ブロックチェーン
(画像=金融庁)

金融業界で仮想通貨への注目が集まってからもう何年にもなる。今年にはメガバンク各行が独自規格の仮想通貨を発行することを発表している。たとえばみずほ銀行は来たる3月に地銀60行が参画する「Jコイン」を発行するという。また三菱UFJ銀行は数年の開発の末、「MUFGコイン」(今はcoinと改名)を発行予定である

その仮想通貨の基幹技術がブロックチェーンである。そのブロックチェーンは今や世界中で様々な用途で利用されている。たとえば宮崎県に綾町という町がある。同町は化学肥料や農薬を使わないことを定めた条例を1988年に全国で初めて制定し、自然生態系に配慮した農業を続け、町ぐるみで厳しい生産管理をしてきた。そうして生産した有機野菜の品質証明に利用するため、都内企業とブロックチェーンを用いた生産情報の管理実験を2016年から行っているという。

グローバル規模に目線を転じてみれば、多数の仮想通貨が発行されていることに続き、様々な業界がその普及に努めている。綾町の事例と同様に、(1)流通過程の透明化、(2)偽装可能性の低減、を主な目的として特徴的な流通形態を持つ業界が積極的にその導入を図っている。

たとえばダイヤモンド業界である。昨年5月、ダイヤモンド業界最大手であるデ・ビアス社が100粒の高価値ダイヤモンドの流通過程にブロックチェーンを試験的に導入することを公表した。原石採掘からカット部門や研磨部門、そして宝飾店へ納入するという過程に、Tracrと呼ぶプラットフォームで管理することとしたという。そして、このプラットフォームを業界に公開する予定である旨、併せて公開している。

ブロックチェーンを導入する背景には、その高価さゆえにダイヤモンドがテロリストや紛争国の資金源となっているという事情がある。こうしたダイヤモンドはフランス語での名称にちなみ、我が国では紛争ダイヤモンド(Diamants des Conflits)と呼ばれている。たとえばシエラレオネやコートジボワールが紛争ダイヤモンドの生産国として有名である。またコンゴ共和国は国内に採掘産業が存在しないにも拘わらず、永年ダイヤモンドの輸出量が多いため、国連からの制裁対象となっている。

さらには近年話題となった「ダーク・ウェブ」(インターネットを使用するものの、アクセスするために特定のソフトウェア、設定、認証が必要なネットワーク上にあるコンテンツ)でこうしたダイヤモンドが取引されることで全く足取りが付かずにテロリストなどに資金が供給されるという事態が発生しているのだ。

紛争ダイヤモンド対策としては、業界大手や産出国政府、国連などが議論の末、2000年にキンバリー・プロセスという認定プロセスを定めている。しかし、同プロセスはメンバー加入が容易であるという意味で監視体制の不備があったという。これ以外にも人工ダイヤモンドを用いた偽造品が流通していることもあり、デ・ビアス社はブロックチェーンを導入しているのだと考えられる。

他方で、ダイヤモンド業界以外にもブロックチェーンの導入が進んでいるのが、原油業界である。原油業界は、掘削から原油の輸送に始まり、精製し製品別に輸送の上、それぞれの製品が加工・利用されるという非常に長く複雑なサプライ・チェーンとなっている。そこで効率化を図るべくブロックチェーンの導入を各社が進めているのである。

たとえばブロックチェーン導入を進める筆頭であるIBMは、原油業界がブロックチェーンを導入することによる対象領域をこう説明している

 ―資本計画
 ―商取引とサービス提供取引
 ―サプライ・チェーン/パイプライン/ロジスティクス/シッピング/調達
 ―マーケティングとロイヤリティ計画
 ―炭素削減取引
 ―既存ガス・ステーションにおける仮想通貨取引の統合
 ―輸送のプライシング
 ―紛争/決済
 ―分配取引
 ―土地ロイヤリティ
 ―生産シェア
 ―投資家の投票

 またデロイトは導入によるメリットをこう説明している

 (1)取引における透明性の向上とコンプライアンスの強化
 (2)サイバー攻撃に対するセキュリティの確保
 (3)ボリュームの少ない取引や第三者との取引へ対応しやすくなる
 (4)スマート・コントラクトの利用による効率性の向上

こうしたIT側からの推進もあり、BPやシェルといったいわゆる石油メジャーは既にブロックチェーン上での原油取引を開始しているのだ。

意外なところとしては国連(UN)が導入を図っている。このようにブロックチェーンが様々な箇所で導入されつつある。

このままブロックチェーン導入が進んでいくのだろうか。それに対して「待った」をかけているのが米コンサルティング会社であるマッキンゼーだ。同社はブロックチェーン導入が投資額に見合う程の成果を出していないことを述べている。

マッキンゼーの主張における具体的なポイントのいくつかを述べるとこうなる

●ブロックチェーンはビジネス環境のゲーム・チャンジャーとなり得ると言われている
●しかし、いくつかの疑問点がある:
 ―ブロックチェーンは相対的に不安定で高価、さらに複雑な“赤子のテクノロジー”である
 ―ここ数年、マッキンゼーは銀行といった金融業界へのブロックチェーン導入を支援してきた。その経験から言えば、ブロックチェーンは企業レベルで導入する程ではなく“未成熟な技術”であると言うべきだ
●またセキュリティ上の問題が依然として存在している

(図表 ブロックチェーン・マーケットのライフサイクル・ステージ)

図表1
(画像=McKinsey&Company)

ブロックチェーン自体、特にイーサリアムが用いているスマート・コントラクトはプラットフォームとしての有用性を持っているわけで、それが各企業がブロックチェーンを用いる理由である。

他方で、プラットフォームというのはある意味で囲い込みを行うものであることに注意しなければならない。たとえば企業が独自の購買サイトを有するのは、そこに顧客を囲い込むためであるわけだ。

日本語では「分散台帳」と呼ばれるブロックチェーンであるが、その文字通り、逆にグローバルなネットワークを“分散”させているのが実態であるということである。実際に、このブロックチェーンを用いる仮想通貨自体においても、昨年以来、ステーブルコインが流行している。ステーブルコインとは別の資産にその価値を紐づけたものだ。たとえば米ドルに価値を紐づけることで、仮想通貨の欠点であるボラティリティーの大きさを緩和するというものである。

しかし、元来、仮想通貨が導入されたのは既存の中央銀行が発行する通貨システムへの対抗という触れ込みで導入されたはずで、この意味ではより自由な通貨利用が保障されているかのようだった。

すなわち、ブロックチェーン導入の結果、グローバル規模で経済の分断化が図られつつあるというのが卑見である。ただし分断といいつつも孤立する訳ではなく、これまでの「グローバル化による単一マーケット」が複数に分裂し、まるで浸透膜が通過させる分子を選別するかのように、中小規模のマーケットが多数存在し、それが緩やかにつながるマーケットの生成に寄与しているということだ。

マッキンゼーの主張で筆者が気になるのが、企業規模のレベルにブロックチェーンが即していないというものである。これは逆に言えば、中小企業におけるブロックチェーン導入が有用である可能性を示唆する。これもまた、上述した卑見をサポートするものである。

実は今、一般には“喧伝”されていない新たな人類社会での危機が生じつつある(それに関する詳細は弊研究所が19日(土)に公表した中期予測分析シナリオを参照されたい)。ブロックチェーンがその中で何をもたらすのか、引き続き注意していきたい。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。