シンカー: グローバルに経済システムが、新型コロナウィルス前後で一変するという見方は多い。しかし、物価動向に関する見方はあまり変わっていないようで、これまでのグローバルデフレの継続の予想が多いようだ。企業の過剰貯蓄が問題になる中で、財政政策が緊縮気味であったことが、過剰貯蓄としてグローバルデフレの一つの大きな理由であったと考えられる。現在は、企業の過剰貯蓄を十分にオフセットする財政拡大と金融緩和のポリシーミックスの影響で、需要の回復とともに、マネーが拡大する力が強くなる可能性がある。新型コロナウィルス問題による短期的な物価の下押しは供給と需要の相対的な位置どころによるものであると考えられる。グローバル生産体制のリスクの見直しと改変が進行する可能性がある。更に、危機管理の在庫手当ても含め、安定した供給体制に対するプレミアムが上昇するだろう。ソーシャルディスタンシングへの意識も、サービス業を中心に供給を制約することになるだろう。企業は利益率をより重要視するようになり、一時的な需要の弱さによる値下げに踏み切るハードルを上げ、価格弾力性を考慮した価格戦略が広がるとみられる。需要の回復とともに、供給対比での需要の強さが生まれ、物価動向はデフレよりもインフレへの方向性も持つ可能性がある。グローバルな債券マーケットの現在の共通テーマは債券供給量の増加であり、世界経済に改善を感じたとき、それがイールドカーブにスティープニング圧力を加えることになろう。そして、その共通テーマはいつの間にか債券供給量の増加からインフレへ変化してくる可能性もあるだろう。
新型コロナウィルス問題が終息に向かったとしても、米中のグローバルな政治・経済の覇権争いが不安要因として残ることがマーケットで意識されているようだ。中国は、これまでのグローバル・デフレの経済環境下で、経済の巨人へと成長した。では、グローバルな経済環境がインフレに転じた場合、これまでの勢いを維持することができるのだろうか?中国の国家資本主義は、欧米の自由資本主義よりも効率的で、インフレ圧力をうまくコントロールできるだろうか?グローバル・デフレという過剰貯蓄の(資本が有り余っている)経済環境が、国家主導の非効率的投資活動を許容してきたし、非効率的なものを含むその総需要拡大策が、経済規模を巨大にしてきたとも考えられる。より効率的な投資活動が求められるグローバル・インフレの経済環境では、国家主導の経済体制のパフォーマンスは、自律的な効率化のメカニズムを内包する自由資本主義の経済体制より劣る可能性があろう。AI、IoT、ビッグデータ、ロボティクス、5GなどのITの革新的技術の発展は、アプリの開発などで迅速にキャッシュリッチとなるような形から、収益には大規模投資を必要とする形へ変化し、企業の過剰貯蓄の動向も変化が生まれるかもしれない。そうなると、投資には効率性が求められ、非効率のままではインフレが進行し、投資と経済の拡大にブレーキを掛けなくてはならなくなるかもしれない。グローバルな政治・経済の覇権争いで、自由資本主義陣営が覇権争いに勝利するためにインフレが必要であるということも一つの考え方だ。米ソの冷静は軍拡の負担に対する耐久力で米国に軍配が上がったが、米中の対立は財政拡大とインフレの負担に対する耐久力での勝負となる可能性がある。
グローバル・レポートの要約
●アセット・アロケーション(6/2): 金をポートフォリオに組み入れるには遅すぎる?
最近の市場混乱の中での金:金は2020年1Q序盤の困難な市場環境に全く影響を受けなかったわけではないが、依然として有効で流動性の高いポートフォリオヘッジである。市場の流動性低下と急落の深さは投資家を驚かせ、一部の投資家はキャッシュを確保し損失を一部相殺するため、最も流動性が高く、最も価値ある資産(CROWN JEWELS)を売却することを余儀なくされたと思われる。そして金はその完璧な候補だった。弊社は過去1年間にわたり金に対して「オーバーウェイト」スタンスを取っており、それは最終的に奏功したが、次は何が起こるのだろう?
戦術的に金へのオーバーウェイト・アロケーションを縮小:弊社は独自のアセットアロケーション枠組みを使用し、現在の自ら招いた(SELF-INFLICTED)リセッションから徐々に脱却して新たな景気サイクルに移行する過程でマルチ・アセット・ポートフォリオの中で金へのアロケーションをどの程度にすべきかを決定している。弊社のQ-MAPモデルは、金に対してある程度のアロケーションを維持しつつも若干縮小するよう示唆している(リセッション中の15%から、新たな景気サイクルの初期段階では9%に)。戦術的に、弊社は金よりも原油とベースメタルを選好する。
…価値の保全(RESERVE OF VALUE)として多少の金を維持
金は60/40ポートフォリオのシャープ・レシオを押し上げる:株式へのアロケーションを削って金へのアロケーションを多少加えることは、債券へのアロケーションを引き上げるよりも効率的なポートフォリオのリスクを管理する方法である。実際、伝統的な株式60%/債券40%のポートフォリオに比べてシャープ・レシオと最大ドローダウンの改善がみられている。
コロナウイルス後の世界における価値の保全:債券利回りの短期的見通しはレンジ内推移に傾いているが、世界経済が徐々に回復するにつれ、ソブリン債市場の需給動向と自然利子率(NATURAL RATE)のリプライシングに再び脚光が集まろう。ソブリン債から社債/株式へのさらなるリアロケーションは不可避だと弊社はみている。「価値の保全」を提供する資産を保有することはポートフォリオにとって重要となろう。金はその格好の候補だと弊社は考える。
●欧州経済(5/28): ECB: 結果は手段を正当化するか、決定者は誰か
ドイツ憲法裁判所が最近下した決定について、エコノミストの間で活発に議論されているが、以下の事実が整合するとは考えづらい。即ち、1) EU条約は、財政ファイナンシングを明示的に禁じている、2) ECBはエコノミストの多くがそのように(財政ファイナンシングと)呼ぶ債券買入れを実施している。古くなった条約が役に立たず、政治家も法的枠組みや自国経済強化で余りにも遅れていることが明らかで、ECBは責務の限界に達している。過去の数年は文言が硬化する一方で、ドイツ裁判所の決定は起こるべきアクシデントだった(ドイツの判事の1人は、ECBは「宇宙の支配者」ではないと言った)。裁判所はドイツで最も尊敬されている機関の1つであるため、これはECBにとって小さな問題ではなく、外交上慎重に扱う必要がある。
弊社は、欧州司法裁判所(CJEU)の制限策を強調することでドイツ連邦銀行をPSPPに留めることが可能と考えている。つまり、ドイツ連邦銀行が仲介役を務めづらいことで、出資比率や発行体・発行別の買入れ上限33%(または最大でも50%)にこだわることだ。比例性評価に関する大半の分析は利用可能とみられるが、出口戦略のコンセンサスは取れないだろう。永続的な債務借換えは事実上の財政ファイナンスで、ユーロシステムはある程度(中期的な)時間軸で合意する必要がある(現時点で発表する必要があるかも知れない)。インフレと戦うためにバランスシート拡大がどこまで可能か(上限)も考えなくてはならない。ECBが条約で定められた責務に沿って動いてきたことが、問題だったと今後明らかになるとみられる(この責務をECBはインフレ率0-2%と定義しており、来年のECB目標再定義に影響する可能性がある)。
PEPP(パンデミック緊急購入プログラム)について、他の裁判所が決定を下すとみられ、それがドイツ連邦銀行のPEPPへの参加を制限する可能性がある。PEPPはOMT(国債買入れプログラム)とは対照的に、条件が無く出資比率も長期的に(どれだけ長期かも疑問)観察されるだけである。ECBは、OMTの場合と同様に自身を守っている(特に、政策の波及メカニズムを保って責務を果たせるようにするため)。しかし、このプログラム(PEPP)は特定のものに効果を発揮する色合いが強く、かつ遥かにリスクが高い(ジャンク債を含めるなど)ことが明らかになれば、CJEUさえも条件付きで一時的に賛成するだけとなる可能性がある。こうしたショックが発生したときに、リスクがあり不安定な国・セクター・資産でスプレッドが拡大しても、正当では無いと言えるだろうか。ECBはリスク資産を守ると認識される、売買損失が財政収入に大きく影響するならば、モラルハザードに陥るリスクが高くなる。(新型コロナウイルスの)パンデミックが、迅速な動きと、条件付けやESM(欧州安定メカニズム)やOMTに伴う債務リストラの回避を求める正当な理由であることは明らかだ。問題は、それをどれだけ簡単に終わらせることができるのか、あるいはPEPP長期化を必要な変革の遅れだと批判される可能性があることだ。弊社は、EUの法律家やECBの政策レビューでこうした問題が明確化するとは全く期待しておらず、ユーロシステムが金融政策の役割を巡る基本的な相違によりて身動きが取れなくなることを恐れている。政治家はその代わに、新しい条約でそれを詳しく説明することが必要になるかも知れない。
有難いことにECBは現在、財政面からの実効的な支援を受けている。直近で発表された独仏の共同イニシアティブは重要な機会となる。合計金額は依然として小さいが、共通債や財政移転の増加に助けられて債券スプレッドはコントロールされ、PEPPへの圧力は弱まると見込まれる。銀行同盟に向けて今秋に進展することで、ユーロ圏のリスク共有・削減という問題はEUの政治家が最終的に引継ぐという印象は、さらに強まるだろう。
来週(6月4日)のECB政策理事会でECBがPEPPを補充する可能性はあるが、景気見通しがさらに明確になれば、APP(資産買入れプログラム)を拡大する必要性が強まるとみられる。第2四半期(Q2)GDPの損害や回復スピードが明らかとなったときに市場のボラティリティが再び高まれば、今夏の遅くにはPEPP拡大が必要になるかも知れない。6月にはTLTRO3の取込み額が大きくなる可能性があるが、ECBは夏の後に、住宅ローンへの流動性支援を検討するとみられる。なお弊社は、PEPPが来年まで延長され来年末まで続くと見込んでいる。
●中国経済(5/25): 全人代のポイント…緩和の余力を多少残している
本日(22日)始まった中国の全国人民代表会議(全人代)が発したメッセージは、財政刺激策を熱望していた向きには期待外れだったかも知れない。しかし実際は、会議前に繰返しコミュニケートされていた政策スタンスと整合していた。即ち「政府は、必要な状況となれば(緩和策を)進める意向がある。だが新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)や外需について不明確な現時点で、全てを投入するつもりは無い」である数字的な経済成長目標は明示されなかったが、現在の最優先課題である雇用安定の実現には、3 %を大きく下回らないGDP成長率が必要になるだろう。こうした成長率は実際のところ、中国政府が予算を算出する際に暗黙のうちに期待している水準である。したがって、経済状況が現時点の見込みよりも急速に悪化すれば、本日約束されたよりも緩和の範囲が大きく広がると弊社は考えている。しかし同時に、リアクション的な政策スタンスの採用でオーバーコミットの可能性は低くなり、(2009年や2016年とは異なり)中国外の世界にリフレ効果が及ぶ範囲は限定的になるとみられる。
は以下同様)のインド実質GDP成長率の弊社予測を、従来の-0.4%から-2.3%に再度下方修正する。弊社はまた、さらなる下振れリスクがあるとみている。
●債券市場(5/25):ロングエンドへの圧力
最近の数カ月間に集中した悪いニュースが永遠に続くはずもなく、ここ1週間は確かに前向きなムードが感じられた。株価の着実な上昇に加えて、欧州委員会の復興基金プランは市場から好意的に受け止められている。グローバルな共通テーマは債券供給量の増加であり、市場が世界経済に改善を感じたとき、それがイールドカーブにスティープニング圧力を加えることになろう。
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司