がむしゃらだった新入社員時代を経て、仕事で成果が確実に上がるようになったが……。すべてがうまくいっているにもかかわらず、なぜか漠然とした焦りや不安を覚える人はじつはたくさんいる。
そんな焦りや不安に対しては、どのように対処するのが正解なのだろうか。
ポジティブシンキングは大切だが、過度なポジティブシンキングで自分の心を無視することは、かえって成長の妨げにもなる。今回は、「フォーカシング」という心理療法の手法をもとに、自分で自分をコントロールする術を解説していく。
営業ケーススタディ(17)――及川の悩み
目立ったミスはないのに「うまくいかない」と感じるとき
人材コンサルティング会社で働く及川圭佑(37)は、用意していた資料を机の上に広げた。
「部長、今日は前回お話したプランの詳細をお伝えしようと思いまして……」
担当顧客である目の前の部長とは、かれこれ5年の付き合いになる。5年前、及川の提案で一から採用戦略を練り直し、人材不足が解消した。そのこともあって、信頼関係は抜群だ。
今日も部長は、流暢に話す及川の言葉に熱心に耳を傾けている。しかし、プレゼンを終えた及川に部長が放ったのは、意外な一言だった。
「うん、まあ、悪くはないんだけど。……そうだね、及川さんが言うなら、きっとそれが正解なんだろうな」
煮え切らない台詞に、一瞬及川は言葉に詰まった。真意を聞こうとしたが、今度は「及川さんの思うように進めてほしい」の一点張りで、それ以上本音を吐露してくれることはなかった。
打ち合わせは終始和やかに進んだが、訪問を終えたあと、及川は深いため息をついた。思わず本音が呟きとなってこぼれる。
「……お客さまが本音を話してくれないなんて、コンサルタント失格だな」
改めて言葉にすると、気持ちが沈んだ。クレームが起きたわけでも、致命的なミスをしたわけでもない。上司が同席していたとしても、「気にしすぎだろ、むしろ信頼の証だと思えばいい」などと言われるだろう。
トップ営業、ベテランコンサルタント――社内外でそう評されることが増えてきた。及川自身、肩書に恥じぬよう日々努力を続けているつもりだ。しかし最近、なんだか努力と成果がかみ合わない。はたからそう見えずとも、自分では空回りしていると感じることがある。
帰社すると、同じ課の先輩が及川に笑顔で近づいてきた。
「この間の営業、早速契約になったって?相変わらず絶好調だな」
及川は丁寧に会釈を返した。気心の知れた先輩からの褒め言葉には、普段は気の利いた冗句で返すことも多い。しかし今日は、そんな気分になれなかった。
帰宅し、及川は昨日作っておいた夕食を温め直す。食事を終えて入浴し、ソファに座った。何か気になる情報はないかと、ニュースアプリに目を通す。その後、電子書籍で購入した採用戦略に関する本を開く。
しかし、集中できずに結局本を閉じてしまう。
最近は大きな失敗もしていない。むしろ賞賛される実績ばかりが増えていく。社長にも顔と名前を覚えられ、声を掛けてもらうことが多くなった。同期の誰もが、出世頭は及川だと口にする。
表面上、すべてがうまくいっているように見える。しかし、及川自身はなぜか焦りや不安を感じる。こんなとき、どうすればいいのだろう。
(1)実際に何かミスをしたわけではない。前向きにとらえ、くよくよ気にしすぎないようにする。
(2)自分の中の違和感を無視するのはよくない。今感じているありのままの「感じ」に注意を向けてみる。