「日本化」しにくい米国がなぜYCC導入を検討するのか
野村証券 チーフ金利ストラテジスト / 松沢 中
週刊金融財政事情 2020年6月29日号
米国で日本銀行流のイールドカーブ・コントロール(YCC)導入観測が高まっている。同時に米金融市場で低成長・低インフレが常態化する「日本化」が進行するのでは、との指摘も増えてきた。だがいくつかの決定的な相違点から、筆者は米国が日本の前例を踏襲するとは考えていない。米連邦準備制度理事会(FRB)がYCCを導入したとしても、その時点では米長期金利は現在よりも大きく上昇しているはずであり、また導入後も日本のようにイールドカーブのフラット化が進行するとはみていない。
まず異なるのはYCCの対象と見込まれる債券の年限だ。日銀が10年であるのに対し、FRBは2~3年とみられる。前者が「通常10年程度の景気サイクルを通しても利上げしない」というコミットとも取れるのに対し、後者はもともと利上げする可能性が低い期間にすぎない。そもそも日銀が10年を選択したのは、①景気回復期でもインフレが加速せず、利上げがないことを市場が濃厚視しており、短い年限へのコミットでは効果が見込めないこと、②2013年の量的・質的金融緩和導入後、極端なペースでの国債買い入れを進めた結果、市場の5割近くを中央銀行が保有してしまったことにあった。
また、米国は最も日本化しづらい経済・市場構造であり、足元のインフレ期待の動きも、日本化が進む欧州などとは一線を画する(図表)。経常赤字国である米国は、これまで相対的な高成長・高金利でそのファイナンスを可能にしてきたが、「日本化」したとの認識が強まればそれに困難が生じ、通貨安を通じて、結局はよりインフレ的なルートを歩まざるを得なくなる。
確かにコロナ禍は一時的には、リーマンショックをも上回る需要減とインフレ率低下を引き起こし得る。だが、需要減の多くが先送りであるため、ワクチン承認によってウイルスの脅威が薄れれば、たまっていた需要が一気に現出するのに対し、政府や中央銀行の緩和策の巻き戻しは遅れやすい。
最近の議会証言でパウエル議長は、YCCを導入するのは「何の理由であれ金利が大きく上昇した場合」と明言した。これは金利を人為的に押し下げて景気刺激を狙う、という一部の見解とは一線を画す。
では、なぜ金利がさして上昇してもいない現状でYCC導入を議論しているのか。筆者はコロナ禍で打ち出した緩和策の巻き戻しが意外と早いことを意識しているからだと考える。リーマンショック後、FRBのバーナンキ議長(当時)がテーパリングの可能性に言及して、金利が急騰するショックを起こしたのは失業率が7.5%の時であった。これになぞらえると現在のFRBによる経済予想の下でも、21年央にテーパリングが始まってもおかしくない。ワクチン承認が前倒しされればその分、スケジュールも早まろう。
(提供:きんざいOnlineより)