原油先物価格が史上初めてマイナスになった。モノの価格がマイナス?とは瞬時に飲み込めないが、例えば粗大ごみなどは廃棄するのにお金がかかる。それと同じだ。タダでも売れないのでお金を払って引き取ってもらうということだ。但し、昨日の原油価格のマイナスは受け渡しに絡む特殊要因。5月限の最終日が21日なので反対売買しないと現物がデリバーされる。デリバーされても貯蔵庫がない。経済が停滞し飛行機も飛ばず車も走らず、原油はじゃぶじゃぶに余っていて、どこもタンクが満杯だからだ。そういう状況で投げ売りがかさんだ。6月限は20ドルだから、マイナスになった5月限の価格は異常値で、原油先物の価格は実際は20ドルということだろう。しかし、その6月限にしても貯蔵できない状況が続けば期日前にはまた同じことが起きるだろう。
リーマンショック直後を思い出す。当時も景気後退で原油需要が激減、原油価格は急落し先物カーブは強烈なコンタンゴ(順ざや)になった。現物を買って1年先の先物を売るという裁定取引を組めばノーリスクで30~40%の利ザヤが確保できた。しかし、タンクがいっぱいで保蔵できない。そこで、流行ったのが「洋上保管」だ。通常は原油の輸送に使うタンカーを貯蔵庫として利用する。当時、メキシコ湾には洋上保管のタンカーが何隻も浮かんでいた。
その連想からだろう。明治海運(9115)と共栄タンカー(9130)がストップ高になった。海運株は燃料費低下という恩恵を受ける原油安メリット業種の代表だが日本郵船(9101)や商船三井(9104)は値下がりしているので、そのストーリーではなく、やはり「洋上保管」の思惑と思われる。
原油安で恩恵を受ける業種と言えば、真っ先に挙げられるのがガソリン価格の下落で自動車関連。海運同様、燃料安で航空や陸運にも恩恵がある。発電用重油も安くなり電力にもプラスだ。但し、今日のマーケットでは「原油安メリット業種」が物色されているようには見えない。さきほどの海運同様、業種内でまちまちの動きだ。例えば、11時現在でANAホールディングス(9202)は高いがJAL(9201)は安い。SGホールディングス(9143)は高いがヤマトホールディングス(9064)は安い。北陸電力(9505)、中部電力(9502)は高いが東京電力(9501)、関西電力(9503)は安い。個別の材料で動いている。
ANAホールディングスは2020年3月期の業績を昨日発表した。1-3月は594億円の最終赤字になった。16日にJALの営業赤字報道があっただけでなく、当然と言えば当然のことなのでサプライズはない。今日このままプラスを維持して引ければ3日続伸。株価は底が入ったように見える。
結局、原油安メリットで買われる明確なセクターは今のところない。原油安のメリットを受けるような業種(自動車、空運、海運、陸運)は、原油安は確かに恵の雨だが、それ以上にコロナによる景気低迷の悪影響を強く受けるからである。
但し、原油安は、エネルギーのほとんどを輸入に依存している日本経済・産業にとって間違いなくメリットである。コロナによる経済低迷の一部でも軽減できるなら素直に好材料と捉えるべきだ。
原油安が株安要因と捉えられるのは、1)産油国の株式売却、2)米国等のエネルギー企業の破綻リスク増大が主な理由だろう。しかし、実際にオイルマネーが株を売るかというと、必ずしもそうではない。実際に、ロンドンに投資オフィスを構える中東のSWFを訪問したことがある。そのファンドマネージャーは原油安で株を売るなどということはまったくないと明言した。
株を売って短期的に財政資金を捻出するというニーズも考えられなくはない。しかし、長期的な視点に立てば、産油国は石油ビジネス以外の活路を見出していかねばならないことは明白である。オイルで稼いだマネーの運用というのがいちばん「見えている」手段だろう。だから原油安になればなるほど、株式などの資産運用強化のインセンティブが働いて当然なのである。
今回の原油先物価格、史上初のマイナスは確かに一時的なものかもしれない。しかし、原油価格ももはやマイナスになり得るということを世間に知らしめたエポックメイキングな出来事であったことは間違いない。
価格の論理はシンプルである。供給過多で需要が少ないものの価格は安くなる。まず金利がマイナスになった。マネーがあふれる一方、低成長の世の中、そのマネーを使う資金需要が極めて弱いからだ。原油もシェールオイルの登場で供給が増える一方、世の中がESGのムーブメントに代表されるように脱・石化燃料へと動き確実に需要は減っていく。コロナショックの一過性ではない。コロナが終息した後も、原油価格は低迷し続けるだろう。
原油安の投資アイデアは、そうした長期の視座から考えるべきだろう。コロナ後も原油価格が安いなら資源を持たない日本の産業全般にとっての朗報だ。グローバルな文脈で日本株の相対的地位が上がる潜在的要因であろう。
広木 隆(ひろき・たかし)マネックス証券 チーフ・ストラテジスト
上智大学外国語学部卒業。国内銀行系投資顧問。外資系運用会社、ヘッジファンドなど様々な運用機関でファンドマネージャー等を歴任。長期かつ幅広い運用の経験と知識に基づいた多角的な分析に強み。2010年より現職。著書『9割の負け組から脱出する投資の思考法』『ストラテジストにさよならを』『勝てるROE投資術』
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