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貧困家庭が増加した1918年のスペイン風邪流行

(スウェーデン統計局「スウェーデン歴史統計」)

第一生命経済研究所 主席エコノミスト / 田中 理
週刊金融財政事情 2020年7月20号

 今から約100年前も、世界は感染症の猛威にさらされていた。インフルエンザである。感染が始まったのは第1次世界大戦末期の1918年の春。その起源は諸説あるが、駐屯地での密集生活と劣悪な衛生環境で、兵士を主な媒介として欧州各地に感染が広がった。同年秋の第2波、翌年の第3波では世界中で大流行を引き起こした。

 こうして18~20年に大流行したインフルエンザは、当時の世界人口の3人に1人が感染し、数千万人の死者を出した。戦時下で多くの国が情報統制を敷くなか、中立国のスペインで国王の感染が判明。それが広く報道されたことで、「スペイン風邪」と呼ばれるようになった。

 戦中戦後の激動期と重なったこともあり、当時の感染拡大がどのような経済的影響を及ぼしたかを正確に知ることは難しい。そのため最近の研究では、中立国で大戦に参加せず、当時から詳細な経済統計が整備されていたスウェーデンを分析対象にする例が目立つ。

 カールソンらの研究(注)では、ランスティング(日本の県に相当する)別の超過死亡者(平時と比べた死者の超過数)、資本所得(資産、配当、賃料収入)、労働所得、貧困世帯率のデータを統計的に分析。感染拡大の影響で資産所得と労働所得が減少し、貧困家庭が増加したことを明らかにしている。当時、感染を原因とする死者の多くは15~40歳の働き盛りの世代だった。残された家族は稼ぎ頭を失い、貧困家庭用の公共住宅に移り住んだ。しかし、労働需給は逼迫した状況になっていない(図表)。同研究ではその原因として、女性や未成年者の就労拡大で労働者不足が補われた可能性を指摘している。

 それに対して今回のコロナ危機では、既往歴のある高齢者が重篤となるケースが多く、労働者不足が起きる可能性は低い。しかも、サービス化が進んだ現代では、農業従事者が多かった当時と比べて、外出制限や営業停止の影響を受ける労働者の対象範囲が広い。労働需給はむしろ緩和する可能性があり、賃金に下落圧力が及ぶことが予想される。失業者の増加傾向や賃金低迷が長期化すれば、当時とは別の理由で貧困家庭が増加する恐れがある。

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(注)
M. Karlsson, et al., “The impact of the 1918 Spanish flu epidemic on economic performance in Sweden,” Journal of Health Economics, 2014.

(提供:きんざいOnlineより)