はじめに
新型コロナウイルスが世界経済を揺さぶっている。需要の激減で小売業・サービス業はもとより、製造業を含むほぼ全ての業種といっても過言ではないほど幅広い企業が大打撃を受けている。
タイミングが悪いことに4月~5月は多くの日本企業が本決算を発表する時期だ。決算発表を延期する企業も頻発しているが、より深刻なのは2020年度(2021年3月期)の業績見通しを公表できない企業が7割近くにのぼっていることだ。株価にはどう影響するのか、そして投資家は何を重視しているのだろうか。
4月~5月は決算発表のピーク
日本の上場企業は3月に決算期末を迎える企業が最も多く、全体の約7割を占める。証券取引所は上場企業に対し、決算日から45日以内に決算を発表するよう求めているため、3月決算企業のほとんどが5月15日までに決算を発表することになる(通称「45日ルール」)。
実際、昨年は4月に388社(18%)、5月には1,211社(56%)が本決算を発表しており、合わせて74%の企業がこの2ヶ月間に決算を発表した。
業績予想を「未定」とする企業が急増
今年もほとんどの企業が5月15日までに本決算を発表する予定だ。東証1部の3月決算企業(約1,500社)のうち4月末までに183社が本決算を発表した。通常、決算発表では前期(今回の場合は20年3月期)の実績と併せて、今期(同21年3月期)の業績見通しを発表する。
企業業績は株価形成の根幹ともいえる。前期の実績値も大事だが、経済や企業の動向を先取りする株式市場にとって、今後の予想はより重要な意味を持つ。端的に言えば、業績拡大が見込める企業は株価が上昇、業績が悪化しそうな企業は株価が下がる。
ところが、純利益の予想を「未定」と発表した企業が126社で、全体の約7割にものぼっている。昨年までも鉄鋼業など一部の企業が予想純利益を開示しないケースはあったが、7割もの企業が公表できないという、異例の事態となっている。
原因はもちろんコロナウイルスの感染拡大で企業側の決算作業に例年よりも時間を要しているほか、そもそも経済の再開時期や回復ペースが読みきれず、今後の業績への影響が定まらないという根本的な理由がある。
致し方ない面もあるが、そんな中でも増益見通しを発表したのは情報通信、電気精密などの30社、一方、減益見通しを発表したのは景気敏感業種や輸出関連の27社となっている。
業績予想「未定」の企業は厳しく評価された
今期(21年3月期)の業績を「増益予想」または「減益予想」と発表した企業と、「未定」とした企業の株価がどう反応したのか検証してみよう。
各社が本決算を発表した日の前営業日を基準として、3営業日後までの株価の推移を示したのが図表3だ。今期の純利益を「増益予想」と発表した企業は平均で11%以上値上がりした。「減益予想」とした企業であっても平均2%強値上がりしている。
一方、「未定」とした企業の株価はほぼ横ばいで、株式市場の評価は一番低い。コロナウイルスの終息時期、経済の回復見込みなど先行き不透明感が強い中、投資家としては何らかの手掛りが欲しい。それにもかかわらず企業自身が業績の見通しを開示しなかったため、「減益予想」よりも低く評価された格好だ。
「減益予想」でも株価が上昇するのはなぜか
先ほど「企業業績は株価の根幹」と述べた。ならば減益予想を発表した企業の株価が上昇するのは不自然に思われるかもしれない。これが株式市場の面白いところであり、株式投資が簡単ではないひとつの理由だ。
株式市場の大きな特徴として、先行きが見えないことを最も嫌う。いわゆる不透明感だ。新型コロナにせよ米中貿易摩擦にせよ背景が何であれ、業績がどのくらい悪化しそうかを見通せない状況では株を買う投資家が極めて限られる。
しかし、現在のように世界的な景気悪化で企業業績も打撃を受けることが確実視される状況で、たとえ減益予想であっても見通しを示してくれると、投資家は「最悪そのくらいの悪化を覚悟しておけば良さそうだ」と解釈することもできる。
たとえるなら、バンジージャンプの高さを全く知らされないまま飛ぶことができるのは命知らずのスタントマンくらいだろう。しかし、どのくらいの高さか分かれば、あとは本人の意思次第だ。
いくつか事例を紹介しよう。業務用ソフトウエアのオービックビジネスコンサルタントは、21年3月期の純利益が8%ほどの減益になりそうだと発表した。それにもかかわらず株価は翌日に急上昇し、その後も堅調さを保っている。直近の高値となった5月12日の終値は5,080円で、決算発表前日の終値(4,480円)から13.4%も値上がりした。
そもそも人手不足なうえ、コロナウイルスの終息後もリモートワークの普及が続き同社製ソフトウエアの需要が拡大するといった期待もあるが、市場では減益率が1桁%で済みそうなことが
ベアリング大手のミネベアミツミは21年3月期の純利益を15.2%減~2.2%増と幅をもたせて開示した。僅かながら増益となる可能性を示唆したものの、20年3月期の23.6%減に続けて2期連続で2桁減益の可能性も大いにあるとしたのである。
ところが翌日の株価は決算発表前日と比べて10%を超える急伸となった。やはり市場では「幅を持たせながらも見通し開示したことが安心感を誘った」などと解説された。14日は市場全体の下落に引きずられて同社株も値下がりしたが、それでも発表前と比べて6%以上の水準を維持している。
一方、資生堂は5月12日の取引終了後、「2020年度の業績予想を取り下げる」と発表した。同社は12月期決算のため今回は第1四半期決算の発表で、新たな予想は中間決算と同時に公表するとしている。従来は5.4%増益(純利益ベース)と予想としていたが、事実上「未定」に変更した格好だ。
従来予想を公表したのは2月6日であり、中国・武漢での感染拡大や日本ではクルーズ船が話題の中心だった頃だ。つまり新型コロナの世界的な感染拡大が本格化する前に策定した計画であり、業績に与える影響を見直すこと自体は適切といえる。
しかし、それでも株式市場は“売り”で応じるしかなかった。翌朝、同社株には機関投資家などから売り注文が殺到し、一時7%を超える急落となった。先が見通せなくなったことへの失望売りだ。
上記は一例に過ぎず、市場のイメージ以上に内容が厳しいなど、減益予想を発表して株価が下落したケースも少なからずある。業績予想が「未定」でも、中期計画を評価して株価が上昇した企業もある。しかし、図表3で示したように、減益予想であっても開示した企業の方が平均的には市場の評価が高いようだ。
45日ルールの期限である5月15日までに大方の企業が決算を発表したが、ミネベアミツミのように幅を持たせたり、「夏までにコロナウイルスが終息する場合」などの一定の条件付きであっても、何らかの形で業績予想を公表した企業に投資資金が向かいそうだ。新型コロナは上場企業と市場の対話の重要性にも影響を及ぼしている。
井出真吾(いで しんご)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 チーフ株式ストラテジスト・年金総合リサーチセンター兼任
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