シンカー:「機動的財政政策」の運営で束縛・障害となっているのは、「税収中立」というイデオロギーで、大胆な政策が打てない状況に変化がないのが懸念だ。早急な景気対策の手段となりうる減税には、代替財源の手当てが必要である「税収中立」が原則となっているため、その他の増税で効果が打ち消されてしまうことが多い。短期間の「強い税収中立」という財政政策の束縛と障害を持っているのはほぼ日本のみであり、グローバルには「機動的財政政策」は減税で行われる。税収中立の原則を外し、賃金の大幅な上昇前の拙速な消費税率引き上げや新型コロナウィルス問題で苦しんでいる家計を大幅な減税や給付で支えるのが自然な考え方のように思える。日本の中間所得層は瓦解前の最終防衛ラインまで既に追い込まれてしまっているように感じる。もちろん、家計全体を支えるため、消費税率を一時的に引き下げることも十分に考慮に値する。アベノミクスの「機動的財政政策」と「税収中立」は相反する考え方であり、「税収中立」の原則を打破するとともに年度途中の緊急減税も可能にするようなイノベーションが必要であると考える。金融政策はこれまでに例を見ない大胆な方向に転換したが、財政政策も「税収中立」というこれまでの束縛・障害を乗り越え、財源の議論の前に、本当に必要とされる政策の積み上げ、そしてその深い議論に向かっていけるのか注目される。拙速な消費税率引き上げで日本経済の体力を削いでしまった後、自然災害と新型コロナウィルス問題で景気拡大の力は著しく弱まっているため、「税収中立」イデオロギーを打破して、減税を含む財政拡大がいますぐにでも必要になっている。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバルに金融緩和政策の限界が意識され、財政政策の役割が強調されるようになった。

新型コロナウィルスの問題が拡大し、各国は景気下押し圧力に対する財政政策での対応に追われているようだ。

米国では経済対策として給与に対する減税の可能性が話題となってきた。

日本でも、景気下押し圧力が手に負えなくなるまでの時間的な制約があり、財政政策はこれまで以上に機動性が求められている。

「機動的財政政策」の運営で束縛・障害となっているのは、「税収中立」というイデオロギーで、大胆な政策が打てない状況に変化がないのが懸念だ。

補正予算も税収の上振れや剰余金などを主財源として、国債発行をできるだけ回避して編成さることが多いし、減税には必ず代替財源が必要とされる。

早急な景気対策の手段となりうる減税には、代替財源の手当てが必要である「税収中立」が原則となっているため、その他の増税で効果が打ち消されてしまうことが多い。

「税収中立」の原則の下では、税制のゆがみを正す経済効果しか期待できず、実質減税が経済活動を刺激する効果が乏しい。

「税収中立」を長期間ではなく単年という極めて短期間で実践する財政イデオロギーが、「機動的財政政策」の運営の束縛・障害となっているのは確かだ。

グローバルには税収中立という概念はあったとしてもあくまで長期間でのもであり、短期的に財政収支が悪化しても、将来の景気を押し上げるため、10年程度の長期では財政収支へのインパクトは大きくないという考え方の下で、短期的な景気刺激の減税が実施されることが多い。

長期間の「緩い税収中立」は減税効果の説明責任を果たすためのものであり、短期間の「強い税収中立」のように「機動的財政政策」の運営の束縛・障害となることはない。

「強い税収中立」の下では、財政政策で景気を刺激する場合、実質減税が使えないため、政府支出の増加に過度に依存することになってしまう。

短期間で優良なプロジェクトをともなう政府支出を決めることは困難であり、公共投資や給付などの支出に依存してきたことが、景気対策が「ばら撒き」と批判を浴びる原因となった。

そして、ばら撒きという批判を政府が浴びることを政府は恐れるので、大胆な景気対策を実施できなくなってしまうという本末転倒なことが起きやすくなる。

更に、まず使うことのできる財源からの逆算で政策が決められるため、政策の必要性と効果、そして機動性を重視した議論が深まらない。

「税収中立」の原則を外し、賃金の大幅な上昇前の拙速な消費税率引き上げや新型コロナウィルス問題で苦しんでいる家計を大幅な減税や給付で支えるのが自然な考え方のように思える。

もちろん、家計全体を支えるため、消費税率を一時的に引き下げることを十分に考慮に値する。

「強い税収中立」という財政政策の束縛と障害を持っているのはほぼ日本のみであり、グローバルには「機動的財政政策」は減税で行われる。

短期間で優良なプロジェクトをともなう政府支出を決めることは困難であるから当然であろう。

必要な財政支出が早急にまとめられないのであれば、疲弊した中間所得層を支えるためにも、「税収中立」の原則を廃止してでも、減税を行う必要があろう。

日本の中間所得層は瓦解前の最終防衛ラインまで既に追い込まれてしまっているように感じる。

金融危機とアジア通貨危機による景気後退に対するため、1999年に恒久的減税として導入された定率減税(2007年に廃止)の復活と、2020年の年初に遡っての即時実施が検討されてもよいと考える。

日銀の強い金融緩和政策により、国債10年金利がマイナス、そして40年金利まで0.3%程度まで低下しており、新規国債を増発してでも必要とされる経済対策を実施するのが理に適っている。

翌年度の税制改革は、自民党税制調査会の税制改正大綱を経て実施されるという慣例も、年度途中の緊急実質減税の選択しを著しく狭め、「機動的財政政策」の障害となっている。

アベノミクスの「機動的財政政策」と「税収中立」は相反する考え方であり、「税収中立」の原則を打破するとともに年度途中の緊急減税も可能にするようなイノベーションが必要であると考える。

金融政策はこれまでに例を見ない大胆な方向に転換したが、財政政策も「税収中立」というこれまでの束縛・障害を乗り越え、財源の議論の前に、本当に必要とされる政策の積み上げ、そしてその深い議論に向かっていけるのか注目される。

既に、法人税率引き下げで単年の税収中立の原則は外れたこともあり、財政政策のイノベーションのハードルは下がっている。

「税収中立」の原則を外し、本当に必要とされる政策の積み上げで国債発行が必要になったとしても、マーケットが国債不足に悩んでいる状態では混乱がないばかりか、デフレ完全脱却を推進する力となるだろう。

拙速な消費税率引き上げで日本経済の体力を削いでしまった後、自然災害と新型コロナウィルス問題で景気拡大の力は著しく弱まっているため、「税収中立」イデオロギーを打破して、減税を含む財政拡大がいますぐにでも必要になっている。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司