国際世論は、一気に東京五輪の開催延期に傾く

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(画像=PIXTA)

3月22日、国際オリンピック委員会(IOC)は臨時理事会をテレビ会議で開催し、東京五輪の延期を含めた検討に入るとの方針を示した。今後、IOCは日本政府や大会組織委員会などと協議したうえで、4週間以内に開催の可否について結論を出す方針だという。これを受けて、23日の参院予算委員会で、安倍晋三首相が延期の可能性について初めて言及するに至った。また、小池百合子東京都知事も、開催延期を容認する姿勢を示すなど、東京五輪を巡る環境は一変した。

3月24日12時現在、新型コロナウイルスの感染は世界168の国と地域に拡大し、感染者数は38万1,293人に達するなど猛威を振るっている(1)。欧州のイタリアやスペインなどでは、爆発的に患者が急増する「オーバーシュート」が起きた状態にある。このような現状を踏まえれば、東京五輪が中止ではなく、延期との判断に落ち着こうとしていることには、まだ救いがあると言える。

当研究所の試算では、東京五輪は2014年度から2020年度までの7年間に約10兆円(国内総生産の2%弱、年平均では0.2%強)、国内経済を押し上げる効果があると見込んでいた。2020年度単年では、まだ多く見積もって2兆円程度が実現していない。五輪開催が延期されれば、この効果(需要)が先送りされることになる。すでに関連施設の建設投資などで、効果はかなり顕在化しているとは言え、観光業やサービス業、グッズの製造販売などで影響が大きく出て来そうだ。

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(1)米ジョンズ・ホプキンス大学「Coronavirus COVID-19 Global Cases」より。

五輪という経済の「つっぱり棒」

今後、東京五輪の開催延期で、企業が事業縮小や倒産などを余儀なくされれば、その悪影響は雇用へと及ぶだろう。特に、今回のような公衆衛生上の緊急事態では、経済活動の自粛や信用不安の影響がいつまで続くのか見通せない。既に中小企業の資金繰りや企業業績は悪化しており、どこまで耐えられるのか、非常に心配な状況になりつつある。また、雇用が不安定な非正規雇用者は、2008年のリーマン・ショック以降に469万人増加し[図表1]、東京五輪の開催地である東京圏内では151万人増加している。単純に、この151万人の非正規雇用者が一斉に失業したと仮定してみると、失業率は足元の2.4%から4.6%まで上昇することになる。オリンピック需要を見込んで一定の「人員」を積み増してきた企業もあるはずだ。今後、そのような人たちの雇用が危うくなる可能性も出てくる。

また、東京五輪の開催延期は、国内の経済像を複数年に渡って変化させる可能性もある。一例として、一国の経済全体の需給バランスを示す指標である「GDPギャップ」を見てみたい。GDPギャップは、プラス(需要が供給を上回っている状態)を維持しているときには、経済が好調で物価に上昇圧力が掛かった状態を示す一方、マイナス(供給が需要を上回っている状態)のときには、設備や人員に過剰感が生まれて物価に下押し圧力が掛かった状態を示す。

内閣府の発表によれば、2019年10-12月期のGDPギャップは、4四半期ぶりにマイナス転換して▲1.5%になったという。これは消費増税などの影響で、実体経済が急速に悪化してきたことを意味している。さらに今後は、新型コロナウイルスの影響が加わることになる。民間エコノミストの経済成長率平均予測値(ESPフォーキャスト3月調査)をもとにGDPギャップを延伸してみると、2020年1-3月期には▲2.5%のギャップが生じる[図表2]。この調査時点では、東京五輪の開催延期は織り込まれておらず、年後半にギャップが縮小していく絵姿となっているのは、その頃にコロナ感染が最悪期を脱し、東京五輪で経済が持ち直すとの見立てがあったからだ。東京五輪の開催延期は、経済予測を支えていた、言わば「つっぱり棒」を外すことを意味する。

新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めが掛からず、開催延期が予測に織り込まれることになれば、GDPギャップの落ち込みは足元の数字よりも大きくなり、エコノミストの予測も「その先なかなか改善しない」との悲観に傾いてしまうのではないだろうか。

東京五輪,延期,経済効果
(画像=ニッセイ基礎研究所)

優先順位は、(1)感染収束、(2)経済立て直し、そして最後に、(3)東京五輪

東京五輪の開催延期が決まったとしても、開催時期や会場確保、代表選手の選考からチケットの払戻しに至るまで、課題は山積している。また、この開催延期というショッキングな出来事は、人々の見方や行動にも変化を及ぼすだろう。

国内外で悪条件は重なるが、東京五輪の開催は実現しなければならない。そのためには、国内の感染を収束させることが最低条件となる。国内での感染拡大防止と現金給付などによる国民生活の下支え、資金繰り支援策の強化による倒産抑止と失業者の急増回避。緊急避難的な支援策を急ぎ拡充する必要がある。そして、新型コロナウイルスの災禍を収束させた後には、消費税引き下げやキャッシュレス還元拡充などで需要を喚起し、経済を再び力強い成長軌道に回帰させる必要がある。それら万策を尽くしたうえで、最後に来るのが東京五輪の実現だ。やるべきことは多いだろうが、優先順位に沿って、懸案に対処していくことが肝要である。

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矢嶋康次(やじま やすひで)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 研究理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任
鈴木智也(すずき ともや)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 研究員・経済研究部兼任

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