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タイの大洪水が招いたアジアのサプライチェーンの変化(タイ工業省工業経済局「製造業生産」)

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 主席エコノミスト / 西濵 徹
週刊金融財政事情 2020年7月13日号

 今回は、2011年にタイのチャオプラヤ川流域において発生した大洪水が同国の生産活動に与えた影響について検証し、新型コロナウイルスの感染拡大による中国への影響と比較してみたい。

 当時、首都バンコクのみならず、流域の工業団地でも水没被害が発生し、事態収束に3カ月以上を要するなど甚大な被害がもたらされた。東南アジア諸国連合(ASEAN)の中でも工業化が進んでいるタイでの生産停止の動きは、同国を中心とするサプライチェーンの寸断を招き、世界的な生産活動に悪影響を与えた。その意味で、中国での新型コロナ感染拡大に伴う都市封鎖措置による生産低迷が、同国を中心とするサプライチェーンの寸断を招いた状況と類似していると捉えられる。

 タイは「アジアのデトロイト」との異名を持ち、東南アジアでも有数の自動車生産国である。その裾野産業の広さに加えて、00年代のアジア新興国経済の高成長も追い風に、幅広い分野で生産拠点化が進んだ経緯がある。しかし、数カ月に及んだ洪水被害とそれに伴う生産停止の動きは、同国への生産拠点の集中化によるリスクを顕在化させ、周辺国などへの生産拠点の分散化の動きをもたらした。また、タイは生産年齢人口のピークアウトが意識されるなど、いわゆる「人口ボーナス期」の終期が近く、労働力の確保が難しくなっていることもあり、生産拠点としての魅力後退につながったと考えられる。

 とはいえ、すでに生産拠点としての足場が築かれている上、当時のインラック政権が野放図ともいえる景気刺激を図ったことを受けて、日系企業をはじめとする現地進出企業は生産設備の復旧を進めた。それにより生産水準は早期に回復し、一時的に上振れする動きも見られた。しかし、需要先食いの反動でその後の国内需要が低迷したことに加え、世界貿易の低迷も生産の重しとなる展開が続いた(図表)。

 さらに、その背後で中国が世界最大の自動車市場となるなど生産拠点としての存在感を高め、タイの存在感は低下を余儀なくされた。その意味で、大洪水の発生は、それまでのタイを中心とするアジア域内のサプライチェーン構造を、中国を中心とするサプライチェーン構造に変化させる一因になった可能性がある。

 タイの自動車産業では生産量の半分以上が輸出向けであった。一方、中国を中心とするサプライチェーンについては、生産量の大宗が同国内向けである。従って、中国における今般の生産低迷からの復旧に当たっては、同国内市場の動向がカギを握る展開になろう。

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