はじめに

現代消費文化,映画館
(画像=PIXTA)

筆者が前回「若者の○○離れ」についてのレポート(1)を発表した日、奇しくもTwitterのトレンド上位に若者の○○離れが入っていた。調べてみると、若者の45%が映画館を利用していないから映画離れが起きているという旨の内容であった。前回のレポートから引用するならば、「消費させるだけの価値を若者に提示できていないだけ」の話である。本レポートでは、若者の映画離れについて日米比較をおこなった。その結果、アメリカの映画館市場は若者で支えられていることがわかった。アメリカと日本両国の映画という「娯楽」に対する認識を「価格」の視点から検証し、なぜ若者が映画館を利用しないのか、その理由を考えてみた。

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(1)現代消費文化を斬る-「今時の若いもんはなぜ消費しないのか」という問いに対する試論https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=62515?site=nli

サブスクは本当にシネマのパイを食べているのか

時事通信社によると、10~20代の45%が映画館を「まったく利用していない」と発表した。一方で、「ネットフリックス」、「アマゾンプライム」といったサブスクリプション・サービス(2)の契約状況は好調で、前年度調査の15.7%から4.6ポイント増加の20.3%であった。この状況から、サブスクリプション・サービスの存在が映画館市場のパイを食べてしまっており、若者の映画離れを懸念するという声も聞こえるが、よく記事を読むと、サブスクリプション・サービスを契約している人のうち60%が「映画館やレンタル店」を必要だと答えている。

北米においても、過去12ヶ月に劇場で映画を鑑賞した本数が多い人ほど、サブスクリプション・サービスで消費する時間が大きい傾向にあったことが(3)、劇場所有者協会(NATO)の調査で分かった。同様に、劇場に足を運ばない人はサブスクリプション・サービスにも時間を使わないことも分かった。また、2018年中のアメリカにおけるケーブルTVや有料TVサービスの解約率が32.8%、3,300万件にまで登ったことから、サブスクリプション・サービスがパイを奪い合うのは、ケーブルTVや有料TVサービスの視聴者であると言及している。

一方米PostTrakの調査によると、北米における劇場観客の年齢比率は、18~24歳が27%で最大で、全体の49%の観客が24歳以下の観客であるという。日米間で若者の映画館に対する意識に差はあるが、それでもそれぞれの調査から、サブスクリプション・サービスが映画館市場のパイを奪うということに関しては、まだ断言することはできないと筆者は考えている。

他の視点から見てみよう。実際に映画館離れによって来場者数や映画館数は変化しているのだろうか。国内の映画製作配給大手四社の団体である一般社団法人日本映画製作者連盟が1955年から継続している調査をみると映画館利用者人口は1958年の11.27億人をピークに急速に入場者数は減少し、1970年後半以降はほぼ横ばいの形を崩していない(図表1)。

現代消費文化,映画館
(画像=ニッセイ基礎研究所)

近年においては、2011年震災の影響を受けたが、それ以降は上昇傾向が見られる(図表2)。映画館数(スクリーン数)においてもシネコンの台頭で映画館のスクリーン数は減少しているが、シネコンの増加でスクリーン全体の数では過去最多(1970年以降)となっている(4)(図表3)。

ここまでを整理すると、若者が「まったく映画館を利用しない」理由にサブスクリプション・サービスは直接影響を与えているとは断言できなく、またシアター数が減っているわけでもないこともわかった。では映画市場を牽引している北米の若者と映画館離れの傾向が見られる日本の若者にはどのような差があるのだろうか。

現代消費文化,映画館 現代消費文化,映画館
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(2)定期購読が元々の意味で、製品やサービスなどを一定期間利用する事に対して、代金を払うシステムのこと。動画配信サービスにおいては、月額いくらで動画が見放題のサービスを意味する
(3)https://theriver.jp/streaming-and-theaters/
https://variety.com/2018/film/news/streaming-netflix-movie-theaters-1203090899/
(4)公開本数が大幅に増加した一方で、入場者数の増加度合いは穏やかである点から映画1本あたりの平均入場者数が減少していると指摘する声もあるが利用者人口を維持していることには変わりない。http://www.garbagenews.net/archives/2034792.html

1900円は高い金額なのか

確かに映画料金は年々増加してきている。都心では1,900円(大学生料金1,500円)するところもある。しかし、1,900円が現代の若者にとって高額な金額かと聞かれたら首を傾げる。例えば、昨今ブームであったタピオカも、相場は500~700円近くと飲み物の単価としては高い部類に入る。バイトやサークル後に食べる意識の高そうなラーメンも、一杯1,000円が相場である。大衆居酒屋の飲み放題では、2,000~3,000円をかなり頻繁に消費している。彼らが映画に支出しないのは、お金に困っているからなのだろうか。

第54回学生生活実態調査によると、大学生の74.1%がアルバイトをしているという。彼らの中には学費、家賃や光熱費などを自身でまかなっている者もいる。また一人暮らしでなくても家計に収入を入れている者もいる。しかし、大部分のアルバイトをしている学生は、自分で自由に使えるお金を有しているのではないか。地方差もあり全体のアルバイト平均収入は月4万円前後といわれてはいるが、東京に限った調査では平均月5万円といわれている。それにプラスして、長期休みを利用して稼ぐ学生も多くいる。筆者も学生時代、所得税控除のラインである年間103万円ギリギリまで稼いでいたタイプの学生であり、不自由なく学生生活を過ごしてきた。

現代消費文化,映画館
(画像=ニッセイ基礎研究所)

ちなみにサラリーマンの平均お小遣いが4万円以下(図表4)であることから、アルバイトをしている大学生の方が自由に使えるお金が多いことも考えられる。このことから筆者は、1,900円は若者にとって決して高い金額ではないが、待てばレンタルで数百円、地上波放送なら無料で映画が見られる現代において、1,900円という映画料金にその価値を見出していないだけであると考える。昔は映画館で見ることが付加価値そのものであったが、娯楽が溢れる現代において、若者はそのような認識を持っていないのだろう。3Dシステムや音響が強化されたシアターで見ることは付加価値といえば付加価値なのかもしれないが、付随して料金も上がる。「映画に使うなら他に使う」と若者に思わせないために、マーケティングにできることはあるだろうか。

米国と比べて割高な日本の映画料金

日米の映画料金を比較してみよう。2018年の日本の全国の映画平均料金は1,315円であった。映画館を利用しない53.2%が価格を理由に映画館を利用しないと回答している(5)。都内の2019年の映画料金は大人1,900円、大学生1,500円と平均よりも高くなっている。

一方でアメリカ映画協会の調査によると2016年のものではあるが映画平均料金は$8.65(932円(6))であった。この価格によって北米においては、数ある大衆娯楽の中で、映画が最も身近で手軽な娯楽としての位置づけを保っている。また、北米における平均的な家族のサイズが4人であることから、北米における大衆文化であるスポーツ観戦やテーマパークの4人分の入場料と4人分の映画料金を比較している(図表5)。この調査によれば、家族4人でも$35(3,770円)という低予算で娯楽を楽しめることが、生活者に映画館が根付いている要因の一つであるとしている。

都内で、家族4人(両親・中学生以下2人)で映画を見たとすると、大人1,900円が2枚、子ども1,000円が2枚で6,000円はかかってしまう。先日筆者自身も家族4人で久しぶりに映画館まで足を運んだが、大人4人で7,500円を越えていて驚いた。日本において映画は手軽な娯楽とはいい難い存在になっているのかもしれない。

現代消費文化,映画館
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(5)株式会社アスマーク映画に関するアンケート調査2011年10月25日~10月26日より引用
(6)2019年9月27日でのレート