※今回を持ちまして雇用統計プレビューレポートは終了となります。これまでご愛読いただきありがとうございました。
ADP雇用レポートの7月の米民間雇用者数は伸びが急減速した。新型コロナウイルスの感染再拡大で労働市場や景気回復にブレーキがかかったことが示唆された。ADPレポートでもっとも雇用者が減った業種は金融と建設だ。この2業種はこれまでコロナの影響を受けずに雇用者数は減っていなかった。タイムラグを伴って雇用調整が幅広い業種に及んできたのかもしれない。週間のイニシャル・クレイムは高止まりが続いている。米国の労働市場の改善の遅れが今回の雇用統計で印象付けられるかもしれない。ADPは無視したマーケットだが、政府の雇用統計でも雇用改善のスローダウンが示された場合は、さすがに反応するだろう。株価が高値圏にあるだけに大きな調整の引き金になりかねない。
雇用の伸びは続いているが、ペースは鈍化:7月のNFP予測
5月、6月と比べると雇用の伸びは減速しており、コンセンサスをやや下回る雇用増加が予想される
DeepMacroではビッグデータモデルに基づき、7月の米国の非農業部門雇用者数(NFP)を 140万人増と予想している。ブルームバーグのコンセンサス予想である150 万人増を若干下回った。
通常の基準からすると、100万人を超える雇用の増加は非常に大きい。しかし、5月と6月の雇用統計はこの数倍の規模でのポジティブサプライズだった訳で、それから比べればかなり減速したとも言えるだろう。われわれは、市場は、経済再開の第一波によって生じた非連続な変化を見落としたと考えている。企業はビジネス再開に向けて、中核となる従業員をまとめて再雇用する必要があったが、これは、ほとんど外部からは見えない形で行われていた。場合によっては、一時解雇中の従業員に一本電話をかけるだけで済んでいたのである。
米国は現在、回復の初期段階を終えようとしている。確かに、ヘルスケアのようにまだまだ十分な上昇余地がある分野もあるように見える。しかし全体では、景気は安定した回復基調に入っており、逆風に直面し始めている。
ここ数ヶ月、経済成長のモメンタムは改善してきている。しかしながら、一部の地域では、再び実施された営業停止の影響を受けている(南西部では小売業への来店数が低迷している)。また、北東部のように、ここ数ヶ月で新規感染者数の抑制に比較的成功している地域においても、労働需要が低下している兆候が見られる。これまでに営業を再開したすべての事業を維持するのに十分な需要が無い可能性がある。これらの要因を勘案すると、今月はプラスの予測とはなるものの、5月、6月の数字からは一段低い水準となると考えられる。
モデルによる予測の具体的な根拠は以下の通り。
・オンライン上の求人情報のデータソースによると、新規求人数は6月から7月の雇用統計調査期間にかけて減少しており、ペースが鈍化している。7月下旬には回復が見られ、これはプラス材料だが、今週発表の統計レポートに反映されるには時期が遅過ぎた。
・地域別に見ると、オンライン上の求人掲載状況にはあまり差が見られない(Figure 1a参照)。一部の地域では、バーやレストランなど特定の施設への規制が再び実施されたことで、労働需要が圧迫されたように見える。しかし、それ以外の徐々に規制が解除されてきた地域(ニューヨーク、コネチカット、マサチューセッツなど)で見られる新規求人数の鈍化は、全体的な需要低迷と関係している可能性がある。
・セクター別の内訳を見ると、雇用がもう一段増加するのはそれほど簡単ではないということが分かるだろう(Figure 1b参照)。この図は、求人情報の減少が最も大きかったものから最も小さかったものまでを、左から右の順に並べたものである。比較的好調だったセクターは、特に大きな打撃を受けておそらく底を打っているセクター(食品サービス)か、新たな需要に関連したセクター(清掃・メンテナンス)である。これらのセクターでは、最初の反発はほぼ終わっているかもしれない。対照的に、図の左側には主に専門セクターが固まっている。これらの職種は、比較的パンデミックによる失業の影響を受けにくかった。しかしデータは、企業が依然として非常に防御的であることを示している。これらの分野では、自然減に対する代替需要さえも不足しており、労働需要全体を圧迫している。
・7月、経済成長は全体的にモメンタムを取り戻し、「景気回復」の状態に入った。しかし、成長の水準はまだ非常に弱く、DeepMacroモデルでは、雇用の伸びの上昇余地は限定的としている。
・米国の景気回復のペースを把握するため、移動データに特に注目をしている。米国の小売店やレストランへの来店者数のデータ(Veraset社提供)からは、消費者が消費に戻ってきているかどうかを分析することができる。全体的な来店ペースは7月頭にかけて上昇した。例年通り、7月4日のホリデー期間中は来店者数が減少している。その後、来店者数は再び増加し始めたが、5月と6月のデータと比較すると、そのペースは遅くなっている。これもモデルの予測に影響を与えた。
取引戦略:米金利の買い、米ドルの売り、S&P500の買いを推奨
今月のように、DeepMacroの予測が市場予想を下回った場合(DeepMacro予測140万人に対し、ブルームバーグのコンセンサス150万人)、米金利(債券)の買い、米ドルの売り、S&P500の買いを推奨している。これは取引モデルというよりも、雇用統計発表に関連するリスクの管理に役立つ一般的なポイントである。われわれは、DeepMacroの予測エラーの方が、市場予測の中央値よりも雇用統計発表後の市場の方向性との相関が強いという事実に注目し、この取引ルールを考案した。
DeepMacroの中期的な短期金利モデルでは、現在、買いポジションを推奨している。FRBのハト派的な姿勢がモデルの背景にあり、今後数ヶ月間は引き続きこれが重要なファクターになると考えている。そのため、金曜日の雇用統計を前に、現在のポジションは維持しておきたい。為替モデルでは現在、ネットでは米ドルロングのポジションとなっている。ただし、ほとんどのG10通貨に対して米ドルはショートとなっている。雇用統計前に、米ドルのネットロングポジションはヘッジしておくこととする。最後に、戦略的資産配分(GTAA)モデルでは、8月はS&P500をアンダーウェイトとしている。このポジションも金曜の発表を前にヘッジしておく。
広木 隆(ひろき・たかし)マネックス証券 チーフ・ストラテジスト
上智大学外国語学部卒業。国内銀行系投資顧問。外資系運用会社、ヘッジファンドなど様々な運用機関でファンドマネージャー等を歴任。長期かつ幅広い運用の経験と知識に基づいた多角的な分析に強み。2010年より現職。著書『9割の負け組から脱出する投資の思考法』『ストラテジストにさよならを』『勝てるROE投資術』
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