シンカー:国債市場には根強い誤解があったようだ。これまでその誤解を解こうとしてきたが、もう一度、論点をまとめてみる。一つ目の誤解は、日銀保有国債の減少幅が国債買入れの額を下回ると、マネタリーベースが減少してしまうため、日銀が国債買入れを減額する余地はないというものだった。二つ目は、前倒し発行分があるため、大きめの財政支出拡大を行っても、追加的な国債発行は必要ないというものだった。三つ目は、日銀がイールドカーブコントロールで10年金利をゼロ%に抑制しているから、超長期金利が上昇できないというものだ。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

誤解① 日銀保有国債の減少幅が国債買入れの額を下回ると、マネタリーベースが減少してしまうため、日銀が国債買入れを減額する余地はない

日銀が保有する国債が償還されても、日銀にある政府預金が減少するだけで、マネタリーベースはすぐに減少しない。政府が預金残高を維持するため、国庫短期証券を発行して市中から資金を調達して初めてマネタリーベースは減少することになる。一方、日銀はかなりフレキシブルに国庫短期証券の買入れを増額することができ、その分だけマネタリーベースの減少幅は抑制される。日銀はかつて56兆円程度(2016年9月時点)の国庫短期証券を保有していたが、現在は13兆円程度になっており、かなりの増額余地がある。実際に、4月27日の政策決定会合後に発表された当面の長期国債等の買い入れの運営では、国庫短期証券の一回当たりのオファー金額を5000億~3兆円程度をめどに買い入れを実施するとし、今回から買い入れ額レンジを明示するようになった。現在、つなぎの資金としての国庫短期証券の増発が意識されているが、日銀の買い入れによりマネタリーベースの減少は抑えられるだろう。更に、銀行券発行残高、ETFや社債などの資産買入れ、貸出支援基金などの増加分も、マネタリーベースの増加に寄与する。マネタリーベースを増加させるコミットメントを維持しながら、日銀がイールドカーブの過度なフラット化を防止するために国債買入れを調整する余地は大きかったようだ。

誤解② 前倒し発行分があるため、大きめの財政支出拡大を行っても、追加的な国債発行は必要ない

年度で必要な分以上の国債を前倒し発行して調達した資金は、日銀の政府預金に存在するはずである。実際には、予定が既に確定している国債償還に使われるまで、特別会計間や財政投資融資に貸付けられ、事実上の財投債と同じ役割となっているようだ。政府預金に残っているのは、足元で必要な償還資金や貸付けられる前の待機資金で大きくはないとみられる。翌年度以降の償還に充てる分を使ってしまえば、資金が手元に戻るまで国庫短期証券でつながねばならず、いずれ償還のため代わりの国債の発行が必要になる。更に、資金を大量に使うためには、財政投融資などへの貸付を流動化しなければならず、財投計画などが縮小されないのならば、財投債名目などでの国債を結局のところ発行しなければならない。43兆円程度の前倒債の残高があっても、大量の資金を直ちに使える状態にはなく、補正予算による大きめの財政拡大を行うのであれば、追加的な国債発行が必要となる。

誤解③ 日銀がイールドカーブコントロールで10年金利をゼロ%に抑制しているから、超長期金利が上昇できない

財政収支は、成長通貨供給、景気循環要因、構造要因に分解できる。国債市場需給の動きで最も重要なのは構造的財政収支だ。成長通貨供給には日銀買入れ、景気循環要因には企業貯蓄が、国債ファイナンスの力となり、需給を大きく傾ける要因とはならないからだ。構造的財政収支と米国の国債10-30年金利スプレッドで、日本の国債10-20年金利スプレッドをうまく推計できる。超長期金利が上昇できないのは、金融政策よりも、緊縮財政が主な原因のようだ。構造的財政収支は6年連続で黒字となり、その幅は拡大してしまっていた。2%の物価目標を含めたデフレ脱却を目指す過程で、これほどの緊縮財政を行うことは理に適っておらず、日銀と金融機関に過度の負担をかけてしまった。新型コロナウィルス問題に対応するための財政拡大で構造的財政収支は赤字に転じるとみられ、ゼロ%としている日銀の長期金利誘導目標が不変でも、超長期金利は上昇するとみられる。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司