シンカー: 先週金曜日に発表された2月の米国非農業部門雇用者数は予想を大きく上回り、失業率も3.5%に再び低下するなど、労働市場がタイトな状況が続いたことを示唆している。今回の結果は、2月半ば以降のさらなるコロナウイルス感染拡大を反映していないとはいえ、新規失業保険申請者数などの速報性の高いデータからも雇用トレンドに深刻な悪化は見られていない。FEDをはじめとして、各国中央銀行がコロナウイルスによるハードデータの大幅な悪化を食い止めるために予防的な措置を実施し始めており、ウイルスの感染拡大が落ち着けば再び景気の押し上げにつながるだろう。ただ、ウイルス問題が長期化することにより、家計の消費モメンタムが底割れした場合には、V字回復の可能性が下がってくるかもしれない。一方、各国の財政政策の緩和によるポリシーミックスが需要を十分に支えられている間に、ウイルス問題が終息すれば、V字回復の可能性は高くなる。
グローバル・経済指標・クイックコメント集
●米NFP (3/6): 273k (予想175k / 過去2回修正85k)
●米失業率(3/6): 3.5% (予想3.6% / 前回3.6%)
●米平均時給 (3/6): MoM 0.3% (予想0.3% / 前回0.2%) / YoY 3.0% (予想3.0% / 前回3.1%)
・2月の非農業部門雇用者数は、1月に続いて予想を大きく上回るペースで増加した。
・建設部門で42kの増加と前回に続いて堅調な結果となり、製造業でも予想に反して雇用者数が増加が見られた。
・結果は2月半ばまでの経済状況を表しているため、コロナウイルスの動向によって悪化する可能性がある。
・ただ、直近の新規失業保険申請件数などを見てもコロナウイルスによる労働市場への深刻な影響は見られず、今後2月に増加した雇用者がクッションとして働くだろう。
●独製造業受注 (3/6): MOM 5.5% (予想1.3% / 前回-2.1%) / YOY -1.4% (予想-5.2% / 前回-8.7% / 前回-8.9%)
・ドイツの1月製造業受注は前月比5.5%と大幅に増加し、12月の同-2.1%から反発した。
・ただ、外国からの資本財受注の大型案件によって結果が押し上げられており、内需は振るわない状態が続いている。
・今回の結果を受け、月曜日に発表される1月の鉱工業生産でも上方サプライズが期待されるが、コロナウイルスの感染拡大が続く中、2月以降のデータで景気改善のモメンタムが損なわれないかが注目される。
●米ISM非製造業指数 (3/5): 57.3 (予想54.8 / 前回55.5)
・2月のISM非製造業指数は予想を大きく上回り、57.3と2019年2月以来最高値を記録した。
・1月からのグローバルなコロナウイルス感染拡大が注目される中でも、2月の米国非製造業部門のセンチメントは堅調な状態が続いたようだ。
・内訳では、事業活動、新規受注、雇用などに上昇がみられ、暖冬の影響などもあって堅調な内需が非製造業の追い風となったとみられる。
・一方で在庫が大きく増加しており、コロナウイルスや現在米国で猛威を振るっているインフルエンザの影響が懸念される中、企業は在庫を増加させることで準備しているようだ。
・同時に、受注残も大きく増加しており、マスクや手袋といった商品が不足していることを示唆している。
・今後、コロナウイルスが輸送や観光といった産業に与える影響や、Fedの緊急利下げが企業センチメントに与える影響を注意深く見守る必要がある。
●米ISM製造業 (3/3): 50.1 (予想50.5 / 前回50.9)
・2月のISM製造業指数は予想を下回り、景気の境目である50はきらなかったものの、2019年後半の水準に回帰。
・新規受注は米中第一段階合意後に上昇していた前回の52.0から今回49.8へと低下、企業がコロナウイルスの影響に慎重になっていることが示された。
・入荷遅延が増加していることは、受注から受け渡しまにかかる時間が長期化していることを示唆している。
・水曜日にはISM非製造業指数が発表されるが、製造業の景況感に引きずられて小幅に低下する可能性があるだろう。
●スペインMARKIT製造業PMI (3/2): 50.4 (予想48.9 / 前回48.5)
・2月のスペイン製造業PMIは予想を上回って上昇し、8か月ぶりに景気拡大を示す50を上回る水準になった。
・入荷遅延が増加していることは、コロナウイルス問題などによるサプライチェーン混乱の影響を示唆していると考えられる。
・企業は入荷遅延などに対応するために在庫調整を進めており、それが新規受注や生産の増加につながっているようだ。
●イタリアMARKIT製造業PMI (3/2): 48.7 (予想49.0 / 前回48.9)
・2月のイタリア製造業PMIは予想を下回り、2018年末ごろから製造業の景気縮小を示している。
・今回の結果はイタリアにおけるコロナウイルス感染拡大が報道される以前に集計されているため、コロナウイルスの影響を十分に反映していない。
・特に感染が拡大しているのが北部の工業地帯であり、ユーロ圏向け輸出が盛んなことから、コロナウイルス問題はユーロ圏全体にとっても下押し圧力となる可能性がある。
グローバル・政治/金融政策・クイックコメント集
●コロナウイルスによってTLTRO再検討?(3/4)
報道によればECBは来週3月12日の金融政策会合でコロナウイルス感染拡大の中で経済を支援するため、TLTROを含めた資金供給プログラムの活用方法を検討しているとされる。2019年6月に発表されたTLTRO IIIは、当初やや寛容さに欠ける内容だったが、9月の緩和決定時に満期の延長や借入金利の上乗せ撤廃といった変更が加えられた。9月のTLTRO III第1段による資金供給額は3.4bnと予想を大きく下回ったが、12月の第2段による資金供給は97.7bnと大きく増加している。ただ、ECBが想定していたほどTLTRO IIIの利用が伸びていないのが現状だ。今回のコロナウイルス問題により、すでに感染が拡大しているイタリア北部の工業地帯は打撃を受けるとみられ、輸出を通じて域内への下押し圧力も予想される。今後、ユーロ圏全体に感染が拡大した場合、製造業を中心に更なる悪影響を受ける可能性が高いが、一方で理事会内部からの反対意見や買い入れ上限のルールなど、ECBの政策余地は限られているとの見方もある。コロナウイルス対策でFedが緊急利下げに踏み切り、3月18日のFOMC会合でもさらなる利下げが予想される中、ECBの次の一手が注目される。
●FOMC: 今回の緊急利下げが終わりではない(3/4)
・FOMCはミーティングスケジュール外の緊急利下げを敢行、50BPの利下げにより、FF金利誘導目標は1.00%-1.25%に。
・FEDは限られたツールを有効に使用し、最大限の効果をもたらすために早い段階で積極的な措置に踏み切ったようだ。
・FEDの積極的な行動は家計や企業のセンチメントを押し上げるとみられるが、ウイルスの影響をオフセットするには十分でない可能性があるだろう。
・3月から4月にかけて発表される経済指標ではコロナウイルスの影響がより反映されてくるとみられる。
・FEDはこれまで緊急利下げ後のFOMC会合でも利下げをしてきており、経済は未だ深刻な悪化の様相は見せていないものの、3/18の会合でも25BPの利下げを見込んでいる。
・年中頃までにFF金利の誘導目標は0.50-0.75%となるだろう。
●ドイツ財政:債務ブレーキの一時停止?(2/27)
・26日、ドイツのショルツ財務相はドイツの債務ブレーキ制度を一時的に停止する案を唱えていると報道され、道路やインフラなどに対する資金手当ての制限を一時的に停止することを検討しているとされる。
・EU加盟国は財政赤字をGDPの3%以内、債務残高をGDPの60%以内に抑えることを求められるが、それに加えてドイツは債務ブレーキ制度によって厳しく債務残高の増加を防ぐ仕組みを憲法で規定している。
・いくつかの例外規定はあるものの、均衡財政を停止するためには憲法を改正する必要があり、連立政権内でも意見が割れていることも踏まえると、現時点では実際に債務ブレーキ制度を停止するハードルは高いだろう。
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司