シンカー:25兆円程度の追加的な国債発行をともなう追加経済対策を実施したとする。構造的財政収支が同じだけ赤字になった場合、長期金利を直接的に0.2%程度だけ押し上げる力となるが、インパクトはあまり大きくない。日銀が十分にコントロールできる範囲内で、まだ家計と企業を支援する財政拡大余地は大きいと考えられる。新型コロナウィルス問題終息後のV字景気回復への動きを確実にするには、家計と企業の不安心理が拡大してしている中で、リバウンドを妨げるリスクとなる追加的な需要の減退と供給の喪失を防止するため、家計と企業への支援を拡充する大規模な追加経済対策がまだ必要だろう。追加経済対策の国債発行による政府の資金調達をともなう財政拡大で、経済が回って賃金とマネーが拡大する力となるネットの資金需要は復活し、リフレサイクルが活性化し、ネットの資金需要をマネタイズする日銀の量的金融緩和の効果も拡大するだろう。大規模な追加経済対策によって国民・企業・マーケットの心理を支えることで新型コロナウィルス問題終息後の景気のV字回復を強くし、デフレ完全脱却への元の道に復帰することを可能にするだろう。現世代と将来世代は、現世代の活発な活動による生産性向上を通した所得の増加でつながっているため、現世代の苦境と活動低迷を軽視して「将来世代にツケを回すな」と長期金利への実際のインパクトを推計しない空虚な政策論理で、現世代と将来世代の利益がトレードオフになるような主張をして分断することは、誰の利益にもならないことで好ましくないだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

日本の長期金利(国債10年金利)は、日銀の短期政策金利(%)、日銀当座預金残高の変化(前年差、GDP%)、米国債10年金利(%)、そして構造的財政収支(GDP%)でうまく推計できる(ゼロ金利政策導入後の1999年からのデータ、4四半期移動平均)。

更に、イールドカーブコントロール(YCC)とフォワードガイダンス(FG)が長期金利を強く抑制しているため、YCCの開始からが1、FGの開始からが2、追加金融緩和後が1.25(既に緩和が行われたため、FGの力が弱くなったと仮定)とする金融政策変数をおく。

長期金利=0.51+0.61日銀短期政策金利+0.11米国債10年金利?0.041(構造的財政収支+日銀当座預金残高変化)?0.37金融政策変数+0.19 アップダミー(誤差が標準誤差以上は1)?0.17 ダウンダミー(誤差が?標準誤差以下は1)、R2=0.99

構造的財政収支は、景気動向の代理変数である企業貯蓄貯蓄率(上昇=悪化、低下=改善)で景気循環要因を除去した景気動向に左右されない財政収支の部分(財政収支全体=A + B企業貯蓄率+構造的財政収支)である。

財政収支は、成長通貨供給、景気循環的財政収支、そして構造的財政収支に分解することができることになる。

財政収支=成長通貨供給+景気循環的財政収支+構造的財政収支

国債市場の需給の動きにとって最も重要なのは構造的財政収支である。

なぜなら、成長通貨供給には日銀の買いオペが、景気循環要因には企業の貯蓄が、国債をファイナンスする力となり、国債市場の需給を大きく傾ける要因とはならないからだ。

構造的財政収支が、赤字であれば国債の追加的な供給の増加で金利上昇要因、そして黒字であれば供給の減少で金利低下要因となる。

新型コロナウィルス問題などに対処するため、25兆円(5%GDP)程度の追加的な国債発行をともなう追加経済対策を実施したとする。

構造的財政収支が同じだけ赤字になった場合(財投債は金融資産と両建てであるため除かれる)、長期金利を直接的に0.2%程度だけ押し上げる力となるが、インパクトはあまり大きくない。

実際に、前回の経済対策で追加国債発行が26兆円程度あったが、長期金利への影響は限定的であった。

新型コロナウィルス問題終息後のV字景気回復への動きを確実にするには、家計と企業の不安心理が拡大してしている中で、リバウンドを妨げるリスクとなる追加的な需要の減退と供給の喪失を防止するため、家計と企業への支援を拡充する大規模な追加経済対策がまだ必要だろう。

もし日銀のFGの効果が剥落したとしても、追加的な長期金利の上昇は0.1%程度(=0.25*0.37)である。

合計の0.3%(=0.2%+0.1%)程度の長期金利の上昇圧力を完全に打ち消すためには日銀が40兆円程度(GDP比7.5%程度=0.3/0.041)の国債買入れ増額をすればよく、現行の15兆円程度と合わせて55兆円程度となり、日銀のかつてのめどである80兆円程度をまだ下回る。

日銀が十分にコントロールできる範囲内で、まだ企業と家計を支援する財政拡大余地は大きいと考えられる。

万が一YCCの信認がなくなっても、長期金利は更に0.4%(金融政策変数の係数)程度上昇するだけで、国債市場を大きく混乱させるものではないだろう。

新型コロナウィルス問題などで企業が資金を使わず需要を破壊する力がかかってしまっているのであれば、政府が資金を使って、経済を回さなければいけない。

その目安は、企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要となる。

企業の貯蓄対比で財政拡大が弱すぎ、ネットの資金需要(マイナスが強い)が消滅してしまっていて、経済が回って賃金とマネーが拡大する力(リフレ・サイクル)が弱いことが、なかなかデフレを完全脱却できない原因であり、新型コロナウィルス問題の終息後のリバウンド力を抑制してしまうことになる。

追加経済対策の国債発行による政府の資金調達をともなう財政拡大で、ネットの資金需要は復活し、リフレサイクルが活性化し、ネットの資金需要をマネタイズする日銀の量的金融緩和の効果も拡大するだろう。

大規模な追加経済対策によって国民・企業・マーケットの心理を支えることで新型コロナウィルス問題の終息後のV字回復を強くし、デフレ完全脱却への元の道に復帰することを可能にするだろう。

現世代と将来世代は、現世代の活発な活動による生産性向上を通した所得の増加でつながっているため、現世代の苦境と活動低迷を軽視して「将来世代にツケを回すな」と長期金利への実際のインパクトを推計しない空虚な政策論理で、現世代と将来世代の利益がトレードオフになるような主張をして分断することは、誰の利益にもならないことで好ましくないだろう。

表)追加国債発行による長期金利の上昇幅

追加国債発行による長期金利の上昇幅
(画像=ブルームバーグ、日銀、内閣府、SG)

図)ネットの資金需要

ネットの資金需要
(画像=日銀、内閣府、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司