政府は、就職氷河期世代の正規雇用を3年間で30 万人増やす方針を掲げようとしている。これは中年フリーターの待遇を改善して、将来の低所得化を防ごうとする意図がある。しかし、中年フリーターが背負っている不利な条件はそう簡単にははね返せない。一体、何が必要とされるのか。
何が問題なのか
政府は、就職氷河期世代への支援を2019 年の「骨太の方針」に盛り込んだ。ようやく政府も本腰を入れて取り組む時代になったかという思いが筆者にはある。
思い出されるのは2003 年頃だったと思う。この頃は、格差問題が話題になり、当時の小泉純一郎政権が批判されていた。ところが、当時、経済格差にみえるものは高齢化によって所得水準が下がった人が増加したためであるという説明が、経済学者の主流的見解だった。これに対して、筆者は非正規化に伴う勤労者の低所得化が問題の本質だと主張していた。経済学者たちは、今で言うところのエビデンス・ベースの分析をもって「格差は高齢化のせい」だと断言していたと思う。当時、就職氷河期によって、正社員として就職できなかった若者が筆者の周囲には多かったので、これは将来は現在の厳しい状況がもっと深刻化することが肌感覚で直感できた。そして、約15 年間が過ぎて、当時の直感は現実のものとなってきた。
より正確に言えば、年功賃金カーブのエスカレーターに乗れなかった若者フリーターは、現在、中年フリーターになっている。加えて、かつて高賃金を稼いでいた中高年の正社員は、60 歳以降も雇用を継続して、その多くが非正規化している。労働市場における非正規化は範囲が広がり、依然として正社員に入職するパイプは広がっていない。将来、こうした構造が変わらないとすれば、公的年金制度が支給条件を絞っていくと、ますます家計は低所得化していく。
筆者はこの問題を格差問題と呼ぶことを躊躇している。政治的には、格差という言葉を好んで使っているが、これは弱者の怨念を自分たちの求心力に変えたい思惑からである。正しくは、富裕層は増えておらず、皆が低所得化している状態である。だから、これは「家計の低所得化」問題と呼ぶ方がよい。また、今後さらに、社会保障改革の中で現在の年金制度の維持が至上命令だと考えて、年金を実質的に減らしていく改革に筆者は反対である。その理由は、高齢化による低所得化にますます拍車をかけるからだ。
正社員がゴールではない
1993~2004 年頃に学校を卒業して就職難に直面した若者たちは、不本意なまま非正規労働者になった。日本的雇用の下では、卒業後の新卒、1~3年のうちの第二新卒として正社員に採用されなかった場合は、その後、正社員になるのは難しい。
正社員と非正規の賃金格差は、20 歳代から年長になるほどに広がっていく(図表)。20 歳代前半では、1.29 倍だったものが、40 歳代前半には約2倍(1.92 倍)にまで広がっている。非正規の給与は、年功賃金カーブがフラットである。
この賃金格差は、正社員が年齢とともにスキルと生産性を高めるからだ。新卒者が企業内に入ると、厳しく教育されて、様々なスキルを獲得する。その教育には、コミュニケーション能力や仕事の段取りなどを含む。しかも、一般的に有形無形のスキル獲得は若い方が有利とされる。このため、仮に30、40 歳代になって正社員に転換しても、新卒者の同年齢の人達のスキルに追いつくことは容易ではない。
30、40 歳代に移行すると、中途採用に応募して正社員になるためには、別のところで正社員の職歴を積んできた人達と競争して、即戦力としての能力を求められる。30、40 歳代の労働市場は、中途採用市場となり、それまでにスキルを蓄積していない中年フリーターにはますます正社員になるハードルが上がる。これが格差が固定化する原因なのだ。
中年フリーター問題とは、新卒で正社員になれなかった若者たちが、その後、低所得層に固定化されてしまう問題である。そうならないように、正社員を希望する者は、なるべく若いときに雇用形態を転換して、稼得機会を高めていくことである。
しかし、注意しなくてはいけないのは、中年フリーターが正社員に転換すれば十分に目的を果たしたと思い込んではいけないことだ。資格は、正社員になっても、企業から教育機会を与えられなければスキルは向上せず、その後の稼得機会は高まらない。日本の会社では、正社員になったとしても、それは序列の一番後ろの末席に並んだだけで、そこから一段一段と年功賃金を登っていく必要がある。必ずしも正社員になったからすぐに手厚く教育してもらえることにもならない。その不利な待遇に我慢できずに、2~3年間で再び転職を繰り返す人は少なからず居る。
そもそも正社員であっても転職者の場合、新卒者のように社内教育のチャンスが開かれてはいない。年功賃金のエスカレーターに乗って、上位の職位に登っていける人は凄く僅かである。中年フリーターが人生を挽回しようとするときには、昔ながらの日本的雇用システムが分厚い壁になっている。単線的な日本的雇用のキャリアパスを変革し、もっと多様で複線的なキャリア形成と人材登用が求められる。中年フリーター問題を解決する目標は、単に正社員への転換の数値目標のところで満足するのではなく、正社員になって教育機会を得てキャリア形成できるところまで射程を広くとって考えておく必要がある。
年齢差別の悪平等
中年フリーターの正社員転換が困難であることは、中途採用における選抜のところに大きな障害があるからだ。例えば、人材を求める中小企業経営者の元には、ハローワークより多数の求職者からの履歴書が届く。経営者は、100 枚近くある履歴書を見比べて、能力のありそうな人の履歴書を選んで面接する。ほとんどのフリーターの求職者は、履歴書を選ぶ段階で書類審査をパスできない。特に、経営者が注意深く読み込むのは、履歴書のデータの中にある職歴である。有能な人は、別の会社でよいキャリアを踏んで、スキルを身につける機会を得てきた人である。ベテラン経営者は、職歴を調べるだけで求職者の能力に見当をつける。この段階で、中年フリーターは圧倒的に不利に置かれる。能力の代理指標である職歴のところで、新卒採用された人との間に差があるということだ。こうした実務上の選抜のところで、敢えて経営者が中年フリーターを採用するようになるには何が必要なのだろうか。
実は、ここには隠れた悪平等がある。募集・採用時には年齢差別・年齢制限をしてはいけないルールである。中年フリーターの中から機会を与えられていないだけで、本当は有能な人がいるかもしれない。経営者の中には、そうした隠れた人材を採りたいと思っている人がいても不思議ではない。しかし、年齢差別をしないという原則は、逆に中年フリーターが他の年齢層と同列に置かれてしまって、実質的に不利な競争を強いられる結果を招いている。
情報の非対称性の問題
中小企業経営者は、本当は中年フリーターであるかどうかにかかわらず、とにかく有能な人材を求めている。しかし、本当のところ職歴をみただけで誰が有能かはわからない。誰がどれだけ有能かは会ってみて、一緒に働かないとわからないと言う経営者もいる。経営者は、求職者の実力を手間をかけて知ることができないので、どうしても書類審査で職歴をみただけで有能かもしれない人を落としてしまう。これを、情報の非対称性問題という。
中年フリーターの中にも一緒に働いてみると有能であり、その後、教育投資をすれば高い成果を発揮する人は必ず居る。しかし、履歴書にはそのことを区分する明確な材料がない。
この問題に対して、正社員の解雇をもっと柔軟にできるようになれば解決するという論者がいる。解雇権を柔軟に行使できる場合、企業は中年フリーターを正社員として簡単に雇えるようになる。中年フリーターを雇ってみて、有能でなければ解雇するという方法である。この見解には筆者は反対だ。そうした論者が、もしも自分がその立場であれば到底受け容れられないはずだ。情報の非対称性の問題を、解雇をしやすくするという乱暴な方法で解決しようとしてはいけない。
そこで、筆者が対案として考えるのは、無期契約の正社員とは別に、大企業が有期雇用の形態で中年フリーターを雇ってみて、その中で有能な人に限って推薦状を与える方法である。この推薦状は、大企業自身が正社員として雇い入れた人でなくても、「優秀である」という証明になる。すでに、大企業で働いた経験のある契約社員・派遣社員は多いと思うが、その人達の中で「優秀だった」という証明書があれば、その人たちがその後、どこかの企業に正社員として就職するのに有利になる。また、別の企業で就職したときに、その推薦状が自分が教育を受けるときに役立つ可能性もある。
こうした推薦状は、学歴と同じシグナル効果を持つ。有名大学が与えるディグリーではなく、大企業が与える資格のようなものである。中年フリーターは、自分の年齢が何歳であっても推薦状をもらうために有期で一生懸命に働けばよい。そのモチベーションが能力形成にも役立つ。大企業にとっては、中年フリーター問題を改善する社会貢献になる。もちろん、大企業自身が、推薦状を与えた中年フリーターを正社員として雇ってもよい。
すでに、多くの大企業は、学生をインターンシップで受け入れている。その制度を中年フリーターにも広げることで、彼らに就職活動のプレミアム(推薦状)を与えることができるはずだ。もちろん、学生のインターンシップより、フリーター向けの有期雇用の方が求められる能力要件はずっと高いものであってよい。
日本的雇用のもうひとつの弱点
中年フリーターの問題は、非正規として働く彼らにキャリア形成のチャンスが開かれていないことである。この問題は、よく考えると非正規に限った問題ではない。先に、正社員になりさえすれば、企業が自分に教育投資をしてくれる訳ではないことは述べた。これはフリーターから正社員に転換された人に限らず、正社員の中でもそうだ。企業の教育投資から外れた人が多くいる。企業の教育投資の代表例は、社内OJT である。この社内OJT は、20~30 歳代には手厚いが、40 歳代以上は相対的に手薄である。特に、40 歳代になって上位職位への昇進昇格が遅れると、キャリア形成の意欲がガクッと落ちてしまう人は正社員でも少なくない。その人達は、教育の機会も与えられず、高めた能力発揮の場も与えられていない。
つまり、中年フリーター問題は、まさしくこうした日本的雇用の弱点と重なっているのだ。40 歳以上の正社員が、身銭を切ってでも勉強し、そこで得た新しいスキルの発揮を社会で見い出せることが、本当の意味で「開かれた社会」である。筆者は、中年フリーター問題は、日本的雇用の弱点を見直していくときの突破口のひとつだと考える。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生