自社の価値は、「顧客に提供する商品やサービスの価値」と言い換えることができる。この価値を評価するときに大切なのは、自分たちがどう見るかではなく、顧客が自社の商品やサービスをどう見るか(評価するか)だ。
マーケティングの分析手法は数多くあるが、環境分析の結果は「ポジショニング」に集約し、戦略は「ポジショニング」を起点にして策定される。本記事では、「ポジショニング」の策定方法を成功事例を交えて解説していく。
ポジショニングとは何か?
マーケティングを行う際の情報分析には、3C分析、SWOT分析、4P分析などがある。
マーケティングは環境分析に始まり、SWOT分析、そして戦略立案、施策立案など、実際の戦術へと進むのがセオリーだ。マーケティングでよく行われる分析方法は、大きく分けると以下のように分類できる。
・環境分析
- PEST分析…Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)
- 3C分析……Customer(市場・顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)
- 5F分析……5つの脅威分析(業界、新規参入、売り手、買い手、代替品)
- VC分析……原材料の調達から加工、販売までの企業活動(主にコスト)を分析する
- SWOT分析……強み (Strengths)、弱み (Weaknesses)、機会 (Opportunities)、脅威 (Threats)
・戦略立案
- STP分析…Segmentation(市場の細分化)、Targeting(顧客の絞り込み)、Positioning(商品* サービスの立ち位置明確化)
- 施策立案
- 4P分析…Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(販売促進)
中でも環境分析を経て、自社の強み、弱み、機会を整理したあとの戦略立案(STP分析)は、より具体的な施策立案へと進むための重要なステップだ。そしてSTP分析の最終段階であるポジショニングは、差別化戦略の要と言われている。
差別化戦略の重要性
企業活動において他社、とりわけ競合との差別化は最重要課題だ。STP分析は自社の商品・サービスを投入する市場を細分化して定め、顧客を絞り込む。そして、その顧客に対して自社の商品・サービスが最も魅力的に見える立ち位置(ポジション)を決める。つまり、ポジショニングは差別化戦略の要と言える分析作業なのだ。
差別化戦略の必要性
そもそも他社との差別化はなぜ必要なのか、ここでもう一度確認しておこう。差別化戦略という言葉は、米国のハーバード大学経営大学院教授で、経営学者でもあるマイケル・ポーターにより提唱されたものだ。マイケル・ポーターは、「企業の競争優位の基本戦略」として以下の3つを挙げている。
・コストリーダーシップ戦略
コストリーダーシップ戦略は、低価格を武器に市場の主導権を握る戦略だ。顧客にとって品質や機能がほぼ同じであるならば、その商品・サービスの価格が安いことは最大の魅力となる。この戦略を採用する有名企業には、ニトリ、ユニクロ、ヤマダ電機、サイゼリヤなどがある。
・集中戦略
集中戦略は、商品・サービスを提供する地域や顧客、流通チャネルを集中(特定)する戦略で、規模が小さい企業でも採用できることが特徴だ。あえて全国展開を狙わず地域特化で企業活動を行ったり、特定の年齢層の顧客を狙ったりするなどして、経営資源を効率的に使って戦う。集中戦略を採用する有名企業には、しまむら、スズキ、セイコーマートなどがある。
・差別化戦略
差別化戦略は、他の企業にない特長を持つ商品・サービスを提供することにより、市場で特異な位置を占有しようとする戦略だ。そのためには顧客が魅力を感じる特長を強調し、他社の商品やサービスに圧倒的な差をつけることが重要だ。
圧倒的なブランドイメージを確立し、他社の追随を許さない差別化戦略を取っている例としては、オリエンタルランド(ディズニーリゾート)やスターバックス、モスバーガー、任天堂などが挙げられる。
3つの戦略には、それぞれメリット・デメリットがある。たとえばコストリーダーシップ戦略では、低コスト体質の企業(規模の小さい企業や、製造コストの低い外国の企業)が脅威となる。集中戦略では、参入障壁の低さによる他企業参入の脅威はもちろん、大資本を持つ企業の参入などがあれば一挙に形勢が逆転してしまう。
一方差別化戦略は、差別化を行うこと自体が難しいというデメリットがあるものの、一度獲得した顧客のロイヤリティ(忠誠心)が高い、価格競争をする必要がない、参入障壁が高くなり他社参入が減るなどのメリットがある。他社との差別化が最重要課題だと言われる理由は、ここにあるのだ。
差別化戦略の例
差別化戦略を採用している企業の例として、オリエンタルランドやモスバーガー、任天堂を挙げたが、それぞれの差別化ポイントを確認しておこう。
・オリエンタルランド
米国のウォルト・ディズニー・カンパニーとフランチャイズ契約を締結し、東京ディズニーリゾートを運営する企業だ。1983年に東京ディズニーランド、2001年には東京ディズニーシーを開園し、周辺にホテルやショッピングセンターなどを展開する。オリエンタルランドの強みは、なんと言ってもディスニーキャラクターやディズニーの世界観を使ったテーマパークの運営だ。日本国内で唯一無二、他社の追随を許さない。
・モスバーガー
モスバーガーを運営するモスフードサービスは、マクドナルドとは違い日本の企業である。マーケティングの世界ではよく両社の戦略の違いがテーマになるが、モスバーガーの差別化戦略は「おいしさ」「安全・安心」「店舗体験価値」の追求と言われている。
マクドナルドは全方位戦略の中で低価格も重視しており、コストリーダーシップ戦略を採用しているが、モスバーガーは価格よりも「おいしさ」「安心・安全」を重視して差別化を図っている。注文を受けてから作る「アフターオーダー方式」を採用したり、店内に材料の生産者を表示したりしているのは、差別化戦略の表れだ。
・任天堂
玩具メーカーであった同社は、1983年に発売した「ファミリーコンピューター」の大ヒットでコンピュータゲーム機のメーカーとして知られるようになった。ゲーム機は業務用ゲーム機、家庭用据置型ゲーム機、携帯型ゲーム機と広がりを見せる。参入企業は多いが、任天堂の強みはゲームキャラクターだ。スーパーマリオブラザースをはじめとする、ゲーム内のキャラクターの多さは他社の追従を許さない。このキャラクターを使ったゲームタイトルの展開が、任天堂の差別化ポイントだ。
このように、揺るぎない差別化ポイントを生み出していくためには、顧客を絞り込み、その顧客に魅力を感じてもらえるように商品・サービスの「ポジショニング」を設定することが何より大切だ。
まずはSTP分析を理解する
自社の商品やサービスを、どのような位置付けにすればいいのだろうか。ポジショニングへと進むステップ、STP分析について順を追って見ていこう。
セグメンテーション(市場の細分化)
顧客を絞り込んでいくためには、その顧客がいる市場を特定しなければならない。まずは「ニーズ」に注目して、顧客をグループ化する。よく使われるのは、以下のような変数を使った分類方法だ。
・地理的変数 国、県、地方、都会など
・人口動態変数 年齢、性別、職業、所得、学歴、家族構成など
・心理的変数 社会的地位、価値観、ライフスタイル、購買動機など
・行動変数 購買履歴、使用頻度、使用場面など
上記の変数を組み合わせ、顧客のニーズに注目しながら大分類のグループを作るのが、セグメンテーションだ。
ターゲティング(顧客の絞り込み)
ターゲティングでは顧客をさらに絞り込み、顧客をグループではなく個人レベルまで特定していく。そこでよく使われるのが、ペルソナ設定だ。ペルソナとは、顧客の中で最も商品・サービスを必要としている人物像のことだ。あるスープショップが、事業を開始するにあたり来店顧客のペルソナ設定を行ったが、それは以下のようなものだった。
・名前:○○○○
・年齢:37歳
・居住地:都内
・職業:都心で働くキャリアウーマン
・年収:同世代の平均年収を上回り、経済的には余裕あり
・性格:社交的で、友人とよく食事に出かける
・嗜好:装飾よりも機能を重視し、洋服はシンプルでセンスの良いものを選ぶ。ジムに
通っており、プールでは平泳ぎではなくクロールで泳ぐ。
実際にはもう少し詳細に設定されたのだが、このペルソナに沿って商品開発、広告宣伝、店舗開発が行われた。顧客のターゲティングを詳細に行うことで、スタッフの意思統一ができ、事業のブレを抑えることにもつながる。
ポジショニング(商品・サービスの立ち位置明確化)
ポジショニングは、ここまでに設定してきた「自社の商品やサービスを購入してくれるであろう顧客」から、最も魅力的に見える立ち位置、言い換えれば商品やサービスの性質を決めるプロセスだ。
シーブリーズは、1902年に米国で誕生した化粧品のブランドで、1980年代には日本でも大ヒットした。図のように「海で使える」、「日焼けのケアができる」商品としてポジショニングされ、マリンスポーツが盛んだった当時の若者から圧倒的な支持を得た。
<1980年代のシーブリーズのポジショニング>
ポジショニングで重要なのは、顧客が「購入したい」と思う要素を顕在化させ、競合製品より魅力的に見える商品戦略、販売戦略を策定することだ。シーブリーズは競合製品のない市場で、マリンスポーツの後のべたつきを解消するすっきり感、日焼けした肌の乾燥防止などを強く訴求して成功した。
ポジショニングのポイント
もう少し詳しく、ポジショニングのポイントを整理していこう。米国の著名な経営学者フィリップ・コトラーは、ポジショニングを策定する際のポイントを6つ挙げている。
・特定の製品属性に基づいたポジショニング
商品やサービスの特長(製品属性)、他社と勝負できるポイントなどを考慮してポジショニングする。たとえば、「高級感」「低価格」「高品質」などだ。
・製品が提供するベネフィットに基づいたポジショニング
ベネフィットとは、商品やサービスが顧客にもたらす利益や効用のことだ。たとえば、「顧客にとってその商品はどのようなベネフィットをもたらすか」、「その商品やサービスは顧客のニーズを満たすことができるか」といった観点でポジショニングをしていく。
・商品やサービスが使用される機会によるポジショニング
その商品やサービスが、「どのような場面で使用されているか」「顧客が期待するシーンで使われるためには、どのような特長を持つべきか」「どのような時間に使われるのか」といった使用機会を観点にしてポジショニングをする。
・競合製品との関係性を活用したポジショニング
競合製品との違いを明確に打ち出して、顧客にアピールするポジショニング。米国でよく実施される「比較広告」が良い例だ。たとえばペプシコーラは、目隠しをした消費者にペプシコーラとコカ・コーラを試飲させて、好きな味を選ばせるという比較広告を行って話題になった。
・競合製品と距離をおいたポジショニング
競合製品にはない特性を商品に盛り込んで、顧客に違いを認識させるポジショニング。商品開発の段階からこのポジショニングを意識することによって、競合製品との差別化を図る。
・商品やサービスの用途別ポジショニング
同じ商品の別の使い道をアピールすることで、位置付けを使い分けるポジショニングだ。有名な事例に、料理に使う「重曹」がある。本来は食品添加物としてふくらし粉や魚などの臭み取りに使われていたが、現在は冷蔵庫の消臭剤や掃除の道具としても使われている。
このようにポイントを整理すると、1980年代のシーブリーズは「製品が提供するベネフィットに基づいたポジショニング(日焼けのケアができる)」「商品やサービスが使用される機会によるポジショニング(海で使える)」でポジショニングされた商品であることがわかる。
ポジショニングを変えて成功する
1980年代にマリンスポーツを好む若者の間で大ヒットしたシーブリーズだが、2000年代になると若者の嗜好の変化から売上が低迷した。若者、特に女性は日焼けを好まなくなり、塩水がべたつく海水浴やマリンスポーツの人気が落ちてしまったのだ。国土交通省 観光庁の統計によると、2008年の海水浴人口は1,890万人だったが、2017年は660万人にまで減っている。
このような顧客の嗜好変化を受けて、シーブリーズはリポジショニング(ポジショニングのやり直し)を行う。陳腐化してしまった差別化ポイントを変更する必要があったからだ。
シーブリーズのリポジショニング
爽快感のあるスキンケア化粧品というシーブリーズのコンセプトが、若者向けであることには変わりない(セグメントは変更しない)。新陳代謝の良い若者に、制汗という機能は変わらず必要とされているからだ。
そこで、メーカーはシーブリーズの中身を変更することなく、若者というターゲットを「マリンスポーツを好む若者」から「女子高生を中心とする若い女性」に変更した。そして、「海で使える」「日焼けのケアができる」という商品ポジションを、「汗のケアができる」「学校や街など、どこでも使える」に変更したのだ。白い大きめのボトルは細身のアルミスプレーに変更され、色もカラフルなものが数色用意された。
(※引用:「よくわかるこれからのマーケティング」 金森努 著 同文館出版)
シーブリーズのリポジショニングは成功し、リポジショニング後の売上は8倍になった。この成功はポジショニングの変更が的確だったこともあるが、変更前のポジショニングが明確であり、低迷の原因分析にも役立ったことが大きい。そもそも自社商品のアピールポイントがわかっていなければ、受け入れられない原因がわかるはずがない。このことからも、ポジショニングの重要性がおわかりいただけると思う。
できれば外注したいSTP分析
市場分析を含むマーケティングを、営業部門や企画部門に任せていないだろうか?
マーケティング施策を実行するのは営業部門であり、事業企画や商品企画を立案するのは企画部門だ。人材が不足している昨今の状況を考えれば、両部門にマーケティングを任せたい事情も理解できる。ただしポジショニングを含むSTP分析は、できれば外部に委託した方がいい。特にペルソナ設定とポジショニングは、企業の「思い」が強く入ってしまい、恣意的な結果になってしまうことが多いからだ。
たとえば、ペルソナ設定では自社にとって都合の良い、あり得ない人物像を作り上げてしまい、ポジショニングでは商品への思い入れが強いあまり、顧客の視点を勘違いしてしまうおそれがある。STP分析だけでなくマーケティング全体に言えることだが、自社や自社製品の分析で最も大切な視点は、第三者的で公平な俯瞰なのだ。
商品やサービス、事業の方向性を決定するポジショニング。ぜひとも予算を確保し、外部の目を入れて取り組んでもらいたい。(提供:THE OWNER)