わが国では、過疎地域等の人口減少や高齢化などが著しい地域に対して、地域外から人的資源を確保するために、さまざまな移住・定住施策が行なわれてきた。UIJターン*1者向けのサービスについて調べてみると、移住相談に関する情報提供やイベント・セミナーやフェア、地方自治体による移住支援策など様々なサービスがあることに気づくだろう。近年ではこうした地域との関わりを移住・定住のみを帰着点とするのではなく、一定期間滞在しながら、地域住民との交流や働くことを通じて地域の暮らしを学んだり、地域おこしの支援をしたり、また民間企業等が地方でサテライトオフィスを持って都市部と同じように働くといった、様々な切り口で都市から地方への人の流れをつくる事業が展開されている。本稿では、こうした施策の中でも今年度で創設11年を迎えた「地域おこし協力隊」制度を紹介し、働き方・生き方の一つの選択肢としての「地域おこし」について考察する。
「地域おこし協力隊」とは
「地域おこし協力隊」は、総務省の主導で2009年度から取り組まれている制度で、11年目を迎えた。「地域おこし協力隊の概要」によれば、本制度は「都市地域から過疎地域等の条件不利地域に住民票を移動し、生活の拠点を移した者を、地方公共団体が「地域おこし協力隊員」として委託。隊員は、一定期間、地域に居住して、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR 等の地域おこしの支援や農林水産業への従事、住民の生活支援などの『地域協力活動』を行いながら、その地域への定住・定着を図る取組」とされている。活動期間は、概ね1年~最長3年間、都市からの人材に地域協力活動に従事してもらい、定住・定着を図る。地域に赴任した隊員のマネジメントは地方自治体が行い、総務省から隊員1人当たりに年間400万円(報酬等約200万円、その他の経費約200万円)上限の財政支援がなされる。都市住民のニーズ(地域で暮らしたい、働きたい、地域おこしにかかわりたい等)と地域ニーズ(地域の活性化、外からの人の定住・定着など)双方に応えようとする制度といえるだろう。
地域おこし協力隊は創設以来、受け入れ自治体・隊員数共に増加し続けており、創設時には89名だった隊員数は、2018年度には5,359名と大きく数を伸ばしている(図表1)。総務省の調査によれば、隊員の約4割は女性で、約7割が20歳代や30歳代と若い層であり(図表2)、さらに任期終了後には約6割が同じ地域に定住している(2017 年3月時点)。
「地域おこし協力隊」が求められる背景
こうした地域おこし協力隊の増加や求められる背景には、過疎や高齢化などによる地域での人材不足によるところが大きい。地域住民が日常生活の中で密に関わり合うことが難しくなり、従来と同じような地域活動(数・内容・質ともに)を続けていくことは困難になる。地域住民が日常的に出会い・直に交流する機会が失われた状況が続けば、まちとしての機能も低下する。そのような状況の中で、地域外の熱意ある人材が、行政や地域にはない視点から地域おこしに関わること、なにより地域の中で暮らし、住民と生活を共にしていくことで「まちの機能」の維持や回復(ごく日常的な地域住民の関わりに加わっていくこと)への期待が高いものと考えられる(図表3)。
若い世代を中心に都市部から過疎地域等の農山漁村へ移住しようという、「田園回帰」の潮流が高まっている(総務省 2018)と言われるように、気軽に地域を訪れて滞在したり、暮らしたりするスタイルも認知されつつある。こうした層の中には、地域に密着した暮らしをしたいというだけでなく、地域社会の役に立つことをしたい、自分の力を試してみたい、という社会的な価値や意義、自身の新たな可能性を求めて地域に赴く人材も一定数存在するだろう。これらの人材が「地域おこし協力隊」として地域の中でその力を発揮していくということは、地域資源(特産物や関連する技術、文化・芸術、自然景観、観光、体験・交流、施設・情報など)と結びついた活動やなりわいを生み出すことでもあり、地域資源の捉え直しや経済的な意味でも新たな価値を生み出すことにつながる。したがって隊員が成果をあげていくためには、受け入れる自治体と地域住民も、隊員が活動しやすいように地域内での調整を担ったり、支援したりすること、なにより隊員希望者が目指す方向性とのすりあわせが欠かせない。
隊員と地域との「ズレ」
しかし、企業に就職または転職した際、理想としていた働き方や職場へのイメージと現実とのギャップの大きさからミスマッチが起こるように、地域への貢献を目指して赴任した隊員と受け入れ側(自治体)で双方の姿勢や方向性の「ズレ」が生じることがある。地域に何かしら役立つことをしたいという動機を持って赴任したにもかかわらず、依頼する自治体側は「何をしてほしいのか」という明確なビジョンや方針を提示していないことや、「役場業務の延長上で、臨時職員と同じ扱い」、「単なる『お手伝いさん』になり下がっている」(図司2013)、「地域の協力者が見つけられない。地域と温度差を感じる」、「自治体が無関心」、「町民の期待は感じるが、本来なら一番頼りになるはずの行政職員からの期待はそうでもなく、結果板挟み状態に」「役場内で協力隊に関して理解されていない。活動が認知されていない」「やってもやらなくても変わらない虚しさ」(沼倉ら2015)といった報告もある。
協力隊として赴任する者は、必ずしも地域おこしの専門家ではないため、自治体が隊員に「お任せ」、「隊員が代わりに解決してくれる」ことが前提である場合や、反対に新しい事業や決められた業務以外をすることに対して批判的、管理的であるほど、こうしたズレは大きくなるだろう。協力隊として何を実現したいのか、地域をどうしていきたいのか、一方で地域は何を求めるのか、協力隊と自治体側が議論し、曖昧さやギャップを少しでも減らした上で活動に入ること、そして赴任後にもこうしたやり取りを繰り返しながら関係を築いていくことが必要になる。
キャリア形成の一つの選択肢として
全国では、すでに5,000人を超える「地域おこし協力隊」が各地で活動しており、今後も増加してくことが予想される。それは同時に、多様な働き方や生き方がある中で「地域おこしの一端を担うために、地域で暮らす」ことが、キャリア形成の一つの選択肢になりつつあることを意味している。もちろん、地域おこし協力隊が赴任すれば(協力隊になれば)必ず「地域おこしがうまくいく(地域おこしができる)」とは限らない。どれだけ志が高くても「よそ者」がすぐに地域住民と密な関係を築いたり、事業を起こしたりできるわけでもない。その地域なりの慣習や考え方を体得しながら、柔軟に立ち振る舞っていくことも必要だろう。
10年目を迎えた地域おこし協力隊制度は、その隊員数や導入団体数などを見ても、地域おこしや移住定住施策の中でも大きな成果を上げている。こうした試みが今後も続いていくために、地域おこし協力隊を受け入れる地域は、見ず知らずの地域で暮らすことを決めた隊員を、住民を含め地域全体で責任を持って受け入れ、隊員の希望と地域課題や住民ニーズに対応したところに導入すること、そして、隊員が任期後に定住する/しないに関わらず「第二、第三の故郷」として、継続的に行き来し、地域と関わり続ける人材になるために日常的に意見交換や情報共有し、彼らの活動を支援する関係を構築していくことが求められる。(提供:第一生命経済研究所)
ライフデザイン研究部 主任研究員 稲垣 円(いながき みつ)
【注釈】 *1 大都市圏の移住者が地方に移住する動きの総称。Uターンは、出身地に戻る形態、Jターンは出身地の近くの地方都市に移住する形態、Iターンは出身地以外の地方へ移住する形態を指す。(出典:農林水産省 農林水産関係用語集について)
【参考文献】
- 一般社団法人移住・交流促進機構,「地域おこし協力隊/ニッポン移住・交流ナビ JOIN」
- 総務省,「地域おこし協力隊」(2019年7月10日アクセス)
- 総務省,2019,「地域おこし協力隊推進要綱」
- 総務省,2019,「地域おこし協力隊の受入れに関する手引き(第3版)」
- 総務省 地域力創造グループ 過疎対策室,2018,「『田園回帰』に関する調査研究報告書」
- 株式会社価値総合研究所,2018,「地域おこし協力隊に関する調査 調査研究報告書」
- 図司直也,2013,「地域サポート人材の政策的背景と評価軸の検討」,農村計画学会誌,32(3)
- 沼倉瞳、今井大志、敷田麻美,2015,「地域おこし協力隊の姿-隊員、市町村、地域それ ぞれの目線から(上・中・下)」,地方財務,735-737,