安倍政権の骨太の方針、成長戦略旨

6月閣議,骨太の方針,成長戦略
(画像=PIXTA)

例年、6月には「骨太の方針」や「成長戦略」が閣議決定される。図表1は、安倍政権がスタートしてからの骨太の方針と成長戦略のテーマの変遷だ。

6月閣議,骨太の方針,成長戦略
(画像=ニッセイ基礎研究所)

骨太の方針は、主に予算にかかわる政権の財政・経済政策の基本方針を表す。この基本方針は、時々の日本の課題を映し出す鏡であり、その変遷を追うことで日本経済の歩みを振り返ることができる。2013年は「デフレ脱却」に向けて動き出した年である。アベノミクスの3本の矢「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」が放たれ、これまでとは質・量ともに次元の異なる対応が実施された。2014年はデフレ脱却が見え始め、経済の好循環を如何に生むかが課題となった。4月に実施された消費増税で消費が一時的に落ち込む中、需要の安定的な拡大に向けて賃上げが論点となった。2015年は消費再増税が延期された中で策定されて経済の腰折れを防ぐことが最優先される一方、景気回復の果実を地方部まで波及させることもテーマとなった。2016年は経済の回復力に力強さが戻ったことで、より長期的な政策に軸足が移されることとなった。2015年10月に発足した第3次安倍内閣は、デフレ脱却と経済成長を意図してきた従来の矢を「希望を生み出す強い経済」に統合し、新たに「夢を紡ぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」という分配政策を加えて新・3本の矢とした。骨太でもその方針は反映され、新たに「成長と分配の好循環」というキーワードが登場している。2017年は人口減少に伴う人手不足に対応するため、生産性を向上させる人材投資に重点が置かれた。女性や高齢者の労働参加が進み、量から質へと政策の力点が変わってきたと言える。その流れは2018年にも引き継がれ、人材の質を高める幼児教育の無償化や高等教育の無償化を巡って大きな議論となった。

成長戦略は、企業活動を活発にさせる規制緩和や投資減税などの方策をまとめたものであり、日本経済を持続的成長に導く道筋を示すものとされる。2013年に策定された成長戦略も骨太と同じく経済回復に照準を合わせたものであり、「-JAPAN is BACK-」というサブタイトルが付けられた。2014年は「稼ぐ力」を高めるため「ROE」の達成が重視され、2015年は「生産性革命」の本丸として投資が重視された。2016年になるとIoTやビッグデータといった技術的ブレークスルーを活用する「第4次産業革命」への取組みが強化され、2017年には先端技術を社会に還元する「Society 5.0 」の制度設計が進められた。成長戦略の力点は次第に具体化する方向にあり、2018年は行政やインフラ、生活、産業など個別分野でのSociety 5.0実現に向けたロードマップ策定が進んでいる。

今年は選挙が予定され大きな争点はなし

骨太の方針と成長戦略に関する議論は、安倍首相を議長とする「経済財政諮問会議」と「未来投資会議」でそれぞれ進められている。例年通りであれば、6月の中頃には閣議決定される見込みだ。

図表2は、会議体の中で議論が進む項目である。引き続き「デジタル化」と「雇用改革」が主要なテーマになると見られる。

6月閣議,骨太の方針,成長戦略
(画像=ニッセイ基礎研究所)

デジタル化については、競争環境を整備し、先端技術を活用した付加価値の高いサービスの創出を目指す。大阪で開催される今年のG20では、国境を越えた自由なデータ移動を認める「自由なデータ流通圏」の構築に向けたルール整備も提唱する。また、分配面については、世代間や世代内に生じた格差の是正を取上げる。意欲ある高齢者が70歳以上まで働ける環境を整備し、副業・兼業のルールづくりも進めて、個人がより自由で多様な働き方ができる環境を整備していく。さらに、バブル崩壊後の就職難を経験し、不本意ながら非正規として働いている人やひきこもりなどで社会参加が求められる人など「就職氷河期世代」に対する支援も拡大する方針だ。

今回の骨太では、7月に参院議員選挙を控えて、世論や業界団体からの反発が起きかねないような切り込んだ内容はあまり見られない。大胆な改革テーマは避けられている、との印象も受ける。2019年の骨太は、昨年度の方針を引き継いで内容を補足強化するものに留まるのではないだろうか。意見が対立するテーマが乏しい中、最低賃金の引き上げに関する議論は、今後注目が集まりそうだ。

最低賃金の引き上げ

最低賃金の引上げについては、5月14日の経済財政諮問会議で議題にあがり、今年の骨太でどのように扱われるのか注目が集まっている。同会議の資料を見ると、民間議員から「より早期に(労働者数)全国加重平均が(時間額で)1,000 円になることを目指すべき」との意見も出てきている。

日本の最低賃金は、地域別と産業別の2種類が認められている。このうち、世間からより大きな注目を集めるのは、地域別最低賃金である。地域別最低賃金は産業別最低賃金の土台ともなっており、各都道府県に1つずつ設定されている。2018年の地域別最低賃金は、全国加重平均で874円と民間議員の主張する1,000円にはまだ距離が残る。また、地域別には最も高い東京(985円)と最も低い鹿児島(761円)で224円の差が存在し、地域間格差が大きく残った状況でもある。一方、最低賃金の引き上げは、2016年以降3年連続して年3%を超える水準で実施されてもおり、過去と比べれば高い水準にあるとも言える。

今回の論点は、最低賃金の引き上げ幅を更に拡大し、年3%を超える水準にしようというものである。日本経済をマクロな視点で見た場合、労働市場は完全雇用に近く、賃金には上昇圧力が掛かりやすい状況にある。さらに、企業が稼いだ利益のどれだけを労働者に配分しているのかを示す「労働分配率」は、企業収益が過去最高を記録する中、低下傾向にある(図表3)。そのような状況下、分配面の偏りを制度的に是正し得る最低賃金の引上げは、賃金・可処分所得の増加によって消費の拡大につながり、経済の好循環を生む手段となる可能性もある。

6月閣議,骨太の方針,成長戦略
(画像=ニッセイ基礎研究所)

一方で、最低賃金の引上げは労働コストを引き上げるため、企業経営に大きな負担を強いる。引上げペースが早過ぎれば、韓国のように失業者の増加や経済の失速など深刻な問題を引き起こしかねない。特に、経営体力の少ない中小企業には負荷が掛かりやすく、状況が異なるところに一律の引上げがあれば、競争力が大きく損なわれる産業も出てくるかもしれない。最低賃金の引上げ幅の拡大は、経済に悪影響が及ばないように慎重に検討を進める必要がある。

各論で意見対立が生じやすい課題であり、今後、どのような議論になっていくのか注目である。

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矢嶋康次(やじま やすひで)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 研究理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任
鈴木智也(すずき ともや)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 研究員・経済研究部兼任

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