「黒川塾 七十」ダイジェストレポート(前編)

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(画像=日本実業出版社)

去る6月25日、御茶ノ水で行われた「黒川塾 七十」。これは『eスポーツのすべてがわかる本』(弊社刊)の著者である黒川文雄氏が主宰する「エンタテインメント業界に起こるパラダイムシフトについて、各界の有識者をゲストに招き、各々の知見をもとに掘り下げていく」という会である。

今回は上記書籍の発刊記念も兼ねて、

  • カジノ研究者であり、ビジネスとしてのアミューズメント産業に詳しい木曽崇氏
  • 芸能プロダクション・浅井企画でeスポーツ部門「浅井企画ゲーム部」を運営する色摩(しかま)茂雄氏
  • ゲーム業界のマーケティング分析ほか、eスポーツアナリストとして知られている但木一真氏
  • 元朝日放送アナウンサーであり、eスポーツキャスターとして活躍する平岩康佑氏

の4名をゲストに、「『ローカルなゲーム大会』から『産業』へと変貌しつつあるeスポーツの今後」について議論が交わされた。ここでは、その内容をダイジェスト形式で2回にわけてレポートする(文責:日本実業出版社)。

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黒川塾主宰・株式会社ジェミニエンタテインメント代表取締役 黒川文雄氏(画像=日本実業出版社)

中国のeスポーツ事情

今や、eスポーツを語るうえで外すことができない中国。たとえば、中国を本拠地とする世界最大のゲーム企業・テンセントは「League of Legend(通称:LoL)」「王者栄耀(おうしゃえいよう)」などの人気ゲームタイトルそのものだけではなく、昨今のゲーム開発には欠かせない主要エンジンの一つ「Unreal Engine4」を有するEpic Gamesの株式を保有するなど、世界中のゲームシーンと切り離せないものとなっている。

そういった中国のeスポーツ大会の現況について、平岩氏は営業がてら視察してきたときの話を披露。「『明日明後日でどこか空いている大会を見てみよう』といった思い付きの行動ではチケットが絶対にとれないほど人気」という状態を語った。

これは(平岩氏が聞いた現地の人の説明によると)「これはeスポーツファンの人口の多さに起因する現象で、たとえばキャパ1万人の会場に対し何百万人の購入希望者が殺到する。そのため、通常は日本円にして1万円のチケットが、20万円程度にまで高騰するのも珍しくない」とのこと。

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株式会社ODYSSEY 代表取締役社長 平岩康佑氏(画像=日本実業出版社)

そのほかにも、「ビリビリ(bilibili)動画」(中国発の動画配信サイト。18年3月にNASDAQに上場)が主催する大会のチケットを自社(ビリビリ)の社員が押さえることすら不可能という状況や、「王者栄耀」のダウンロード数が3億ほどでアクティブユーザ数が数千万人にのぼること。

そして平岩氏と同業ともいえる中国のeスポーツキャスターの話によると、出演料や配信料の配分等を含めた年棒が日本円にして約5億5千万円、人気キャスターともなると約7億円にのぼるとのこと。そのため平岩氏は「日本とは桁が完全に違う。とてもではないが自分の年収は語れなかった」と、スケールが完全に異なる中国事情を語った。

また、但木氏も中国で聞いたeスポーツキャスターの年収の話をきっかけに、動画配信の視聴者数の状況について調べたエピソードを披露。

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eスポーツアナリスト・但木一真氏(画像=日本実業出版社)

「億レベルの年棒が得られるキャスターがいるのであれば、同接(=同時接続者数)数十万人レベルの配信者がゴロゴロいるのかと思い、ビリビリをはじめとする各種動画配信サイトを調べてみたが、ほとんどが同接数百~数千規模ばかり。正直数字が盛られてるんじゃないかと思った」と語り、後に実際にロシアの民間企業が発表している中国の動画配信の統計データを見ても「眉唾ものという印象が強かった」と語っている。

それを受け、平岩氏も「huya(虎牙直播、中国のゲーム専門配信サイト)の数字をみると同接260万とかがズラッと並んでいたため『これ、本当?』と事情通に確認したところ『本当はその1割程度』と答えられた。ただ、それでも26万とかになり、日本では本田翼さんの動画配信が同接17万で国内トップクラスなのを考えると、盛られているとはいえ、日本とすると比べ物にならない規模なのは間違いないと思う」と、但木氏に応じていた。

また但木氏は「中国国内のゲームに関する関するデータで信ぴょう性のあるものはまだ少なく、国内で中国国内のゲームに関する状況を追っているのは立命館大学の中村彰憲教授ぐらいで、実態調査はまだこれから」と、中国eスポーツ産業の状況を把握する難しさを語った。

日本におけるeスポーツの閉そく感

木曽氏は日本esports促進協会(JEF)の発足式典で発表された話と絡め、国内勢のガラパゴス化と世界の潮流について語った。まずJEFのバックボーンについて「今、世界のeスポーツのトレンドはテンセントを中心とする中国資本によって作られている。JEFもそうした中国資本による要請を受けて設立され、活動している団体で、PCやモバイルを中心としたグローバルタイトルを扱う推進団体」と説明。

そのうえで、国際競技化して日本代表が世界で戦うステージに移行しつつある今のトレンドに反し、国内では依然として(家庭用ゲーム機中心の)日系タイトルが主軸として扱われている状況を指摘。「PCゲームを中心とするグローバルタイトルの日本大会・日本予選の開催要請が海外から来たとき、日本国内のメーカーをバックにもち、国内における独自の公認タイトルの推進を目的とするeSU(日本eスポーツ連合)Jでは対応できない」とコメント。

そして「JEFは現状では不在となっていたグローバルタイトルの大会開催の受け皿となるべくして生まれた団体。家庭用ゲーム機の流れを組むJeSUと対立するものではなく、扱っているモノが違うだけ。住み分けとして異なる団体になるのはしょうがない」と印象を述べた。

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国際カジノ研究所所長・木曽崇氏(画像=日本実業出版社)

黒川氏もJEFに独自取材を行った印象として「JEFが目指しているものは日本市場ではなく『世界にどうやったら日本のプロゲーマーが進出できるのか、世界のプロゲーマーを日本に迎え入れるにはどうすればいいのか』だと感じた。出資元の構成からして若干中国色が強いのは事実だが、いい意味で巨大資本によるメセナ(企業による文化の後援活動)に近いのではないか」と述べ、そのうえで「CESA(コンピュータエンターテインメント協会)の影響力が強いJeSUの活動では埋められない部分を補完するものではないか」と、その存在意義を語った。

その一方、但木氏は「モンスターハンター:ワールド」や「ファイナルファンタジー」の例を引き合いに、日本と世界で流行るゲームに大差はなく、eスポーツタイトルでも「PLAYERUNKNOWN’S BATTLEGROUNDS(PUBG)」や「レインボーシックス シージ」などFPS系に見られるように、流行に大差がない状況を挙げた。

加えて、グローバルなトレンドとは異なる「各国内におけるローカルトレンドの存在」を指摘。「たとえば東南アジアで『Dota』や『鉄拳』が流行ってる地域があるように、それが日本ではモバイルゲームだったというだけであり、ガラパゴス化とは違うのではないか」としたうえで、「『特定のタイトルをeスポーツとして流行らせよう』というトレンドは人為的に作れるものではない。流行りのタイトルは突然発生するものなので、団体としてトレンドに対応していくのは、組織構造がよほど柔軟でない限り難しいだろう」とコメントを述べた。

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「ゲームタイトルのトレンド」について熱いトークが交わされた(画像=日本実業出版社)

芸能界とeスポーツ

芸能プロダクション・浅井企画で「浅井企画ゲーム部」の運営を行っている色摩氏からは、eスポーツと芸能ビジネスの観点から「芸能界ならでは」の話が繰り広げられた。

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浅井企画eスポーツ部門「浅井企画ゲーム部」運営担当・色摩茂雄氏(画像=日本実業出版社)

色摩氏は、平岩氏が冒頭で語った年棒5億円の話と対照的に「『思ったよりお金にならない』というのが実感。イベントやTVに関わるのと同じで、現状はギャラ・出演料で稼ぐしかないが、他事務所からも「マネタイズの道筋が見えていない」という話を聞いている。出演料で稼ごうにも、仕事そのものの絶対量が不足している」という苦労を語った。

ここで黒木氏から「『有吉ぃぃeeeee!』や『いいすぽ!』など、関連番組は増えているのに?」という疑問が出されたが、色摩氏は「『いいすぽ!』は基本的に司会とeスポーツプレイヤーが、『有吉ぃぃeeeee!』もほぼゲストが固定化されているため、不特定多数の『eスポーツ芸人』が入り込む余地が少ない」と回答。

続けて「eスポーツイベントでMCがやれるタレントの絶対数も少ない。たとえば椿彩奈さんが東京ゲームショウのいたる所(=企業ブース)で見られたのもそうした『MCとして指名できるタレント不足』からきている。『浅井企画ゲーム部』もそこに参入のチャンスを見出した」と立ち上げのエピソードを明かした。

しかし、色摩氏は「ゲーム部の立ち上げ時に愕然とした」とし、次のようなエピソードを披露する。

「『ゲームが得意』というタレントのレベルを実際に測ってみると、まさしくピンキリで『自称・ゲーム上手』レベルも少なくない。メーカー側が望む技量や知識レベルに達していないために要望に応えられなかったケースも多く、昨年行われたイベントでもタレント側がコテンパンにやられることもあった(笑)。

ただし、タレント側も数人程度の仲間内での『上手・下手』をもとに自称しているのであって、オンライン対戦などで不特定多数を相手に腕を磨いた結果の『上手い』とはそもそもの立ち位置として異なる」とフォローを入れながらeスポーツタレント育成の難しさを語っていた。

そのうえで「こうした狭いコミュニティでの戦績をもとに『自分が上手い』と思っている人は日本中にたくさん存在し、ゲーム画面を見ただけでプレイヤーの技量を推し量ることができる視聴者はほとんどいないのではないか。『クリアするだけなら簡単、でもハイスコアを狙いだすと難易度が途端に跳ね上がる』タイプのゲームを理解していないライトユーザーも多いため、トッププレーヤーの凄さが伝わっていない現状がある。僕自身も、立ち上げるまでは『自称・ゲーム上手』の多さに気づかなかった」と分析まじりに語っている。

平岩氏も、興行としての側面から生じる“魅せる”要素に絡めて「ゲーム業界以外のところから、どれだけeスポーツに(熱量を)かけてくる人が現れるかにかかってるのではないか。ゲーム会社はたとえイベントが赤字であったとしても、自社のゲームが売れればいい状況があるが、他はそうはいかない。

アメリカのOverwatchリーグは各州にスタジアムを設立したりチームを立ち上げようとしているが、それができるのはeスポーツチームを運営しているシカゴ・カブスなどが、(リアルの)スポーツ興行による収益をゲーム業界に流入させているから。そうしたゲーム業界外からの投資を呼び込まない限り、大きな興行として育たないだろう」と述べた。 

(後編に続く)

(提供:日本実業出版社)

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