シンカー:コロナウィルスの影響が広まっている中、マーケットでは警戒感によるグローバルなベアマーケットになっている。各国中央銀行は心理が悪化しハードデータも悪化する前に予防的な政策対応を実施し始めている。今のところ家計所得や企業の中期的な投資スタンスが維持されていることから、ウィルスの感染拡大が終息の兆しを見せ始めるとペントアップ需要が出て、景気の押上げ圧力となるだろう。一方で、ウィルスの感染拡大がグローバルパンデミックとなり、足元の自粛モードが長期化すると、企業は中期的な経営計画を見直したり、家計所得も下押される可能性が高まり、反発の可能性は下がってくるだろう。各国の保健衛生当局がウィルス感染拡大の早期終息に向けて防疫体制を強めたり感染拡大防止策を強化している。一方で中央銀行関係者はウィルス終息後のペントアップ需要を維持するための政策対応を実施し続けるだろう。マーケットの期待を下回る政策対応では効果を疑問視され、ネガティブな効果になる可能性があるため、感染拡大が長期化するにつれ、より思い切った金融政策対応が必要になってくるだろう。ただ、行き過ぎた追加緩和政策は逆に将来の金融緩和政策の効果を弱めたり、今まで実施してきたバブル抑制の結果を消すことなる。足許の景気不透明感が経済構造に悪影響を与えないような十分な対応と同時に過度な政策対応で将来のバブルを作らないよう、政策担当者はよりバランスの取れた政策運営を実施する必要があるだろう。
金融政策見通しの変要
FRBは3月3日、早めかつ積極的に動き、FFレート誘導目標レンジを50bp引下げ1.00-1.25%とする緊急利下げに踏み切った。実体経済への影響が出ているという証拠になるハードデータは、この時点でもまだ出ていないと考えられ、FRBは景気を支援する方向のスタンスを維持するだろう。2008年には緊急利下げが2回行われた緊急利下げ(1月21日と10月7日)の直後のFOMCでも利下げが実施された(1月30日と10月29日)。今回も同じように3月18日のFOMCでも25bp利下げが実施される(FFレート誘導目標レンジは0.75-1.00%になる)と見込んでいる。
ECBの3月の政策理事会では、信用フローと資金調達を支援する「的を絞った」対策になるだろう。現時点では、中銀預金金利引下げや量的緩和(QE)の拡大に大きな効果は無いと考えられる。このため、TLTROか新しいプログラムを通じた中小企業向け融資の状況改善を目指す策が見込まれる。一方で、一時的なCSPP(社債拡大プログラム)拡大、階層化の基準変更(利下げがあった場合)の可能性もある。財政面からの何らかの動きも考えられる。各国政府は、必要が生じた場合に、影響を受けた企業や問題が生じている資産を支援する準備をしている。利下げとQE拡大が実施されるのは6月になるだろう。
日銀は新型コロナウィルスの影響も大きくなっているが、まだ基調判断を変更するまでには至らないと考えるだろう。ただ、経済活動には自粛ムードによる停滞が起こる可能性が高い。サービス業を中心に中小企業の資金繰りにも大きな影響が出るリスクが大きいため、4月1日に日銀短観が発表される前にも詳細な観察とヒアリングを続けるとみられる。今のところ信用サイクルが腰折れることはなく、追加緩和策の限界もある中、日銀はまだ短観の結果を待って判断を下したいと考えているとみられる。
PBoCは武漢発の新型コロナウイルス禍によるネガティブな影響を裏付ける証拠が増える中、2020年前半ににさらなる政策対応を実施するだろう。ただ、景気が回復の兆しが見え始めると従来の住宅バブルと民間債務の増加を抑制するための政策対応を再開するだろう。
イングランド銀行(BoE)は、2月の金融政策委員会を前に利下げを強く示唆していたが政策金利を据置いた。今後、景気が弱い中でBoEが利下げを実施する必要という見方を変えていない。2020年8月と11月の金融政策決定会合で各々25bp利下げが実施するだろう。
米国(Fed)
●FFレート:1.00-1.25%(3月3日時点)
●予想:FFレートは3月のFOMCでさらに引き下げられるだろう。最終的にはFFレートは0.50-0.75%になると予想している。
FRBは3月3日、早めかつ積極的に動き、FFレート誘導目標レンジを50bp引下げ1.00-1.25%とする緊急利下げに踏み切った。2008年1月の金融危機の前兆が名始めた局面以来の緊急利下げとなった。FRBは「限られた弾薬を早期かつ積極的に使い、効果を高める」という前に示していたガイダンスに従った。今のところ、新型コロナウイルスが米国経済を傷つけているという証拠は乏しく、発表される指標がウイルス問題の影響を否定するなかでFRBは引続き緩和的なスタンス、という形になり、予防的な措置と考えられる。実体経済への影響が出ているという証拠になるハードデータは、この時点でもまだ出ていないと考えられるが、FRBは景気を支援する方向のスタンスを維持するだろう。2008年には緊急利下げが2回行われた緊急利下げ(1月21日と10月7日)の直後のFOMCでも利下げが実施された(1月30日と10月29日)。今回も同じように3月18日のFOMCでも25bp利下げが実施される(FFレート誘導目標レンジは0.75-1.00%になる)と見込んでいる。
FFレート誘導目標が最終的に0.50-0.75%になると予測している。利下げが早期に始まったほか、新型コロナウイルスや(見込まれている)米国の緩やかなリセッションにより波及効果の大きさも不確実なため、FFレートがゼロ金利制約(ZLB:zero lower bound)に近づくという見通しが出ている。これが市場が追加利下げを織り込むことに慎重な理由かも知れない。弊社が昨年に(さらなる)追加利下げを予測しなかった理由でもある。しかし真剣に検討する時期が近づいている。また、FRBは、バランスシートをさらに活用して将来の金利水準を抑制する可能性もある。こうしたシナリオの実現可能性が、今年後半には高くなるだろう。
ユーロ圏(ECB)
●金融緩和策・政策金利(2月末時点:預金ファシリティ金利:-0.50%、リファイナンス金利:+0.00%、限界貸出金利:+0.25%)
●予想:3月の理事会では信用フロート資金調達の支援を中心とした対策が実施されるだろう。本格的な利下げや量的緩和再開は6月だろう
3月のECB政策理事会では、信用フローと資金調達を支援する「的を絞った」対策になるだろう。現時点では、中銀預金金利引下げや量的緩和(QE)の拡大に大きな効果は無いと考えられる。このため、TLTROか新しいプログラムを通じた中小企業向け融資の状況改善を目指す策が見込まれる。一方で、一時的なCSPP(社債拡大プログラム)拡大、階層化の基準変更(利下げがあった場合)の可能性もある。財政面からの何らかの動きも考えられる。各国政府は、必要が生じた場合に、影響を受けた企業や問題が生じている資産を支援する準備をしている。6月に利下げとQE拡大が実施されると見込む(6月には、米国のリセッション入りでV字型回復の困難さが明らかになるとみられる)。一方で、新しいスタッフ見通しは下方修正されると見込まれるが、現状では状況が急速に変わっているため、景気予測にはそれほど意味が無い。供給面の混乱が需要に影響し、コアインフレ率予測があまり変更されないというサプライズとなることも考えられる。
新型コロナウィルスの感染拡大でリセッションの脅威やECBの対応策を求める声が、見込みより早く出てきた。金融政策は、純粋な供給ショックの下では生産やインフレを安定させるための最善のツールではないが、ECBは信用フローや資金調達に混乱が生じている兆しに敏感となるだろう。市場に「何もしない」と認識されると、市場の動きがさらにネガティブとなるリスクもある。ECBの政策担当者は、FRBが緊急利下げを実施する前に、「ECBの動きの(市場などによる)見込み」を軽視していたと考えられる。政策余地の枯渇を反映したもの、または戦略見直しに没頭している結果だろう。新生ECBはコロナウイルス脅威の処理を通じて、「最善の選択肢」を見つけ続けられるかどうかを、初めて試されることになる。
日本(日銀)
●誘導目標(2月末時点:長期金利(10年JGB)利回りを0.0%を中心に±0.2pp内で誘導)
●予想:フォワードガイダンスの無期限化で辛抱強く現行の緩和政策を実行し、2021年まで政策は変更されないだろう
日銀は、日本経済が内需を中心にアベノミクス前と比較して海外景気の減速に対して著しく頑強になってきていると判断していた。1月の展望レポートでは、「海外経済の減速や自然災害などの影響から輸出・生産や企業マインド面に弱めの動きがみられるものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、基調としては緩やかに拡大している」との判断が維持された。需要超過の領域に入りながら景気が引き続き上向いていることを示す「拡大」という判断になっている。2019年10-12月期の実質GDPは極めて弱かった。消費税率引き上げに加え、自然災害や暖冬などの影響が強く現れた。新型コロナウィルスの影響も大きくなってきている。しかし、自然災害の下押しにはリバウンドが想定できること、財政規模13兆円程度の政府の経済対策の効果が本格的に出てくることが期待できる。3月下旬に2020年度の政府予算が国会を通過した後、補正予算を含む新たな経済対策が実施される可能性もある。現在のところ、雇用・所得環境に大きな影響はまだないようで、経済活動の下押しや円高の動きは一時的であると考えられる。まだ基調判断を変更するまでには至らないと、日銀は考えるだろう。
新型コロナウィルスの影響を見る上で、日銀が重要視しているのは、信用サイクルが強い状態を維持できるのかだ。グローバルに在庫・生産サイクルが多少悪化しても、日本経済は拡張を続けることができるまで、強い信用サイクルに支えられた内需を中心に頑強になってきていた。信用サイクルは雇用拡大の牽引役であるサービス業の事業拡大を左右するため、失業率に先行する指標である。信用サイクルが好調さを維持できれば、失業率の更なる低下が賃金・物価上昇率を押し上げていくという、日銀のシナリオも維持できることになる。大規模な政府の経済対策がまさにこれから実施されることを考慮すれば、好調な信用サイクルは持続すると考えられる。政府は、極めて低利での貸付と信用保証など、1.6兆円程度の企業の資金繰り支援を拡充し、新型コロナウィルスの影響などで中小企業を中心に信用収縮が起こらないようにしようとしている。一方、信用サイクルが腰折れるリスクが高まれば、デフレ完全脱却に向かう日銀の内需拡大シナリオが維持できない。国内需要の下振れのリスクが大きくなっていると判断し、フォワードガイダンスに示唆される追加金融緩和が実施されるとみられる。ETFの買入れ増額によるマーケット心理の下支え策や、国庫短期証券の買入れなどの短期的流動性拡大策が、追加金融緩和の手段となるだろう。単純なマイナス金利政策の深堀りは、金融機関の経営体力への懸念が大きくなり、それが貸出態度に対する企業の見方を厳しくしてしまえば、信用サイクルには逆に下押し圧力となる副作用が生まれてしまうだろう。
リスクはダウンサイドに大きくなっているようだ。政府は、新型コロナウィルスの感染が拡大しないようにするため、3月上旬の小中高校を休校することを要請した。大規模な集会・イベントの開催も自粛を要請している。経済活動には自粛ムードによる停滞が起こる可能性が高い。サービス業を中心に中小企業の資金繰りにも大きな影響が出るリスクが大きいため、短観が出る前にも、日銀は詳細な観察とヒアリングを続けるとみられる。中小企業の資金繰りが急激に悪化して信用サイクルが腰折れることはなく、追加緩和策の限界もある中、日銀はまだ短観の結果を待って判断を下したいと考えているとみられる。ただ、東日本大震災や熊本地震の時のように、金融機関の打撃を受けた中小企業への機動的な融資を支援するため、金融緩和の枠組み外の短期的な流動性対策として、低利での金融機関への資金供給の拡充を行う可能性はある。政府の企業の資金繰り支援と合わせて、流動性対策により信用サイクルの毀損を防ごうとするだろう。そして、日銀には更なる大規模な追加金融緩和余地があることをマーケットに示すだろう。その余地は、ETFの買入れの増加に加え、国庫短期証券の買入れの増加による量的金融緩和効果の拡大で財政政策とのポリシーミックスを強調することだと考える。
●マイナス金利政策(2月15日時点:当座預金のマイナス金利適用残高(約23兆円)に-0.1%のマイナス金利を適用)
●予想:2%の物価上昇を達成する2022年に解除
日銀は長期金利の誘導目標を徐々に引き上げ、長期国債の買入額は減少していく。日銀は2%の物価目標達成が確認でき、短期金利の引き上げに踏み切るのは、かなり先の2022年となろう。
中国(PBOC)
●政策金利(2月末時点:1年物MLF金利:3.15%、預金準備率(RRR):13.00%、7日間リバースレポレート目標:2.4%)
●予想:2020年前半には2回(10bpずつ)の政策金利引下げと、1回の預金準備率引下げ(50bp)があると見込んでいる
PBoCは延長した春節(旧正月)休場明けの2月3日に、中国経済を支える目的で、短期政策金利を引下げると共に公開市場操作も実施した。さらに30種類の金融政策を発表した。目的は、十分な流動性の供給と、ヘルスケア関連企業や、新型コロナウィルスの影響が出ている地域・業種の企業への信用供与を支えることだ。こうした策は特に、現在難局を迎えている中小企業を支援するだろう。武漢発の新型コロナウイルスによるネガティブな影響を裏付ける証拠が増える中、2020年前半には2回(10bpずつ)の政策金利引下げと、1回の預金準備率引下げ(50bp)があると見込んでいる。また、政府が3月のNPC(全国人民代表大会)で、財政赤字目標のGDP比3%超への引上げを発表すると見込んでいる。基本シナリオで、2020年Q1遅くに新型コロナウイルスが制御され、Q2には経済活動が回復して、企業も受注を満たすべく生産能力を増強すると考えている。そうなるとPBoCは従来の住宅バブルやすでに高水準にある民間債務を抑制するための政策を再開するだろう。しかし、不確実性があることも明らかであり、Q2早くまでに状況が改善しなければ、景気回復見込みも危うくなり、新型コロナウィルスの影響を軽減するために緩和策のさらなる追加も否定できなくなる。
英国(BOE)
●政策金利(2月末時点:0.75%)
●予想:2020年8月と11月の金融政策決定会合で各々25bp利下げが実施するだろう
イングランド銀行(BoE)は、2月の金融政策委員会を前に利下げを強く示唆していたが政策金利を据置いた。成長見通しを下方修正した中で政策を変更しなかったことを、潜在供給力の成長率見通しも引下げたことを挙げて、暗黙のうちに正当化していたが、そのような評価を保証する新しい要因はほとんど出ていないため、説得力は強くないとみている。今後、景気が弱い中では利下げが必要という見方を変えていない。2020年8月と11月の金融政策決定会合で各々25bp利下げが実施されるという、従来予測に戻す。
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司