退職一時金や確定給付企業年金のように、従業員の退職に伴って予め約束された給付金を支払う給付建ての退職給付制度を導入する企業は、退職給付に係る費用や負債を企業会計に反映させるため、退職給付債務という名目で従業員に対する負債を算定する必要がある。
この退職給付債務は、将来支払われる退職給付見込み額のうち、決算期末までに発生していると認められる額の現在価値として計算されるが、現在価値に換算する際に適用される割引率は、日銀がマイナス金利政策を導入した2015年度に大きく低下した後も、緩やかな低下が続いている。
2014年度から2018年度にかけて継続して割引率を取得できる金融を除く上場企業1730社の割引率を調べたところ、2015年度(決算期が2015年4月から2016年3月)に0.57%だった割引率の平均は、2018年度には0.48%となり、2014年度(0.99%)の半分を下回る水準まで低下している。
割引率の水準別の企業数割合を見ても、割引率を0.5%以下に設定する企業の割合は、2015年度の54.9%から年々上昇し、2018年度には64.9%まで上昇している(図表1)。特に、0%以下とする企業割合は2018年度に14.7%と、2017年度(10.7%) からの上昇が目立っている。
背景には、国債利回りの低下がある。割引率は、国債などの安全性の高い長期債の決算期末における利回りを基礎として決定することとされるが、昨年秋以降、トランプ政権が保護主義的な通商政策を強め、世界経済の先行き不透明感が高まったことで、10年国債利回りの低下基調が鮮明化(図表2)。決算期が集中する2018年12月から3月にかけて、国債利回りが前年比で大幅低下となり、割引率を引き下げる企業が相次いだことが影響した形だ。
割引率が低下すれば、退職給付債務は増加し、その増分だけ、退職給付に関わる費用や負債は押し上げられる。財務諸表上の収益や純資産にマイナスの影響を及ぼすことを通じて、給付建て退職給付を導入する企業の財務的負担を高めることになる。このように、退職給付会計においては、割引率の低下は望ましくない。
ところが足元、10年国債利回りはマイナス幅を更に拡大する展開となっている。米中対立が長期化の様相を呈し、世界経済の減速への警戒感が強まっているためだ。米国では7月に実施された10年半ぶりの利下げに続き、9月の利下げも市場に織り込まれ、ユーロ圏でも欧州中央銀行が利下げに追い込まれるとの観測が高まる。こうしたなか、国債利回りの低下が世界的に加速している。
現在は、割引率決定の基礎となる国債等の利回りがマイナスとなる場合は、マイナスの利回りをそのまま利用する方法のほか、利回りの下限としてゼロを利用する方法も認められる。このため、国債のマイナス利回りが一段と深化したとしても、際限なく割引率の引き下げを迫られる訳ではなく、上場企業全体で見れば、退職給付会計を通じた企業財務への影響を過度に心配する必要はないだろう。
ただ、過去最低水準まで低下する10年国債利回りがその水準以下で推移すれば、更に多くの企業が割引率の引き下げを迫られる可能性は否定できない。世界経済のリセッションが意識され、運用環境に変調の兆しが見られるなか、給付建て退職給付制度を導入する企業にとって、運営コストが意識されやすい状況がしばらく続きそうだ。
梅内俊樹(うめうち としき)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
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