本の企業が海外に設立した現地法人からの利益等も入ってくる。経済がグローバル化していることもあり、やはり海外の債券や株などに投資した利子や配当収入が大きくなっている。
このため、近年では、GNIの成長率のほうが、GDIの成長率を上回っている。日本国内よりも海外の経済活動のほうが活発なため、そこからの受け取りが相対的に増えているということである。
ただし、それを受け取っているのは機関投資家であることが多い、というのがポイントである。もちろん海外の金融資産に投資をしている個人投資家も存在するが、やはり機関投資家の部分が大きい。
このため海外純所得が増えたとしても、庶民の収入にはなかなか結びつきにくいということになる。国民総所得が一人当たり150万円増えると言われると、あたかも国民一人ひとりの年収が150万円増えるような感覚になるが、このように説明すると、その違いがわかってくるだろう。
永濱利廣(ながはま としひろ)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト
1995年早稲田大学理工学部卒、2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年4月第一生命入社、1998年4月より日本経済研究センター出向。2000年4月より第一生命経済研究所経済調査部、2016年4月より現職。経済財政諮問会議政策コメンテーター、総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事兼事務局長、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使。