シンカー: 世界の中央銀行は、金利を低水準に抑制して経済を下支えするため、政策総動員であらゆる手段を尽くす方針を再確認している。財政赤字の拡大と国債の供給増加は、イールドカーブのスティープ化を支える公算が大きい。イールドカーブのスティープ化は、国債の需給だけはなく、インフレ動向の変化も反映していく可能性がある。これまでマーケットはグローバル・デフレを意識してきた。企業の過剰貯蓄が問題になるなかで、財政政策が緊縮気味であったことが大きな理由であったと考えられる。一方、現在は、財政拡大と金融緩和のポリシーミックスの影響で、需要の回復とともに、マネーが拡大する力が強くなることで、物価上昇には加速感がでてくる可能性がある。資金の借り手である企業と政府の貯蓄率の合計であるネットの資金需要は、総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力、家計に所得が回る力、即ちリフレサイクルが拡大する力となる。これまで、ユーロ圏と日本ではネットの資金需要が消滅し、リフレサイクルが弱い状態であった。昨今の財政拡大で、ユーロ圏と日本のネットの資金需要が復活する可能性が高まった。日本では、2020年度第一次補正予算で、追加国債発行はカレンダーベースで18兆円(3.5%GDP)程度、発行根拠では26兆円(5%GDP)となった。ユーロ圏においては、各国レベルの財政対応に加えて、ユーロ圏全体としての復興基金について議論が活発化している。フランス、ドイツは5月18日に、EUが発行する「ユーロボンド」によって5000億ユーロに上る資金を調達する提案を行った。各国間の調整には今後も時間を要するとみられるが、実現すれば、新型コロナウイルス後の回復を後押しすることが期待される。リフレサイクルが強くなれば、グローバル・デフレの原因となっていた要因が解消することになる。もともとネットの資金需要が存在した米国も財政拡大で、ネットの資金需要は更に増加することになる。このネットの資金需要を中央銀行が量的金融緩和などで資金供給をしてマネタイズすると、金利上昇が抑制され、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が強くなり、景気を拡大したり、物価を押し上げたりする力にもなると考えられる。中央銀行のコントロールは短めの金利に強く、コントロール力が比較的弱い長めの金利は物価動向を含むファンダメンタルズをより反映することになる。ポリシーミックスがグローバルにイールドカーブのスティープ化を支えることになるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバル・レポートの要約

●アセット・アロケーション(5/21): 増資について語るべき時

危機の前からレバレッジは低くなかった:欧州企業は過去10年間でバランスシートのレバレッジを再び高めてきた。金融および自動車セクターを除いた欧州市場の純負債/EBITDA倍率は1.7倍と、過去平均(1.6倍)を若干上回っている。欧州のほとんどのセクターでは、同倍率がそれぞれの過去20年平均を上回っている。通常、同倍率はリセッションの間に利益の低下に伴って上昇する傾向にある。だが今回は、レバレッジ比率が既に高い状態でリセッションに突入しようとしている。

社債発行が増加:欧州企業は現金保持に動いている。多くのセクターで2020年の配当と自社株買いが縮小および/または延期されており(SHELLでさえ1945年以降で初めて配当を引き下げた)、配当先物市場は現在、EUROSTOXX 50指数とFTSE 100指数の配当が前年比でそれぞれ27%、45%減少することを織り込んでいる。一部の企業は設備投資予算も大幅に削減している。しかし、これらの措置は、数ヵ月に及ぶロックダウンが引き起こす売上高の急減に対応するには不十分かもしれない。その結果、企業は2019年以上に負債調達を行っており、そのコストは必ずしも2019年よりも低くはない。欧州の年初来の新規社債発行額は3,380億ユーロと、前年同時期の2,880億ユーロから増加しており、全ての信用格付けで発行が増えている。

バリュエーションへの影響:本稿では、PERがいかに企業の負債の影響を捕捉し損なっているかを論証し、従って、代わりにEV/EBITDAに注目する。本稿で示す通り、EV/EBITDAに基づくと、利益が低下し社債が発行される際の時価総額の変動ははるかに大きなものとなる可能性がある。弊社の想定の下では、STOXX600指数は理論的には年初を15-28%下回る水準で取引されるはずである。これは2021年予想EV/EBITDAが既に高かった2019年末の水準に戻っているとの想定に基づく。

バランスシートは株式投資家にとって重要:しばらく前から、弊社のクオンツチームは、バランスシートが強固な米企業をロング/バランスシートが脆弱な米企業をショートするトレードを推奨している。欧州に関しては、本稿で示す通り、過去2年間で投資家は信用格付けが最も低い企業を回避し、格付けが最も高い企業に投資することで利益を得られたはずである。本稿では、欧州の主要指数およびセクターごとのクレジットミックスを検証する。イタリアFTSE MIB指数とスペインIBEX指数は全体的に信用格付けが最も低い一方、スイスSMI指数は最も高い。欧州の保険、銀行、および石油・ガスセクターは(指数に占めるウェイトという点で)投資適格企業(BBB格を除く)へのエクスポージャーが最も大きい一方、テクノロジー、自動車、および通信セクターはハイイールドへのエクスポージャーが最も大きい。

増資リスクが視野に:増資の季節が始まったようである(先週のCOMPASSとBOOHOO、それ以前のINFORMA)。本稿では、弊社のアナリストが増資リスクが高い、または中程度とみている欧州株18銘柄に脚光を当てている。本稿で示す通り、歴史的にみて、増資を行った企業の株価はその後5年間で市場全体と所属するセクターをアンダーパフォームする傾向にある。

●アセット・アロケーション(5/22): 新興国資産が回復する3条件

新興国市場は、トリプルショックを受けてきた。新型コロナウイルス(COVID-19)、低水準になったコモディティ価格と、米ドル調達危機である。弊社のマルチアセット・ポートフォリオ(MAP)では、新興国へのエクスポージャーを制限して、ディフェンシブかつ長期成長に関連する中国資産とハードカレンシー建(新興国)国債に焦点を当ててきた。この戦略は成功している。新興国投資は机上では(おそらく現地通貨建て債券を除き)「割安に」見えるが、弊社が新興国資産を従来よりも良い方向で見直すには、以下3条件が必要になるだろう。1) 新型コロナウイルスによるストレスが和らぐ(新規感染者数の減少が確実になる)、2) コモディティ価格の正常化が持続する、3) グローバルサプライチェーンや貿易がリセットされたと確信でき、長期的な経済成長軌道に戻ったというシグナルが出ることである。

●欧州経済(5/23): 仏両国の首脳がユーロボンドへの第一歩を提案

5月18日にフランスのマクロン大統領とドイツのメルケル首相は、新型コロナウイルス流行の後に欧州経済を押上げ(参照)、新しいウイルスなどの大流行に対する抵抗力を高めるための、何点かのアイディアの概要を示した。提案のポイントは、5,000億ユーロに相当する(また2021-27年に使われる)復興基金の創設に向けた第1歩であるということだ。このようなコロナ債/ユーロボンドは、欧州連合(EU)が発行することになる。資金の支払いは財政移転の形で行われ、(新型コロナウイルス禍の)打撃が甚大だった国が主対象とされる。一見したところ、これは財政共同化に向けた重要な一歩になる。このため以前の報道で示唆されたように、(金利は低下しているとはいえ、重債務国の負担を増やす)融資の形にはならない。また復興基金の創設は、ECBも歓迎するだろう。コロナ債がPSPP(公的部門買入れプログラム)とPEPP(パンデミック緊急購入プログラム)の対象に(発行額の最大50%まで)加わるからだ。だが交渉はまだ成立しておらず、EU加盟国と欧州議会の承認が必要になる。一部の国は既に、資金を供与することに反対している。しかし彼らも、自身の政治力を生かして条件付け(特に改革に向けた取組み)を求めることを決断する可能性がある。資金調達の方法(EU税、加盟国の負担、コミットメント)も論争を呼ぶとみられる。

●米国経済(5/23): 経済再開は緩やか…「緩やかすぎる」

米国の大半の州が4月後半以降から5月中頃に再開フェイズに入り始めていることは、米国全体も再開フェイズに入り始めていると示す重要なポイントである。だが、米国経済再開が緩やかに進むリスクがある。失業率が急上昇して、多くの国民が食料品消費を減らし始めている。外出規制が長引くほど、失業が(一時的ではなく)永続化する可能性が高くなる。

生活・生計の混乱が、個人、家族、そして経済の重石に

弊社推定では、米国の第2四半期(Q2)GDPは30%減少した。また経済再開が緩やかなことは減少幅がそれより遥かに大きいことを意味している可能性がある。マイナス幅が30%を超えると、生活、雇用、所得での犠牲が深刻となる。

5月を通じて多くの州が「経済再開」の段階に

弊社は米国の10大都市(GDP合計が米国全体の57%を占める)を観察している。雇用とGDPは主要都市部に集中しているが、そうした地域では経済再開が非常に遅くなるとみられる。ニューヨークとロサンゼルスはそれぞれ米国GDPの8%、6%を占める主な経済の中心地だ。他に重要な要因として、自動車工場の操業再開が挙げられる。

失業申請など弊社がフォローする週次指標の転換

3月後半の失業給付新規申請によって、経済的な損失が最初に示されたため、弊社は転換点を探るために、給付申請件数などの指標に注目している。弊社は、最初の経済再開を受けて第3四半期には回復(失業給付申請が減少)すると見込んでいる。ただその後については、弊社はそれほど楽観的ではない。閉鎖期間が長く経済再開も徐々に進むことは、企業倒産や永続的な失業の発生を示唆している。

●インド経済(5/20): 刺激策は実質を伴わず経済が崩壊する見通しだが、改革は将来の見通しを明るくする

インドのロックダウン(都市封鎖)が3回目の延長となり(感染者カーブのフラット化失敗が理由)、20兆INR(ルピー)の新型コロナウイルス対策も実質的内容は乏しくかなり誇大表示ともいえるため、2021年度(2020年4月-2021年3月、本レポートでは以下同様)のインド実質GDP成長率の弊社予測を、従来の-0.4%から-2.3%に再度下方修正する。弊社はまた、さらなる下振れリスクがあるとみている。

●債券市場(5/25):金利の錨を下ろす

世界の中央銀行は、金利を低水準に抑制して経済を下支えするため、政策総動員であらゆる手段を尽くす方針を再確認している。財政赤字の拡大と国債の供給過剰は、我々が予想する欧米イールドカーブのスティープ化を支える公算が大きい。FRBが金利を低水準に抑制。米連邦準備制度理事会(FRB)は、金融危機後に採用したフォワード・ガイダンス(金融政策の先行き指針)のようなツールを再起動することや、資産買い入れをイールドカーブ・コントロールの手段として利用することを話し合った。これが金利を低水準にしっかりと抑制するはずだ。こうした状況では、短期エクスパイアリーのボラティリティーがアンダーパフォームして、ボラティリティー・カーブはスティープ化に向かうことが予想される。ユーロ圏のリスク投資環境と非中核国の国債市場を支援。仏独両国は補助金を含む5000億ユーロ規模の復興基金創設で合意し、ユーロ圏周縁国に安らぎを提供すると同時に、欧州中央銀行(ECB)の負担軽減に踏み出した。しかし、この計画には明らかな政治的ハードルがあり、いくつかの国が非常に強い反対を表明している。6月半ばの欧州連合(EU)首脳会議で政治的な妥協が成立すれば、イタリア国債を中心にスプレッドは買い支えを受けるだろう。ECBの資産購入や流動性供給も引き続き支援材料となる。それでも、「波乱含み」の夏場に備え、カレンダー・スプレッドのポジションでヘッジをかけるのが得策であるとの判断に変わりはない。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司