シンカー:2020年度の第二次補正予算と流動性供給策拡充を含む政府・日銀の追加支援を背景に、雇用所得環境の行方を左右する信用サイクルは底割れず、新型コロナウィルス問題終息後の景気の形は、底を這って回復のないL字型は回避され、景気回復がしっかり進行するだろう。しかし、景気回復をU字型からV字型へ確実に促進するためにはまだ財政拡大は不十分で、問題終息後の需要刺激策を含む更なる経済対策が年末までに実施されるだろう。異常なプラスの企業貯蓄率が示す過剰貯蓄として総需要を破壊する力がデフレ圧力となる中、財政政策が相対的に緊縮的であったため、構造的財政収支は既に+1%(GDP対比)程度となり黒字化している。新型コロナウィルス問題による財政拡大の動きが、終息後もデフレ完全脱却を目指す緩和スタンスとして継続させ、構造的財政収支は?1%程度の赤字が維持されることで、景気のV字回復をデフレ完全脱却に結び付けることができるだろう。財政拡大と、終息後の企業活動の再活性化で、総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力、家計に所得が回る力、即ちリフレサイクルが拡大する力となるネットの資金需要が復活し、それを日銀がマネタイズする形となり、アベノミクス2.0が稼働するだろう。

長期金利の推計式を使えば、デフレを完全脱却し、日銀の金融政策の正常化後の長期金利のフェアバリューを推計することができる。推計式では、短期の政策金利をプラスに戻して金融政策が正常化される2023年の年末の長期金利は1.25%程度になっていることが示される。構造的財政収支を赤字に維持している状態で、金融政策を正常化しても、長期金利が高騰することはないだろう。高騰のリスクが小さいのであれば、デフレ完全脱却まで構造的財政赤字を維持し、緩和的な財政政策を維持すべきだろう。名目GDP成長率は3%程度まで戻っているだろうから、名目GDP成長率が長期金利を持続的に上回る、拡張する力が抑制する力より強いリフレによる拡大均衡が継続し、株式や不動産を含むリスク資産価格の上昇圧力が、日銀が本格的な金融引き締めに入るまで継続する可能性が高い。リスクシナリオとして、新型コロナウィルス問題の財政拡大の反動で、終息後に政府負債残高の増加を懸念した早急な財政収支黒字を目指す財政緊縮が行われれば、ネットの資金需要はまた消滅し、デフレ完全脱却に失敗するだけではなく、デフレの闇に飲み込まれることになるだろう。以前の復興税のようなコロナ増税や、再度の消費税率引き上げなどをすれば、日本経済に極めて大きなダメージを与えることになってしまうだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

日本の長期金利(国債10年金利)は、日銀の短期政策金利(%)、日銀当座預金残高の変化(前年差、GDP%)、米国債10年金利(%)、そして景気動向の代理変数である企業貯蓄貯蓄率(上昇=悪化、低下=改善)で景気循環要因を除去した景気動向に左右されない財政収支の部分である構造的財政収支(GDP%、財政収支全体=A + B企業貯蓄率+構造的財政収支)でうまく推計できる(ゼロ金利政策導入後の1999年からのデータ、4四半期移動平均)。

更に、イールドカーブコントロール(YCC)とフォワードガイダンス(FG)が長期金利を強く抑制しているため、YCCの開始からが1、FGの開始からが2、追加金融緩和後が1.25(既に緩和が行われたため、FGの力が弱くなったと仮定)とする金融政策変数をおく。

長期金利=0.51+0.61日銀短期政策金利+0.11米国債10年金利?0.041(構造的財政収支+日銀当座預金残高変化)?0.37金融政策変数+0.19 アップダミー(誤差が標準誤差以上は1)?0.17 ダウンダミー(誤差が?標準誤差以下は1)、R2=0.99

政府は、新型コロナウィルス問題に対処するため、家計と企業の追加支援策及び医療体制強化などを含む2020年度の第二次補正予算を閣議決定した。

構造的財政赤字に相当する新規国債発行は31.9兆円(GDP対比5.5%程度)となり(財投債は金融資産と両建てであるため除かれる。企業貯蓄率が不変と仮定。)、推計では0.25%程度の長期金利の上昇圧力となる。

上昇圧力はわずかであり、日銀が十分にコントロールできる範囲内だろう。

2020年に入ってからの三回の補正予算で、新規国債発行は合計62兆円(GDP対比11%)程度となった(2019年度第一次補正予算4.4兆円、2020年度第一次補正予算25.7兆円、第二次補正予算31.9兆円)。

これまで、日本の政府負債残高は巨額で、追加国債発行を大きく増やせば、国債市場に大きな混乱が発生するため、財政支出の拡大余地はないという見方が一般的だった。

しかし、これだけの追加国債発行があっても、企業の過剰貯蓄は大きく、国全体のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)はまだ弱く、日銀の国債買入れもあり、国債市場は安定している。

2020年度の第二次補正予算と流動性供給策拡充を含む政府・日銀の追加支援を背景に、雇用所得環境の行方を左右する信用サイクルは底割れず、新型コロナウィルス問題終息後の景気の形は、底を這って回復のないL字型は回避され、景気回復がしっかり進行するだろう。

しかし、景気回復をU字型からV字型へ確実に促進するためにはまだ財政拡大は不十分で、問題終息後の需要刺激策(国費GDP比1%程度)を含む更なる経済対策が年末までに実施されるだろう。

異常なプラスの企業貯蓄率が示す過剰貯蓄として総需要を破壊する力がデフレ圧力となる中、財政政策が相対的に緊縮的であったため、構造的財政収支は既に+1%(GDP%)程度となり黒字化している。

新型コロナウィルス問題による財政拡大の動きが、終息後もデフレ完全脱却を目指す緩和スタンスとして継続させ、構造的財政収支は?1%程度の赤字が維持されることで(一時的にはそれを大幅に上回る赤字となろう)、景気のV字回復をデフレ完全脱却に結び付けることができるだろう。

財政拡大と、新型コロナウィルス問題の終息後の企業活動の再活性化で、総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力、家計に所得が回る力、即ちリフレサイクルが拡大する力となるネットの資金需要が復活し、それを日銀がマネタイズする形となり、アベノミクス2.0が稼働するだろう。(震災復興による財政拡大が種となった2013年以降のアベノミクス1.0と似ている形になる。)

長期金利の推計式を使えば、デフレを完全脱却し、日銀の金融政策の正常化後の長期金利のフェアバリューを推計することができる。

アベノミクス2.0が稼働すれば、デフレ完全脱却への元の動きに戻るとみられ、2022年に企業貯蓄率がマイナスの正常な状態に戻ることで過剰貯蓄が総需要を破壊しなくなるだろう。

政府がデフレ完全脱却宣言をするタイミングで、日銀は長期金利の誘導目標の引き上げを始めるだろう。

その後、景気の強さ対比で緩和的な金融政策スタンスを維持することで物価上昇が加速し、短期の政策金利をプラスに戻し緩和から脱却するのは、物価目標達成後の2023年となろう。

金融政策の正常化後、日銀の短期政策金利は+0.1%に上昇し、国債買入れの動きはなくなり(日銀当座預金残高の変化がゼロ)、米国の長期金利が3%強であったとする。

当然ながら、YCCとFGの長期金利下押し効果はなくなり、金融政策変数はゼロである。

以上の前提条件をおくと、推計式では、金融政策が正常化される2023年の年末の長期金利は1.25%程度になっていることが示される。

長期金利の推計値は、YCC、FG、そして量的金融緩和が無かった場合の推計値に近づいていくことになる。

構造的財政収支を赤字に維持している状態で、金融政策を正常化しても、長期金利が高騰することはないだろう。

高騰のリスクが小さいのであれば、デフレ完全脱却まで構造的財政赤字を維持し、緩和的な財政政策を維持すべきだろう

名目GDP成長率は3%程度まで戻っているだろうから、名目GDP成長率が長期金利を持続的に上回る、拡張する力が抑制する力より強いリフレによる拡大均衡が継続し、株式や不動産を含むリスク資産価格の上昇圧力が、日銀が本格的な金融引き締めに入るまで継続する可能性が高い。

リスクシナリオとして、新型コロナウィルス問題の財政拡大の反動で、終息後に政府負債残高の増加を懸念した早急な財政収支黒字を目指す財政緊縮が行われれば、ネットの資金需要はまた消滅し、デフレ完全脱却に失敗するだけではなく、デフレの闇に飲み込まれることになるだろう。

以前の復興税のようなコロナ増税や、再度の消費税率引き上げなどをすれば、日本経済に極めて大きなダメージを与えることになってしまうだろう。

図)財政収支の分解

財政収支の分解
(画像=日銀、内閣府、SG)

図)長期金利のシミュレーション

長期金利のシミュレーション
(画像=ブルームバーグ、SG)

図)名目GDP成長率と長期金利

名目GDP成長率と長期金利
(画像=内閣府、ブルームバーグ、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司