コロナショックの現実~一斉解雇の真相とは?
新型コロナによって経済が止まり、今、多くの業種で会社がバタバタと倒れている。コロナ倒産は4月から急激に増え、6月に入り200件を超えた。同じ理由による倒産数としてはここ10年で最多だ。
タクシー業界も深刻だ。街から人が消え、客は激減。売り上げは半分以下まで落ち込んだ。5月に入るとついに倒産するタクシー会社も。大阪の「ふれ愛交通」が破産申請、81人のドライバーが職を失った。
そんなタクシー業界にあって、ある決断を下した会社が物議を醸している。
始まりはタイトルが「全員解雇のお知らせ」というタイトルのツイッター。中身を見ると「いち早く失業手当を受け取ってもらう為、一旦、事業の休止を決断」とあった。
このツイートにSNSで反応が相次ぐ。「正当な理由の解雇、社長さんは正しい選択をした」「英断!これが経営者としてのリスクマネジメント」……従業員を解雇し、失業手当を届けるという社長の決断を「英断」と評価する投稿が拡散した。
ロイヤルリムジンの本社はプレハブの建物だった。ツイートが広まった翌日に訪ねると、1台の車がやってきた。乗っていたのがロイヤルリムジングループの社長・金子健作。会社の前にはすでに多くのドライバーが来ていた。これから近くの公園で、グループ会社の従業員600人の一斉解雇を決断した経緯を説明すると言う。
「コロナショックが起き、皆さんの1台当たりの売り上げは7万円だったものが6万円、5万円になり、直近では2万円という状況になりました。今この時点で解雇して失業手当がもらえれば、今の売り上げでもらえる給料よりも、残念ながら失業手当のほうが多いんです。僕の予想が外れればいいが、最悪の場合は多くの方が感染して、高齢者が多いタクシー業界でも被害者が出る可能性が高いと言わざるを得ないと思っています」(金子)
営業を続けても、感染リスクは高まるのに売り上げは見込めない。そんな状況なら一旦やめた方がいいのではと従業員たちに訴えたのだ。
ドライバーからは「給料の話が出ましたが、私は英断を評価します」という声があがる一方、「解雇の話を聞いたのが4月6日で休業が翌日から。せめて1週間ぐらいの期間をおいて全社員に丁寧な説明ができなかったのか」と、そのやり方に憤る人もいた。
600人もの大量解雇はその後、大きな波紋を広げる。
「ドライバーは何も悪くないです。命を張って現場で仕事をした結果が、1日1万円という給料になってしまった。やはり今すぐ失業していただいて、失業手当をもらったほうが僕はいいと思っています。間違っているかもしれないけど」(金子)
手取り7万円になることも~「従業員を守る」決断に賛否
少し前までは深夜もスタッフが詰め、24時間体制で動いていた営業所。その一角にはドライバー達の写真が貼られている。およそ180人がこの営業所に勤務し、それぞれの生活を守っていた。
「誤解を生んだ部分もあると思いますが、本意は『車を止めないと従業員の命を守れない』。とにかく全員が死ぬことなくいてくれれば、僕は復活できると思っています」(金子)
金子がロイヤルリムジンを創業したのは2008年。従業員13人、タクシー10台という小さな会社からのスタートだった。
ライバルとの差別化を図り、業界で初めてトヨタのピンククラウンを導入し話題になったことも。また、ドライバーの給料改革に取り組み、業界平均を上回る給与を実現するなど、タクシー業界では何かと注目を集める存在だった。中小のタクシー会社を買収する戦略で、ロイヤルリムジンは6つのグループ会社を抱える企業に成長した。
オリンピックの景気に乗ろうと、去年はおよそ7億円を投じ、新しい車両を揃えた。しかし、コロナショックが全てを吹き飛ばしてしまった。1日の売り上げは、稼ぎ時となる去年の12月は1日平均約5万3000円。今年の1月は4万8000円。例年並みだったのはここまでだった。コロナショックが広がった2月以降は「半分以下になり、4月は1万円代に突入しました」(金子)。「やればやるだけ赤字が膨らむ」という状態に陥った。
グループ全体の売り上げは前年から63%ダウン。会社の固定費さえ払えなくなった。
しかし、従業員を解雇せず、国に助成金を申請して乗り越える道もあったはず。実際、メディアからも「雇用調整助成金、申請せず」といった疑問を投げかける声が上がった。
「『休業手当を』という話も出て、当然、計算しましたが……」(金子)、これまでの慣例では、助成金が貰えるのは申請から早くても3ヵ月後。それまでは会社が立て替えなければならない。ロイヤルリムジンの場合、従業員全員に休業手当を支払うとなると人件費だけで1ヵ月1億円が必要となる。五輪に向けて投資していたこともあり、余裕はなかった。
3月末の時点でグループ全体に残っていたお金はおよそ3600万円。600人分の休業手当の立て替えは不可能だった。
政府の金融機関に融資を相談しようとしたが、希望者が殺到し、面談もかなわずじまい。仮に審査が通ったとしても、振込みは2ヵ月以上先だと言われた。
「休業補償や政府からの給付金が、本当に困っている人にすぐ届く状況かというと、難しい。一番機能している制度は何かというと、失業すれば迅速に出る失業手当じゃないかと思います」(金子)
金子が突然解雇通知を出し、退職合意を急かしたのには理由もある。それはタクシー業界の特別な給与体系。そもそもタクシードライバーの給与は歩合制が基本。ロイヤルリムジンの場合、ドライバーの取り分は売り上げのおよそ60%だ。
売り上げが激減した4月の状況でそのまま働き続けても、平均的なドライバーの給与は、手取りで7万円にしかならない。一方、失業手当の額は過去6ヵ月間の給与で計算する。これだと好調だった年末の売り上げも入るので17万円台に。感染の危険の中で働いた場合より、およそ10万円も多くなるのだ。ただし判断が遅れ、解雇のタイミングがずれると、失業手当の金額もどんどん下がってしまう。
「まずいったん車を止めて、皆さんに失業してもらうことが、僕が今できるベストの選択だと思ったわけです」(金子)
失業手当が貰えない!~高齢ドライバー怒りの訴え
公園での説明会の翌週、各営業所で退職手続きが始まっていた。4年間勤めた厚川洋一さん(58)は「しょうがないですよ。今タクシーに乗っていたって地獄だから。夜は人いないし」と言う。
解雇通知を受けた600人のうち、およそ8割は退職に同意して手続きを始めた。しかし公園での説明会で、金子が再雇用を約束するような発言をしていたため、「失業手当の不正受給になるのでは?」と指摘する声も上がっていた。だが、ハローワークに申請に行った厚川さんは、「『知っていますよ。大丈夫でしょう』と言われて安心しました」と言う。
売り上げトップクラスだった厚川さんは、月に23万円、受け取れるようになった
「売り上げは今までの4分の1ぐらい。他社にも羨ましがっている人はいます。僕を含めて、解雇されてよかった」(厚川さん)
その頃、金子は自宅がある兵庫県に戻っていた。兵庫と東京を行き来する生活。公園で待っていたのは家族だ。5人の子供たちと会うのは10日ぶり。金子自身の収入もなくなったため、賃料の安い借家への引っ越しを決めたと言う。
最初は英断と持ち上げた世間だったが、バッシングも始まっていた。妻の優子さんは「私は仕事や会社のことをよく分かりませんが、たぶん主人としては、働いている人たちにとって一番いいと思って選択したのだと思います」と言う。
しかし、そう思えない人たちもいた。東京に戻った金子が向かったのは目黒自動車交通。5年前に買収し、グループの中でも最大の180人を抱える会社だ。目黒自動車交通の説明会には約100人のドライバーが集結。その多くが金子のやり方に不満を抱えていた。
理由は失業手当の給付ルールにある。目黒自動車のドライバーの半数以上は65歳を超えている。失業手当は65歳以上だと、最大50日分の一時金が1回、振り込まれるだけ。それ以降の補償はまったくない。つまり、金子の提案ではすぐに生活できなくなるのだ。
「給料が安くても我慢すると言ってるんだ」……ドライバーの切実な訴えを受けて、金子の口から出た言葉は次のようなものだった。
「『どうしても動かしてくれ。命かけても最低賃金でもやる。会社が潰れても走りたい』という人が大勢なら、解雇の話は覆してもいいと思っています。明日から車を動かしてもいいと思っています。ただ命の危険があるので、僕の方針としては、1日も早く退職してもらい、失業手当をもらって求職活動をいただきたい。僕の方針が間違っているという人もいると思いますが、多くの方が助かる道だと思って決断した。再生の時には、僕の人生をかけて目黒交通を再生させたいというのが僕の思いです」
しかし、それに対しても「最低限、1ヵ月前に告知をして1ヵ月分の給料を保証しないといけない」と、反発するドライバーたち。彼らにも引くに引けない事情がある。ドライバーのひとりは「自分でできる範囲で仕事を探しているが、まず無理。娘に養ってもらうしかない」と言う。
夜の8時過ぎ、金子が重い足取りで目黒自動車の営業所に入っていった。向かった先は、ついこの前までドライバー達が使っていた仮眠室。ホテル代を節約するため、ここに寝泊まりし、解雇に応じない従業員との交渉に当たっている。食事はコンビニで買った物ばかり。離れて暮らす家族にも心配な事が起きていた。公園で会った奥さんが、1週間後に顔に麻痺が出て入院したと言う。コロナショックは金子の生活も一変させた。
4月15日。残務処理に当たっていた職員たちの最後の出勤日。金子が挨拶をすると、感極まった人も。声を荒げるドライバーがいる一方で、「いい仲間に恵まれた」と、涙する従業員がいた。
激動のロイヤルリムジン~混乱の末に選んだ道
金子の選択を、同業者はどう見たのか。東京・練馬区。都内で200台を運行し、従業員550人を抱える中堅のコンドルタクシー。ここでもドライバーからは「給料は3分の1に落ち込んでいます」「夜間の売り上げゼロの時もあります」と厳しい声が聞かれた。
そんな中にあって、コンドルタクシーは会社存続のため、運行する車両を3割減らし経費をカット。会社都合で休みになったドライバーへの補償は雇用調整助成金で賄うことに。
厳しくても雇用は守ると言う岩田将克社長だが、金子のやり方も理解できると言う。
「金子社長の取られた行動には、『早まった』『間違い』という意見が多いと思いますが、新型コロナの影響が続くなら『決断は正しかった』という声も出てくるんじゃないかと思います」(岩田社長)
かつてない危機の中で、タクシー大手は対策に乗り出した。それが運行するタクシーの50%休業だ。都内を走る台数を半分にすることで、1台あたりの売り上げをアップさせる狙いだ。この戦略で1日2万円を切っていた売り上げが、4月下旬には平均3万円台まで戻ったと言う。
かたくなに「運行停止」を主張していた金子も「ひょっとすると再開できるかもしれないと思い始めた」と言う。実は目黒自動車に並んでいる車両の提灯には「大和」の文字が。目黒はロイヤルリムジングループの中で唯一、大手「大和」のフランチャイズなのだ。
金子は大和に今回の経緯の説明と謝罪に行った際、運行を完全に止めるのではなく、半分の30台は動かして欲しいという要請を受けたという。大和なら法人契約も多く、この状況でも一定の売り上げが見込める。金子はこの話を携え労働組合と交渉することにした。
退職に同意せず、休業手当てを求める従業員たちに、大和からの要請を伝えた。そして実際に乗る気はあるかと聞くと、「休んできた間の補償をしてくれないことには先の話はできない」と、団体交渉は平行線のまま終わった。
出口が見えないまま長引く団体交渉。結局、大半のドライバーは休業手当を諦め、去っていった。
そんな中で金子は5月16日、大和の要請に応え、運行再開を決めた。あれだけ反発していたドライバー達だが、表情は明るい。ドライバー19人、車両10台。最小規模の再出発だ。
一方、「奥さんが足を切断、車椅子生活になる」と話していた目黒自動車の元ドライバー、小野里末吉さん(76)。今は、世話のため病院通いの日々だ。説明会では解雇に反対の声を上げていたが、これからの介護のことも考え、タクシードライバーは引退。1回限りの失業手当、30万円を受け取った。
「本当はもう1年ぐらい働きたかったけど、年齢的に限界かなと思って」(小野里さん)
今後は苦しくなるが、年金で生活していくと言う。
「これからは妻と2人で1日1日を大事にすごしたいと思います」(小野里さん)
解雇を宣告された621人のうち573人が退職に合意。しかし、23人とは係争中である(6月1日現在)。
~村上龍の編集後記~
600人の解雇は、最初は好意的に迎えられた。英断だと。だが、やがて解雇されたくない人が現れて、バッシングに変わった。急いでいたのだろうが、600人を一律に扱ったことが最大の問題ではないか。人は、ひとりひとり違う。そのことをわかっていなかったと言われてもしょうがない。だが、論議を生んだのは金子氏の「功績」である。
全体の物語として悲しいのは、コンビニの夜食が似合うオフィスのせいではない。いつものカンブリア宮殿が特別で、今の日本の現実はこちらだとわたしたちは知っているからだ。
<出演者略歴>
金子健作(かねこ・けんさく)1975年、兵庫県生まれ。2001年、アイビーアイ(不動産業)を創業。2008年、ロイヤルリムジンを創業。
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