ベンチャー、スタートアップ経営者必読の書『起業のファイナンス』『起業のエクイティ・ファイナンス』の著者、磯崎哲也氏。ブログ「isologue」も同様に起業家や起業を目指している誰もが読んでいるはずだ。現在はフェムトパートナーズのゼネラルパートナーとして、スタートアップの支援に取り組んでいる磯崎氏に、ここ数年のベンチャーを取り巻く環境の変化や、ベンチャーキャピタルの役割について聞いた。(取材・濱田 優 ZUU online編集長/写真・森口新太郎)

磯崎哲也(いそざき・てつや)
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、長銀総合研究所、ネットイヤーグループ株式会社CFOなどを経て、2001年磯崎哲也事務所を設立、代表就任。以降、カブドットコム証券株式会社社外取締役、株式会社ミクシィ社外監査役、中央大学法科大学院兼任講師などを歴任。現在、フェムトパートナーズ株式会社 ゼネラルパートナー。公認会計士、税理士、システム監査技術者、公認金融監査人(CFSA)。主な著書に『起業のファイナンス』(日本実業出版社)『起業のエクイティ・ファイナンス』(ダイヤモンド社)がある。ブログ「isologue」、メルマガ「週刊isologue」ともに高い人気を誇る。

▼同じ特集の前回の記事はこちら
日本と海外、代表的なVC 投資額・投資先の比較

5年で世界がまったく変わった 今はベンチャーに「行かないほうがおかしい」?

ベンチャーキャピタル, 特集, 磯崎哲也, 起業のファイナンス
(写真=森口新太郎)

――フェムトを立ち上げた2012年頃と比べて、ベンチャーキャピタルやベンチャーキャピタリスト、スタートアップを取り巻く環境について、どういう変化を感じていらっしゃいますか。

この5年ほどでまったく別の世界になったと言っていいでしょう。

2011年にわれわれが新聞記事などを調べたところ、当時は1億円以上のエクイティファイナンスが1年間で5件ぐらいでした。それが2017年は10倍の10億円のファイナンスが、数も10倍の50件くらい見つかりました。スタートアップへの投資全体でも数倍にはなってますが、メガベンチャーを目指しているイケてるベンチャーへ流れ込むお金は100倍くらいになっている。

100倍となると世界がまったく違っています。単にお金がジャブジャブ流れ込むようになっただけでなく、資金ができたことでベンチャーの質も変化してきています。人材の採用も、5年くらい前までは「ベンチャーだから給料は安くなるけど、やりがいあるから来てよ」という誘い方だったのが、今はケチらなくてもいい。「いま800万円もらっているなら、850万円出すから来てよ」と言える。

数年前までは、ベンチャーキャピタルが調達するお金も1回のラウンドで2000~3000万くらいだったのが、今はもう5億、10億、数十億が当たり前になってきていて、ニュースで聞いても驚かなくなっています。採用で100万円ケチる意味がなくなってきているわけです。100万円で、「俺はすごい行きたいんだけど」と熱く語った時に、奥さんが「何、言ってんのよ、生活費どうすんのよ」という、いわゆる“嫁ブロック”もクリアできるわけです。

スタートアップのオフィスもおしゃれになってきてます。旧来型のイケてない企業で働くよりも、かっこいいオフィスで目がキラキラした人と一緒に刺激的な毎日を送れて、しかも給料もそこそこあって、予算も若い者にバーンとつけてくれるという話であれば、「行かないほうがおかしい」という時代になりつつある。

昔なら「大企業に就職できないから、ベンチャーに行くんじゃないの?」という見方をされることも多かったわけですけど、今、一番ベンチャーに熱く注目しているのは本当に感度の高い人たちだし、それこそ外資系投資銀行の人が、「ベンチャーのCFOになるにはどうしたらいいのか」ということを言い出す時代です。

先日も某銀行の方が、スタートアップのイベントで学生さんに「就職先でスタートアップは目指さないんですか」と聞いたそうなんです。昔なら「大企業優先ですよ」と答えるところですが、「スタートアップに行くやつは、学生時代からすごいことやっている優秀なやつだけ。僕みたいに普通に大学生活をやってきたやつは、とても行けるところはありませんよ」ということを言われたそうなんです。

――それは驚きです。ちなみに都銀の方ですか?

ええ。メガバンクでスタートアップ支援をされている方です。あくまで一例かもしれませんが、かつては“下”に見られていたスタートアップを“手が届かないところ”と考える人も出てきている。状況がすごく変わったことを感じさせられるエピソードです。

――スタートアップ、ベンチャーにとっては悪くない状況だと思いますが、どうしてそこまで変わったのでしょうか?

事例が出てきたのが非常に大きいですね。例えば、人工知能で有名な東大の松尾豊先生の研究室からも、卒業生の経営する企業が上場していて、そういう例が一つだけじゃなくなっている。

東大の理系で優秀な人は、かつては新卒で大企業に入って地方の研究所で上司にあれこれ言われながらコツコツやってたりしたわけですが、それより、起業したりスタートアップに入ったりして、バーンと大きなことを、若いうちから責任を持ってできることのほうがいいんじゃないかと考えてもおかしくない。実際、そう考える人が増えていると感じています。

――磯崎さんのところに起業したい若者からの相談は?

来ますね。フェムトも入居しているここは「青山スタートアップアクセラレーションセンター」(ASAC)といって、東京都さんからの委託を受けてデロイト トーマツ ベンチャーサポートさんが運営をしているインキュベーション施設で、アクセラレーションプログラムをやっています。期間は半年ほどで、毎回約10社が対象です。私も各社にメンタリングしたり、セミナーに呼ばれて話したり、質問などがあれば答えたりしています。

――フェムトはここ青山をはじめ、渋谷周辺に拠点を持ったスタートアップの支援に力を入れています。ここ数年でいうと、五反田がアツくなったし、東京のスタートアップ地図でも地殻変動があるようです。

アメリカ・シリコンバレーでも、Twitterの本社があるのはサンフランシスコの中でも治安が悪かったエリアなんですよね。そこを開発して税金安くするからとTwitterを市が誘致したんです。

五反田も東京の中で決してイメージがいい場所ではなかったですが、スタートアップの進出が進みイメージが好転していくと、それまで使われていなかったエリアに進出する企業が増えてくる。不動産開発と同じです。というか、東京圏は好景気で、オフィスビルの空室率は限界まで下がっており、スタートアップのオフィスは全く足りません。大手デベロッパーさんも「増床の希望もあるのですが、全く要望に応えられない状況」とのこと。スタートアップはヤドカリのように、成長するたびにオフィスを変えて拡大していく必要がありますが、都内で次の物件を探そうにも、業者さんから出てくるリストでは、希望のエリアや広さに合致する物件は、ほんの数件しかない状況です。「世界一の大都市圏で、そんなわけないだろ!」と言って、自分でも別の業者さんに当たってみても、やはり空いている物件は同じものしかない。結果として、今までスタートアップのオフィスに使うという発想がなかったようなエリアにも、徐々にスタートアップのオフィスが進出しています。

――日本のスタートアップの状況は大きく変わったと。いまTwitterの例が出ましたが、米国はまだまだ日本の相当先を行っているんでしょうね。

今の日本のスタートアップには年間4000億円くらいのお金が入っています。ここには事業会社のお金も含まれています。10年ほど前はVCの投資額が1000億円切るくらいで、事業会社の投資もそんなに盛んではありませんでした。

このようにすごいスピードで成長してはいるものの、これでも世界にはまだ追いついてなくて、アメリカでは昨年、VCだけで14兆円投資しているんですよね。エンジェルはこれとは別に数兆円規模で投資している。

かたや、日本のエンジェルによる投資額って、おそらくせいぜい数十億円規模だと思います。アメリカのエンジェルの1000分の1ぐらいの規模です。エンジェルはたいてい「元ベンチャー経営者」なので、ベンチャーの大型の「exit」(M&Aや上場)が増えないとエンジェルも増えない。

日本ではまだ、そういう事例もまだあまりないですが、今後、時価総額5000億円、1兆円規模の企業が次々と上場するといった事態になれば、エンジェルの投資資金もさらに増えていくでしょう。

機関投資家の資金がVCに入るようになった

――VC界隈で最近話題になっていることはありますか?