画像1
(画像=根津の老舗居酒屋『車屋』で腕をふるう柳井一成さん(右))

下町の情緒漂う、根津の街。この街で40年以上も愛されている店が『車屋(くるまや)』だ。地元民はもちろん、北は北海道、南は沖縄から日々たくさんの人々が訪れる理由の一つが、ここで提供される「鯖の一本ずし」。他の鯖寿司とは一体何が違うのか? 看板メニューの開発秘話に迫った。

1日限定20食。「売切れ」になる日も

根津駅から歩いて3分程、一本入った路地に『車屋』はある。和食の鉄人・道場六三郎氏のもとで修行を積んだ柳井一成さんの料理を、手ごろな価格で楽しめるのがこの店の大きな魅力だ。

『車屋』で提供されるメニューは200種類を超える。お客さんが飽きないように、そして全部味わって見たくなるようなメニュー構成にしているのだとか。その中でも、ひときわ人気が高く、客のほぼ全員が注文するのが「鯖の一本ずし」(1,000円)だ。

画像2
(画像=売切れ必須の看板メニュー「鯖の一本ずし」。一見、量が多いが不思議と重く感じず箸がすすむ)

目指したのは、お酒と一緒にパクパク食べられる鯖寿司

「もともとお刺し身で提供していた鯖が余ってしまうことがあり、なにか別の料理を提供できればと考えたのがきっかけです。シメにもなる棒寿司なら、お客さんも注文しやすいのではないかと考えたんです」

そう語るのは料理長の柳井さん。幼少期を根津で過ごし、その後は銀座の有名店で料理長として腕をふるい、40歳になる頃『車屋』の店長から声がかかり、現在に至る。『車屋』には、「鯖の一本ずし」以外にも、人気メニューがたくさんある。しかし、この柳井さんが作る「鯖の一本ずし」が看板メニューと言われるのは、それを食べた客のほとんどが驚き、再度お店を訪れるからだという。

「居酒屋ということもあり、“お酒と一緒にパクパク食べられる一本寿司”を目指しました。ポイントとしては、食べたときに重く感じないこと。鯖とごはんの比率、巻いた時の空気の入り具合にも気を配り、切った時の大きさも一口で食べやすいようにしています」

画像3
(画像=脂がのった千葉産の鯖を使用)

鯖は生に近い浅〆にして提供される。急速冷凍できる専用の冷蔵庫で24時間冷凍しているため、食中毒などのリスクはない。

「他店の鯖寿司との一番の違いは塩時間(塩をまぶして寝かせる時間)でしょうか。うちは割としっかり塩を効かせるようにしています。そっちのほうがお酒ともよく合うんですよ。逆に鯖に合わせるごはんには、甘めの酢を使用しています」

画像4
(画像=ほんのり大葉がかおるごはん。巻く際に空気を入れることで、食べやすくなる)

ごはんへのこだわりもすごい。甘めの酢を効かせたごはんには、シソの葉、白ごま、ガリを混ぜ、食べた時の香りや味わい、プチプチとした食感を表現。タイミングを見計らってごはんを混ぜ空気を含ませることも忘れない。

「開発にかかった時間は1か月くらいですね。一番大変だったのは、それぞれの加減の調整です。鯖の大きさや、ごはんの比率など、お客さんがお酒と一緒に食べやすいように細かく調整しています。あと、いつ食べても同じ味わいになるように工夫しています。鯖は夏になるとどうしても味が落ちてしまうんです。なので、塩や酢などの割合、〆る時間などを季節や気候に合わせて変え、常に同じ味になるよう心掛けています」

画像5
(画像=『銀座ろくさん亭』などで活躍した料理長・柳井一成さん)

店の雰囲気を楽しみながら味わってほしい

「鯖の一本ずし」の1日の提供数は大体20本。原価率は30%程度だという。客のほとんどが注文するため、早い時間に売り切れること多々あるという。

「“お願いだから持ち帰らせてほしい”という依頼もありました。そう言っていただけるのは大変ありがたいのですが、注文をしてからお作りしていることもあり、お持ち帰りにすると味が落ちてしまうんですよ。私達としては、やはりお店の雰囲気の中で味わっていただきたいですね」

画像6
(画像=美しく磨かれたテーブルや黒い柱が印象的な、田舎風の店内)

『車屋』の店内は、カウンターとテーブル席のシンプルな造りながら、磨き上げられた柱や、田舎風の土壁がいい雰囲気を醸し出している。長年、愛されてきた老舗店が持つ独特の“味”がここにはある。

「やはりこの雰囲気の中で味わってもらうからこそ美味しいんだと感じています。一度は、お持ち帰りを検討したことがありましたが、“今のままで良いんだ”と結局は辞めてしまいました。うちは、“鯖の一本ずしを誰かに食べさせたい”と、再来店してくださる方が多いんです。そうやって、また来店してくださるお客さんが多いのは、いつも同じ味わいの料理を提供し、持ち帰りをしなかったことが大きいからだと考えています」

「良い雰囲気の中で美味しい料理を味わってほしい」。そんな柳井さんの思いが込められた「鯖の一本ずし」は、いつも変わらぬ美味しさと、ここでしか味わえない特別感で客の心をがっちりと掴んでいる。「強いメニューとは、かくあるべき」と教えてくれる、唯一無二のメニューだといえるだろう。

画像7
(画像=大通りから外れた、静かな場所に佇む店。オープンは昭和54年)

『車屋』
住所/東京都文京区根津2-18-2
電話番号/03-3821-2901
営業時間/17:00~24:00
定休日/日曜

執筆者:立岡美佐子

(提供:Foodist Media